会話
少女はとても美しかった。
ただ、マクシムに向けられた視線は苛烈であった。
その感情は怒りに属しているようだったが、それと同じくらい、マクシムのことを恐れているようだった。
だから、マクシムはそれでも呑気に笑った。
それは人の少ない地方で暮らしていた経験で得たもの。
怯える獣を宥めさせてきた経験からの行動だった。
「で、誰なの、アダムって? 僕、そんなにその人と似ているの?」
「……いや、そんなはずない。分かっているんだが……」
少女はこちらを無視してそう独りごちる。
ただ、マクシムから興味を失ったわけではないようだ。
横目でこちらの動きを注視している。
「親戚……いや、子孫。そんな話は聞いたことがないが……」
「おーい、僕の言葉聞こえている? 無視しないでよ」
「よく考えると、俺はアダムのことを何も知らなかったんだな……」
そこで少女はようやく正面からマクシムのことを見た。
戦闘の結果、土埃で汚れているし、化粧気もないが、派手な顔立ちだ。
生命力に溢れている。
それに似合わないのは、苦悩が刻まれているかのような眉間の深いシワだけ。
長い年月を経た年輪のような、そのシワだけが不釣り合いだった。
マクシムは再び「すごい美人だなぁ」と思った。
「すごい美人だなぁ……」
思ったことをそのまま口に出してしまったマクシムに、少女は苦笑した。
「そうか。褒められても何もできないがな」
「それと、変な喋り方だね」
「そこは気にするな。俺はこういう喋り方なんだ」
「そう。で、君の名前は?」
「……ニルデ・サバト」
ニルデは試すような言い方をした。
まるで、知っているか、とばかりに。
世界最強の魔獣と素手で殴り合える人間なんてそう多くはない。
おそらくは有名な戦士であるに違いないな――と、マクシムは考えたが、名前は知らなかった。
やや申し訳なく思いながら彼は謝る。
「……えっと、ごめんね。僕、田舎にいたからあんまり有名な戦士とか知らないんだ。竜がすごく強いことしか知らなくて……」
「ふーん、俺を知らないんだ」
ニルデはむしろ少し嬉しそうな顔になる。
知らないということで喜んでしまうほどの有名人か……マクシムは反省する。
ニルデは屈伸などをして体を動かす。
体調に異常がないか確かめているのだろうが、非常に滑らかだ。
指先からつま先まで連動している。
美しい所作は生き物として格上に見える。
ケガらしいケガもないのか、とマクシムは驚きながらも気になっていたことを質問する。
「竜とどうしてケンカしていたの?」
「ケンカ。あれがケンカに見えたのか、お前は?」
「うん。だって、竜、君を殺さなかっただろう?」
「それは……なるほど、そういう判断か」
「それ以外にどう判断するのさ」
竜は世界最強の魔獣だ。
これは知識に乏しいマクシムですら知っている基礎的な知識。
竜は人語を理解するというが『魔獣』なのだ。
ニルデとは概ね互角の戦いを繰り広げていた。
報復を考えると、殺さなかったこと自体、あれがケンカだったことの証拠になる。
竜は人間とは異なった文化を築いているのだから、敵に止めを刺さないとは思えない。
そういった倫理観は通じないはずなのだ。
「ふーん、田舎者の割には頭が回るんだな」
「田舎者は余計でしょ」
「自分で言ったくせに」
「自分で言うのと他人に言われるのは違うだろ」
「まぁな。それに、別に悪口じゃないさ」
酷いなぁ、とマクシムは訴えるが、ニルデは知ったことかという顔だ。
どこか感心したような表情でもあるため、別にマクシムは腹を立てない。
そもそも、彼はあまり怒ったり嘆いたりすることはない。
基本的に楽天的な性格をしている。
そして、率直だから思ったことをそのまま口にする。
「しかし、ニルデさん。君って美人なのに、なんか女性として全然魅力的じゃないね」
「ん? もしかして、ケンカを売られているのか」
「竜とケンカして、僕ともケンカしたいの? どんだけ好戦的なのさ」
「別に好戦的じゃない」
「そう?」
「呼吸をするように戦いたいだけだ」
「もっと悪いよね、それ」
ニルデは不敵に笑う。
整った上品な顔立ちなのに、そういう野卑な表情の方が似合う女性だった。
それはマクシムにとって不思議なことだった。
内面が外面を侵食している。
そんな印象さえも抱いていた。
ニルデは既に疲労も、ケガも問題なさそうだった。
失神するほど全身全霊で戦っていた時から、どれほども経過していないのに。
恐ろしい回復力である。
マクシムはそこで質問する。
「ところでさ、質問があるんだけど」
「うん? 俺に答えられることだったらな」
「ここに村があるって教えられていたんだけど、なんか廃墟だよね。どうしたの?」
ニルデは事もなさげに応じる。
「ああ、滅んだよ」
「え? 僕はここに村があるって聞いて来たんだけど……」
「仕方ないさ。竜が暴れたんだから」
そこでマクシムは納得した。
ニルデは竜とケンカをしていた。
それはこの村を滅ぼした、償いをさせるためだったのではないかな、と推理できたからだ。
「人、死んだの?」
「いや、死んでない」
「ふーん」
しかし、そうなるとまたいろいろな疑問が生まれる。
どうして可憐な少女が、竜を殴り飛ばせるほどの実力があるか、という疑問。
そもそも、どうして竜はこの村で暴れたのか、という疑問。
どうしてこのタイミングだったのか、という疑問。
どうしてニルデは戦ったのか、という疑問。
次から次へと疑問は生まれた。
分かることの方が少ないくらいだった。
そういう疑問よりも、マクシムは困っていたことがあった。
それは非常に即物的な悩みだった。
「村がない……野宿かぁ……」