出撃
『魔王』の眷属がやってきたというアメデオの話を聞いても、最初、マクシムはただの妄言だと思った。
いくつか理由はあるが、どうして彼にその危機が察知できたのか分からなかったからだ。
その疑問はシラも抱いたらしく、彼女はやや強張った顔で訊ねる。
「おじいちゃん、どうして分かったの?」
「防衛線が突破されたという連絡が入った。現在、洋上で『士』の連中が戦っている」
「それ、大丈夫なの?」と、マクシムも思わず質問する。
「突破されたということは大丈夫じゃないだろうな」
「それは……そうだよね」
「しかし、。防衛線もメインは『与力』の連中だったんだろうが、『士』の人間が簡単にやられるとは思えない。ただ、おそらくはそう遠くないうちに、『魔王』の眷属たちは侵攻してくるだろうな」
「そうなんだ。ごめん、話の腰を折るけど、『与力』って?」
「ああ、『士』の下部組織だな。『士』たちの補佐をしているが、単純にいうと兵隊だな」
『士』たちだけで国土を守り切れるほど、この国は狭くない。
そう考えるとさまざまな組織が活躍しているのだろう。
しかし、通常の国王軍以外に、そんな組織があるとは思わなかった。
マクシムがそう考えていると、シラが珍しく不安げに顔を曇らせながら言う。
「おじいちゃん、どうするつもり?」
「そりゃ、老骨はムチ打つのが道理だろう」
シラは迷ったように逡巡しながら、さらに言った。
「……死ぬの?」
「人間、いつかは死ぬもんなんだよ、シラ」
「え? だって、『士』が対処しているんでしょ? どうして、アメデオさんが行くのさ」
「わしのところに連絡がきた理由を考えてみろ」
「防衛線が突破された……侵攻される……。アメデオさんに助けを求めているってこと?」
アメデオは分かるだろう、と肩を竦める。
どうやら当たりだったようだ。
それにしても、アメデオは三十歳は若替えったようだ。
普段の老人然とした様子はまるで見えない。
服装も動きやすそうだが、よく見ると首回りや胸には装甲板が入っているようだ。
その装備も含め、彼の姿はロウソクの火が最後に燃え盛るようだった。
「ナタリアは?」
「お姉ちゃん、呼ぶ」
「いや……良い。未練は残しておいた方が生き残れる気がする。殺されるつもりはないからな」
「このまま出撃するってこと?」
「ああ、できるだけ早い方がな。上陸されたら厄介だ」
「それ、眷属が『魔王樹』、樹だったりするから?」
「それもあるが、シンプルに上陸されたら厄介だろ。洋上で撃退すべきだ」
「あー、そうだよね」
マクシムはシラに一瞬だけ視線を送る。
シラは意図を理解して、ナタリアを探しに行ってくれた。
アメデオは特にシラを止めることもなかった。
確かに未練がある方が生き残れることはあるかもしれない。
ただ、これが最期になる可能性も十分あった。
その場合、ナタリアが傷つくのは――会わないことの方だと思ったのだ。
マクシムは少し考えてから提案する。
「あのさ、僕も一緒に行けないかな」
「? お前さんが? 何のために?」
マクシムはポケットから植物の種子を取り出し、それを成長させる。
アメデオは目を丸くする。
「その能力は……っ?」
「これは止血作用のある植物。他にも、一般的な毒消しとか強心作用のある植物とか作れるからさ」
「ああ、それは……便利だ。そうか、アダムの血縁だったな。あいつは木の根も美味しく調理してくれたが、同じような能力か」
「うん。『庭師』って言われたよ」
「そうか……ん? 誰に?」
『武道家』に、とは言えなかった。
会ったことはアメデオには内緒だった。
だから、「ナタリアに」と言い換えた。
アメデオは「良い二つ名だ」と感想を言ってから考え始めた。
実のところ、マクシムはアメデオの出撃に付いていくつもりなど全くなかった。
竜は『竜騎士』以外に背中を許さない。
つまり、マクシムが一緒に戦地へ向かうことは不可能なのだ。
ただ、シラがナタリアを探すための時間を稼ぐ意味で、少し会話を長引かせるだけの提案だった。
アメデオは言う。
「さすがはナタリアの婿殿。その覚悟、わしは感動した!」
「いやいや」
「せっかくだから一緒に来てもらおうか。その力があれば、最期まで戦えるかもしれん」
え。
いやいやいや、待って。
マクシムはそう言いたくなる気持ちを抑えて問いかける。
「ち、ちなみに、どうやって? 竜って『竜騎士』以外騎乗できないんだよね?」
「ああ、キンバリーの足にカゴを装着するんだ。『竜騎士』以外の移動手段として、そうやって人を運ぶこともできるんだ」
アメデオに言われてみて納得した。
なるほど、『竜騎士』になれない一族が、たとえば病気になった時など運ぶ際の手段もあるのだろう。
背中を許さないが、誰も運べないとは言っていなかった。
完全にマクシムの勘違いである。
ここで、冗談です、と言える空気はなかったし、ナタリアがタイミング悪く駆け込んで来た。
「ひいおじい様!? 今から出撃するとは本気ですか」
「ああ、本気だ。それに婿殿も一緒すると言ってくれたよ」
「マクシムさん、ほ、本当ですか?」
マクシムは心で涙を流しながら笑いかける。
「当然だよ。僕のできることをやるだけさ!」
+++
キンバリーに装着するカゴは、人ひとりが載れるサイズだった。
体全部がスッポリ入るが、正直、寒いかもなぁと感じた。
それに、下が見えると正直怖いだろう。
空を飛ぶなんて経験、今まで一度もないのだから想像もつかない。
「あの、マクシムさん、無理する必要はありませんわよ」
「無理なんてするわけないだろ」
無理しかしていなかったが、マクシムはもうやけくそだった。
ただ、竜という世界最強の魔獣の近くにいれば、そうそう死ぬこともないだろう、と安心材料にするしかなかった。
そして、思い出すのは十一年前に全滅したという『竜騎士』の一団の話。
一般的な毒消しがどれくらい効果があるのか……。
全く信じていないが、大昔にこの世界から去ったという神さまを信じたい気分だった。
ナタリアは決然とした顔で言う。
「あの、ワタクシも竜たちを説得しますわ」
「えーっと、それは『竜騎士』として加勢するつもり?」
「はい、そうですわ!」
マクシムはそれを告げるべきかどうか悩んだ。
ただ、残酷であってもここで言ってあげるげきだと判断する。
「無理しない方が良いんじゃないかな?」
「え……?」
「僕さ、『竜騎士』のことなんてまるで知らないけど、騎乗するのもスキルが必要でしょ。仮に『竜騎士』として今から認められたとしても、戦いには間に合わないと思うよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
さすがに、ハッキリ足手まといとは言えない。
マクシム自身も多分足手まといになるからだ。
ただ、ナタリアは真剣だ。
あなたが行くのに、ワタクシが安穏と待つなどできません。
ナタリアの目はそう物語っていた。
「僕が行くのはあくまでも補佐だし、それにさ、アメデオ・サバトがいるんだよ。大丈夫だって」
「べ、別にあなたのことを心配しているわけではありませんわっ」
「知っているから。ま、祈っていてよ」
マクシムはそう軽く答えた。
ナタリアは何故か泣きそうな顔をしている。
アメデオはそれを見て、言う。
「安心しろ。ナタリア。わしが婿殿は守る」
ナタリアは何かを言おうとして、それを呑み込み、首を横に振る。
そして、祈るようにして告げる。
「ひいおじい様……ご武運を」




