転換
アメデオはマクシムのことをナタリアの恋人と勘違いしていた。
多分、ナタリアが言ったウソを覚えていたのだろう。
というか、都合の良いことしか覚えていないアメデオの記憶力に、正直、マクシムは困惑する。
ナタリアの方を見ると耳まで赤くなって固まっている。かなりの初心さだった。
シラは笑ったのをごまかすように平静な顔をしている。ツッコミたい。
どうやら反論するのは自分の役割か、とマクシムは頭を掻きながら言う。
「いや、えーっと、それなんだけど──」
「ひいおじい様、彼のことはともかく、ワタクシは『竜騎士』ではありません。その、マクシムさんが婿かどうかは別にして、彼が『竜騎士』になれるとは思えませんわ。それはワタクシたちにとって問題ですわ」
ナタリアはまだわずかに顔は赤いが、そう口を挟んできた。
マクシムが彼女を見ると、わずかに目配せしてきた。
任せて欲しいということなのだろう。
このまま勘違いしておいてもらいたい理由でもあるのだろうか?
その理由がマクシムには分からなかったが――間違いなく自分が好きということはない――とりあえず、様子を見ることにした。
アメデオはナタリアを優しい目で見る。
「その理屈なら、『竜騎士』じゃないナタリアは、幸せになってはいけないみたいじゃないか」
「そ、そういうことではなくて――」
「大丈夫さ。そもそも、『竜騎士』の伴侶だから『竜騎士』になれるとは限らないし、そこは問題じゃない。それに、きっとナタリアは良い『竜騎士』になれる」
「あの、ひいおじい様。言いたくはありませんが、ワタクシ、全ての竜に騎乗拒否されているのですが……」
「それは竜と親しくし過ぎただけさ。ある程度は主従としての関係がないと騎乗を許さないこともある」
「それは……正直、今からは難しいと思いますわ」
ナタリアはものすごく竜のブラッシングを一生懸命やっていた。
多分、あらゆることがそういう態度だったのだろう。
主従というのであれば、彼女は明らかに『従』に属しているはずだ。
それを覆すのはなかなか難しいだろう。
「それに万が一ナタリアがいなくとも、『竜騎士』はニルデがいる。あの子なら問題ないさ」
「それは、そうですわね。お姉さまがいますから」
もういない人のことを何気なく扱うのはなかなか大変だっただろう。
しかし、ナタリアはマクシムの目にはすごく自然な応対をした。
多分、覚悟が決まったのだろう。
それに、考え方によっては、『竜騎士』は『武道家』に取り込まれたのだから、永遠になったとも言えた。
ただ、それはアメデオには言えないこと。
きっとこのまま、英雄は何も知らずに逝く可能性が高い気がした。
それが良いことなのかどうなのか、マクシムには判別がつかなかった。
ただ、知ることで苦しみ、覆しようないことなら、知らない方が良い気がした。
「ナタリア、そういうサバト家のことはどうだって良いのさ。お前が幸せになれるかどうか、そこが大切なんだから」
「それがマクシムさんと、ですか」
ナタリアは口元を隠しながらとても柔らかく笑った。
可愛らしさよりも、マクシムは何となく不気味さを感じた。
怒っていたり、不快さを感じているわけではないだろうが、あえて言えば――多少なりともの反発だろうか。
その理由が分からないから、マクシムは見て見ぬ振りをした。
しかし、アメデオはナタリアの微妙な内心に気づかないようだった。
彼は少し寂しそうに言う。
「……それと、予言だよ」
「予言とはどういうことですか、ひいおじい様?」
「『予言者』が言ったんだ。わしが死ぬ前に『竜騎士』にとって大きな転換が迫られる、と」
「? それと僕がどう関係するのさ」と思わず口を挟むマクシム。
「わしがあと何年も生きられるとは思えん。正直、長生きをし過ぎたと思っているくらいだ」
ナタリアは何かを言おうとして、それを途中で呑み込んだ。
何も言えないと判断したのかもしれない。
実際、百歳を超える年齢なのだから、客観的には十分長生きだ。
