VS『腕』
ピッキエーレ少佐は太った小柄な男性である。
彼はその容姿からは想像できないほどの戦闘能力を誇る。
二つ名は『猪』。
その真なる実力はといえば――。
「は、ははは!」
ピッキエーレ少佐は激怒し、あまりにも怒りの感情が大きかったため哄笑する。
彼の二つ名の一つ目の理由がその直情径行さ。
自分なりの正義で彼は動いている。いや、動かされていると言っても良い。
その中では、仲間を守る、は当たり前の正義であった。
彼が激怒しているのは、自分が守れなかったということもあった。
ピッキエーレ少佐は攻撃をしてきた方向へ飛び出す。
――あれは何だろうか?
ピッキエーレ少佐の跳躍を見て、マクシムは目を丸くする。
少佐が空中を駆けている。
丸い体が宙を舞う姿はどこか滑稽さも感じられる。
しかし、それは太った体からは想像もできないほど軽快な動きであり、優美さも兼ね備えていた。
更に敵が攻撃を射出したが、それは先ほどとは異なった低い一撃、つまり、船を狙ったものだった。
空を駆けるピッキエーレ少佐は踏み込むことができないため、やや回転しながらの動きで見事に防御した。
更なる追撃が来る前に、ピッキエーレ少佐は虚空を斬りつける。
ガキッと鈍い音。
マクシムは何が起きたか分からなかったが、一瞬後に理解する。
敵が、見えた。
それは先ほどの会話の通り、奇っ怪な腕に見える化け物だった。
ピッキエーレ少佐の一撃で隠れることができなくなったのか、見ることができた。
血管か分からないが、体表が脈打っている。
腕の怪物は何かをまき散らして、それから再び見えなくなった。
生理的な嫌悪感を覚えて、マクシムは吐きそうになる。
それは彼の常識、知識から見た生き物との差異から生まれた嫌悪。
そして、目の前で人が殺されたが原因の、恐怖の混じったものだった。
ピッキエーレ少佐は船に着地してから叫ぶ。
「『竜騎士』!」
「応!」
そう、先ほど会話していたのだ。
反撃はアメデオが担当すると。
上空からキンバリーを操った『竜騎士』が強襲する。
先ほどのピッキエーレ少佐の一撃はいわゆるマーキングだった。
ピッキエーレ少佐の『猪』という二つ名。その二つ目の理由は彼のある特異能力が由来である。
それは『敵と自分自身の距離を最短で潰せる』というもの。
これは使い方によっては非常に脆く、そして、危険であったが、索敵をする上で圧倒的なアドバンテージも有している。
彼が目指した場所に敵がいるのだ。
隠ぺい工作が彼の前では無意味になる。
獣のような嗅覚と直進性――この愚直ともいえる能力のため、つけられたのが『猪』という名前であった。
そして、アメデオはまるで長年の仲間のようにピッキエーレ少佐を理解し、行動していた。
これは英雄としての長年の経験が生きたのだろう。
わずかに腕の化け物が残した痕跡を、いや、ピッキエーレ少佐が作り出した痕跡めがけて、キンバリーが強烈な体当たり。
猛烈な衝突音。
腕の怪物の回避・隠蔽が防御の手段とすれば、その耐久力はさほど高くないはずだった。
腕の怪物に対して、アメデオは攻撃の手を緩めない。
キンバリーを操り、業火を浴びせかける。
それは鉄すらも容易に溶けてしまう高温・高熱である。
ブラッチォは何かを叫んでいるようだが、炎のせいでその音はマクシムまで届かない。
ただ、非常に苦しんでいるように見えた。
更に、キンバリーの爪の一撃、尻尾での一振りなどなど追撃し続ける。
圧倒していた。
『魔王』の眷属が手も足も出ない。
さすがは英雄、とマクシムは感嘆の息を漏らす。
ただ、その時だった。
「まずいな」
「え?」
攻撃後、マクシムのすぐ側で待機していたピッキエーレ少佐の焦燥が見え隠れする表情に、マクシムは疑問の声をあげる。
「いや、どう見たって圧倒しているんじゃないの?」
「圧倒して見えるが、実際にはそうでもない」
「え、どうして、いや、その根拠は? 僕にはあとちょっとで勝ちそうにしか見えないんだけど」
「もう勝負はついていないとおかしい。どういう状況か俺にも分からん。ただ意外と腕の怪物は『竜騎士』の攻撃に耐えているようだ」
強敵なのは間違いないようだった。
腕の怪物は攻撃を受けるばかりではなかった。
キンバリーの攻撃に合わせて、黒い闇を生み出す。
それが何かは分からないが、ぶつけられたキンバリーは明らかに当てられた箇所を気にしていた。
実際、よく見ると鱗が変色しており、焦げていた可能性さえもある。
苦痛を感じていたのかもしれない。
ただし、それで竜が怯むことはない。
なぜならば、最強の魔獣だから。
さらにいえば、英雄アメデオ・サバトの操る伝説の竜であるから!
GUOOOOOOU!
キンバリーが吠え、渾身の一撃を叩き込む。
結果、ブラッチォは音なき悲鳴をあげながら、爆発四散した。
勝利。
問題なく撃退が完遂していた。
マクシムは快哉の声をあげる。
「やった! これで世界は助かったわけだね」
「そうだと良いが……」とピッキエーレ少佐は渋面。
「また不吉なことを言う。実際、倒したわけでしょ」
「油断できないんだよ、経験上な」
「いや、でも、爆発したよ」
「アメデオさんの実力を疑う訳じゃないが、敵を軽くも見れなくてね。これで終わりとは思えない。十一年前の例もあるしな」
ピッキエーレ少佐の言葉にマクシムは反発を覚えていた。
どうしてそんなことを言うのか。
せっかく勝ったのに水を差すようなことを言って。
――それが現実逃避から生まれた反発であることをマクシムは自覚しない。
十一年前、『竜騎士』たちがほぼ全滅した、という話から彼は目を逸らしていた。
「な、なかなか、手強い相手だったな」
アメデオが低空まで下がりながら発言する。
彼は汗を大量にかき、肩で息をしていた。
顔は紅潮しているが、非常に辛そうなので、マクシムは滋養強壮効果のある薬草を生み出すことにした。
用意しながら笑いかける。
「でも、圧勝だったじゃないのさ」
「わしが行った『魔王』討伐の旅では、ここまで手こずることの方が少なかったんだよ」
「そうなんだ」
「当たり前だろ。三年以上も敵地にいたんだ。基本的に戦闘は圧倒できていた。それくらいの余裕がなければ、今生きておらんよ」
なるほど、そういうものなんだ、とマクシムが合いの手を入れようとした時だった。
「「!?」」
「え、急にどうしたのさ?」
二人が、いきなり遠方を睨みつけて戦闘態勢に入った。
視線の先のものが、マクシムの視力では見えない。
ただ、何か不吉な存在の気配は感じられた。
それは、あの『魔王の眷属』が乗ってきた乗り物にあった。
あの乗り物は鳥に似ていたが、同時に虫のような足が天に向かって、七本生えていた。
その中腹には袋があり、それが裂けだしていたのだ。
そして、生れ落ちる新たな生命体があった。
その数――六柱!
それは先ほど倒したブラッチォによく似ていた。
ただ、何かが違った。
気配というか、雰囲気が先ほどよりも圧倒的だ。
それはマクシムとは異なり、正体が見えていたピッキエーレ少佐もアメデオにも分からなかった。
ただ、アメデオは呟く。
それは諦念の混じったものだったが、だからこそ、どこか明るかった。
「参ったな、これは」




