だから、彼女は……
「お願い! 助けて! ワタクシたちを助けてください!」
ナタリアは更に続ける。
「お姉さま! 聴いているんでしょ!?」
結局、彼女が頼ったのは『武道家』になり、死んだ姉だった。
確かにそれは情けない話で、恥に分類されるべき夢のような縋り。
でも、現実的に『武道家』かつ『竜騎士』である姉の生まれ変わり――二十八代目『武道家』が世界最強の存在であることは間違いない。
万が一に賭けて、ナタリアは叫び続ける。
「ワ、ワタクシではダメなのです! この状況を打開できるのはお姉さまだけです! お願いします! いえ、あなたがお姉さまではないことも分かっています。でも、お姉さまが欠片でも残っているのであれば、お願いします! ワタクシを助けてください!」
ナタリアは祈るような仕草で、地面に膝を突いて叫んだ。
そして、待つ。
待つ。
待った……。
しかし、返事はなかった。
当然の話である。
危機的な状況で都合の良い救済・奇跡など起きるわけがなかった。
そんなおとぎ話のような都合の良い話あるわけがない。
ナタリアは理性でそう考えながらも祈った。
強く、強く祈った。
お願いです。
助けてください。
ワタクシでは力不足なのです。
竜に騎乗できないし、そもそも、戦いなど向いていないのです。
誰かを傷つけたり、傷つけられたり、たとえ目的達成のためであっても戦うなんて無理なのです。
竜たちは、きっとワタクシの弱さを見抜いて背中を許さなかったのです。
そして、ワタクシは認めます。
怖いのです。
戦うことが。
ですが、それ以上に大切な人を喪うのが怖いのです。
戦う勇気なんて湧いてきませんし、そもそも、役に立てる気なんてしないし、そんなワタクシが戦場に立つ資格なんてないかもしれません!
ですが、それでも何もしなかった後悔は身を焦がし、取り返しがつかないことを理解しています。
お願いいたします。
どうか慈悲を。
ワタクシにできることなら何でもします。
怖くても足が震えても、必死になって戦場で踏ん張ります。
心から誓って、命も捧げます。
ですから、マクシムさんたちを助けてください!
ナタリアは自分の情けなさに涙を流し始める。
きっとマクシムたちは助からない。
そのことも理解してしまっていた。
何の力もない、ナタリアでは助力することが叶わないのだから……。
――と、その時だった。
KUUUN……
竜の鳴き声でナタリアは顔を上げた。
それは幼い竜、リトルだった。
いつ現れたのかは分からなかった。
こちらを心配するような、そんな仕草で労ってくれた。
ナタリアが涙しているせいだったのかもしれない。
けれど、これだけの巨体が至近距離にあって気づかないのは不思議だったが、それ以上に不思議な光景が広がっていた。
竜だ。
竜がたくさん並んでいた。
いや、キンバリー以外の竜が勢ぞろいしているようだった。
いつの間に……とナタリアは声を失う。
だが、これはチャンスでもあった。
ナタリアは涙を手で拭い、頭を下げる。
「お願い、助けてよ、リトル」
ナタリアは語りかける。
ゆっくりとリトルの鼻先を優しく撫でながら懇願する。
「ワタクシは強くありません。戦うのはとても怖いのです。ですが、このまま座して待つのは耐えられません。竜たちならマクシムさんたちの危機も救えるはずです。お願いします、力を貸してください」
ナタリアは頭を低くして慈悲を乞う。
しかし、頭のどこかで理解していた。
竜たちは誇り高い存在だから乞うだけで助力してくれるような存在ではない。
そもそも、彼らは人間とは別の種族なので、何を基準に『竜騎士』として認めているのか分からないのだ。
おそらく、ナタリアはこれまでにないほど竜に尽くしてきた人間だ。
それでも『竜騎士』として認められなかった。
ナタリアは自分に何が不足しているのか、心底から知りたかった。
リトルは苦しそうに顔を背ける。
ナタリアは絶望する。
その時、二頭の竜が進み出てきた。
「レンショー、リングゴールド……」
それは父と母が騎乗していた竜だった。
そうだ、この二頭であれば、もしかしたら、力を貸してくれるかもしれない。
「お願いです。もう失うのは辛いのです。この気持ち、あなたたちなら理解していただけるのではありませんか……?」
レンショーもリングゴールドもナタリアをジッと見たまま動かない。
それは自分の浅さを見透かされているようで――ナタリアの焦りは募った。
目を閉じてしまったのは、失敗を予想してからの現実逃避だった。
「ワタクシにできることであれば、どんなことでもします。お願いします! ひいおじい様をマクシムさんを助けてください!」
『……どうして自分を大切にしないんだ、お前は……』
「!? レ、レンショー……?」
『ああ、一言忠告したくてな』
竜とは会話はできるが、音声で会話しているわけではない。
竜は人間とは声帯が異なっているため、あくまでも魔力にのせた念話である。
ただ、ナタリアはここまで明瞭に会話できたことがなかったので、そのことに驚いていた。
ただ、その驚愕も関係ないとばかりに、会話は続けられる。
「忠告、ですか」
『ああ、お前はどうしてもっと自分を大切にしない』
「別に……そんなつもりはありませんし、そもそも、何のことでしょうか」
『よく想像して考えろ。たとえば、だ。こちらが力を貸す代わりに、お前の心臓を要求したらどうする?』
「それは……もちろん、拒否しますわ」
言いながらナタリアは分かっていた。
これは嘘だ。
本当にそれで『魔王』の眷属を撃退してくれるのであれば命を投げ出すだろう。
これは利他的な行為ではない。
むしろ、自己中心的な決断であることも分かっていた。
自分程度で世界を救えるのであれば、命を投げ出すくらい大した話ではない。
『嘘だな』
「そんなことは……」
『いいや、嘘だ』
レンショーにも見透かされていた。
『だから、ナタリアは『竜騎士』に相応しくないのだ』
「では、教えてください、レンショー、ワタクシはどうすれば『竜騎士』として認められるのですか?」
レンショーは告げる。
『何としても生き残る意思。いざという時は我々さえも見殺しにする覚悟。ナタリアにはそれが欠けている』
ナタリアは絶句する。
「それは、当然ではありませんか。どうして竜たちを見殺しにできるというのです」
『だから、相応しくないというのだ。我々が、騎乗する人間を殺してしまう。それをどれくらい苦にしているのか、理解しているだろう?』
「それは……分かっているつもりですが……」
『なら、まず自分の命を大切にする。自分が捨て石になっても構わないとするお前の考えでは『竜騎士』にはなれない』
「…………」
実際、フレッチャーはニルデのことでどれだけ傷ついたのか、それをナタリアは理解していたし、その件でマクシムを糾弾もしている。
それがナタリアが『竜騎士』になれなかった理由。
もしも、竜の命か自分の命かという状況になったら迷わずに自分の命を捨ててしまう。
最強の魔獣の心配をしてしまう強さという見方もできるかもしれないが、それは間違っている。
これは彼女特有の弱さでもあった。
自分の我を通す強さがない。
戦いに向いていない性格もあるが、ナタリアは優しすぎた。
自分を大切にしない人間に背中を許す竜はいない。
ナタリアは訴えかける。
「ですが、今のままではキンバリーも大変なのです! 今だけで良いのです! お願いします! ワタクシに力を、『竜騎士』として戦わせてください!」
レンショーは答える。
『ダメだ、ナタリアは『竜騎士』にはさせない』
ナタリアは絶望で目の前が真っ暗になった。