アメデオは説明を続ける。
「『予言者』は、その転換が、将来の『竜騎士』にとって特別な人間が現れるから、と言っていた。ナタリアの婿になるんだから、その可能性は高いと思っているよ」
「はぁ……」
特別な人間という言葉にマクシムは引っ掛かりを覚えた。
正直、ナタリアが自分に好意を持つことはないと思うので――悲しい話だが――何か本当に『特別』な意味があるのかもしれない。
そう、アダムによく似ており、植物を変化・操作させる能力だ。
これが『竜騎士』、いや、竜にとって何らかの意味があるのではないか。
この想像はなかなか現実的だとマクシムは思った。
たとえば、竜の食事の内容を一変させるとかどうだろうか。
鉱物を主食とする彼らが、マクシムの変化させた植物が主食となる。
その結果、鉱物の採掘がより自由になり、ジャーダという鉱山が開放され、より活発になる。工業技術などの文明はより進歩するだろうし、それはこの国にとっても良い影響ではないだろうか。そうなると『竜騎士』はどうなるのだろうか? ジャーダの地を離れて暮らすようになるのだろう。いや、この広大な土地は確か『竜騎士』が管理しているのだから、そこを手放すことで莫大な金額が転がり込んでくるのではないだろうか。今でも多分大金持ちのはずだが、国家予算規模の資産家になるかもしれない。悠々と子子孫孫の代までのんびりと暮らせるだろう。
おお、これなら、『竜騎士』にとっての大きな転換になるだろう。十一年前にあったような『魔王』の一族の襲撃の際、彼ら一族はほぼ全滅してしまったが、お金を使えば、同じようなことがあったとしても避けることもできるかもしれない。それは大きな転換のはずだ。
いや、待てよ。そう良い影響とも限らないのか。たとえば、竜の中では鉱物を食し続けるモノと、植物を主食とするモノで分裂するかもしれない。事実、マクシムが操作した植物を食べない竜もいた。その結果、竜の中で対立が生まれ、『竜騎士』はその板挟みにあう。下手をしたら、竜同士での戦いが起こり、竜という種が根絶するかもしれない。最強の魔獣による戦争──その余波でこの国も大きなダメージを負うだろう。そうしたら、『竜騎士』は自分の立場を完全に失ってしまう……。
これもあり得る未来かもしれない。大きな転換だ。
そもそも、土地を鉱山として売却し、資産家になったとしても、命を狙われるかもしれないし、未来というのはあまりにも不確定なものに感じた。
いろいろ沈思黙考しながら表情が変わったマクシムを見て、ナタリアが言う。
少し赤くなりながら、もうっと口をとがらせる。
「い、いやらしいですわよ。変な想像しないでください!」
「ごめんよ、まさか竜が対立して、この国が亡ぶとは思わなかったんだ」
「本当に変な想像されてましたわ!? よ、予想外ですわ……」
「ところで、変な想像ってどんな想像?」
「ワタクシの勘違いでしたわ! それ以上触れないでください!」
馬鹿なやり取りをしていると、アメデオが嬉しそうに言う。
「さすがに良い仲だな」
「良い仲ではありませんわ!」
「? そうなのか?」
「よ、良い仲ですわ!」
「どっちなのさ」
思わずマクシムはツッコんでしまうが、ナタリアに恨めし気に睨まれてしまった。首を引っ込めて、やり過ごす。
アメデオはため息交じりに言う。
「本当は、十一年前に起きると思ったんだがな」
「それは?」
「あの時もわしは風邪で死にかけていたし、親族もほとんどが死に絶えた。だが、わしはまだ生きているし、『予言者』の予言は外れたのかもしれんが、あいつは的中しないようなことは言わなかったしな……」
アメデオは独りごちた。
マクシムは考える。死にかけたが、長生きしたことで予言が変わっただけではないだろうか?
ただ、その予言、これから起きる何か大きな出来事に対する心構えだけはしておこうと思った。
……まぁ、マクシムにとっては他人事ではあったが。正直な話。




