アメデオの回想
今度のアメデオ・サバトはいきなり襲ってくることもなかった。
動くのがしんどそうな様子で、手近な椅子にシラの手を借りて座る。
深い吐息──そして、シラの方を優しい目で見る。
「すまんな、シラ」
「いいえ」
シラは首を横に振りながら、どこか辛そうな顔で見ている。
常に無表情な彼女にしてはやや珍しい気がする。
彼女がサバト家に引き取られた経緯を想像すると、親代わりのような存在なのかもしれない。
アメデオはマクシムに向き直り、軽く頭を下げた。
「マクシム君といったね。いや、すまないね、いろいろと」
「はぁ……えっと、はぁ……」
マクシムは生返事を返す。
マクシムの腰が引けているのは以前襲い掛かられたことの恐ろしさがあったため。
実際、この穏やかな口振りと態度が罠の可能性もあるのだ。
ただ、アメデオは軽く目を閉じて、懐かしそうに話し出す。
「『武道家』はわしらの遠征では下働きがメインの仕事だったんだよ。荷物持ちだったし、戦闘ではほとんど活躍できなかった」
「……竜と互角に殴り合えるくらい強くなっているよ、今は」
「信じ難い成長だが、元々向上心の塊で、別に弱いから活躍できなかったわけでもなかったしな。それもあり得るかもな」
アメデオは愉快そうに笑う。
と、マクシムは、その背後でナタリアがこちらに目配せをしていることに気づく。
どういう意図か分からないが、続けて会話をしようと思ったら、ナタリアはこちらに口を挟んできた。
「ひいおじい様、前に『武道家』に会ったのはいつでしたか?」
「あれは確か……二十年は昔だな。ニルデもナタリアも生まれていなかった。もうわしが生きている間は会えないだろうな。そういえば、まだニルデは帰って来ていないのか?」
「ええ、旅行が楽しいのだと思いますわ」
「そうか、土産話が楽しみだが、わしが死ぬ前に帰って来て欲しいな。ハッハッハ」
「嫌ですわ、ひいおじい様ったら」
笑っている二人を見て、マクシムはナタリアの意図に気づいた。
そうなのだ、今、アメデオは百歳を超えているとは思えないほどしっかりしている。
だが、それは一時的なもので、以前はナタリアを自分の娘と勘違いしていた。
ニルデの死も、彼女が『武道家』に成ったことも知らないのだ。
そして、それを隠したがっている。
マクシムはその意図を汲んで、口を滑らせないように気を付ける。
ただ、少し気になっていたことを質問する。
「前『武道家』に会った時も別人だったんだよね? 違和感とかなかったの?」
「ああ、初めてあいつが転生したのはもうずいぶん昔の話だが、ハッキリ覚えているよ。最初は信じなかったが、わしらしか知らないことを知っていたから信じるしかなかった。今はどんな外見になっているのか、まだ続いているのか、それも正直分からんな」
「生まれ変わりを繰り返せるって冷静に考えると強すぎるよね」
「至上の能力だろうな。だがしかし、仮に死ねないのだとしたら──なかなか苦しい人生かもしれん」
「そういうものなの?」
「死ねないということは続けるしかないからな」
そういうものなのかもしれない。
マクシムにはピンと来ないが、そういうものだと言われれば納得するしかない。
「そういえば、お前はどこで『武道家』に会ったんだ?」
「えーっと、偶然、その辺りで」
「さっき竜と殴り合って互角と言っていたが、まさか、あの戦闘狂、竜と殴り合うためにジャーダまで来たのか? なら、挨拶くらいしていけば良いのに……薄情者め」
しかし、アメデオはあの程度の会話でもこういうことに気づかれてしまうようだ。
元々かなり聡明な人間だったことが伺えた。
実際、ナタリアはかなり心配そうにこちらを見ている。
「そ、そういえば、戦闘面で活躍できなかったってどうして? 弱かったからじゃなってどういう意味?」
「ん。近距離戦は『士』、中距離戦はわし、長距離戦は『大魔法つかい』、対人戦全般は『案山子』。もっと上位の適正者、得手がいたら活躍できないだろ?」
「『案山子』の扱いだけはちょっと分からないけど、言っている意味は分かるよ」
以前、マクシムは学校で先生に教わったことがある。
たとえば、言語学など人よりも少しだけ上達が早ければ、そのまま差が開いていくことがあるようだ。
それは他の人が喋れない場合、上達が早い人ばかりが会話をするから勝手に上達していくかららしい。
どんなこともスタートダッシュの差が最後まで響くことがある。
人間は頼り、頼られる仕組みができてしまうと、そのまま継続してしまうという意味でもあった。
マクシムはそこでナタリアを見て、先ほど発見した手記に視線を送る。
そうすると、ナタリアは困ったような表情になる。
迷っているのだ。本当に訊ねて良いのだろうか、と。
ただ、マクシムはナタリアの許可が欲しかったわけではない。
「ところでさ、アメデオさん。これってどういう意味なの?」
「これは……えーっと、わしが描いた絵だな」
アメデオは首をひねり、そして、マクシムを見ながら言う。
「わし、お前さんのこと描いたことあったっけ?」
「いや、これ、僕じゃないから」
「いやいや、どう見てもお前さんだろ?」
アメデオの目を見ているが、マクシムにはとても嘘を言っているようには見えなかった。
ナタリアを見ても困惑の表情だ。
本気で忘れている? それとも、忘れたくて忘れた?
その理由を考えて――マクシムは『英雄の死』というタイトルの意味を悟った。
「これはアダム・ザッカーバードだよ」とマクシムはあえて断言する。
「アダム……ザッカーバード……その名前は……」
アメデオは頭を軽く押さえている。
どうしても思い出せない。何かが引っ掛かっているという表情。
マクシムはますます確信を深める。
「『英雄の死』、この文字に覚えは?」
「わしの字だな……」
「このアダムって、僕のひいおばあちゃんのお兄さんで、英雄六人と一緒に暗黒大陸に行ったらしいよ」
「そんな奴は……いなかった、はずだ。しかし……」
「僕、思ったんだよね。『英雄の死』これってどういう意味かなって。アダム・ザッカーバードはあなたたちに殺されたんだよね。自白していたんだけど、それも覚えていない?」
「わしらが、殺した……?」
「英雄として栄誉を手に入れた六人に殺された英雄。それで思ったんだよね。
英雄の死──仲間を殺したことで英雄たる資格を失った。
そういう自戒を込めたんじゃないかなって」
「…………」
アメデオは完全に沈黙してしまった。
そこでナタリアが不安そうに口を挟む。
「あの、マクシムさん。あまりひいおじい様を、その、責めないでくれませんか」
「別に責めてないよ。本当に思ったことを言っているだけだし」
多少は殺されかけた意趣返しもあったので、マクシムがとびっきりの笑顔で言うと、ナタリアは黙った。恐る恐る目を逸らす。
それまで静観していたシラも「怖っ……」と呟く。
正直、マクシムは少し腹を立てていた。
年齢で記憶が混濁しているのかもしれない。
あるいは、罪悪感で記憶を改ざんしてしまったのかもしれない。
仮にそれが正しいとして、そこまで追い詰めていたのだとしたら、罪悪感から何か真実の言葉が聞けるかもしれないと期待してしまったのだ。
曾祖母は彼女自身の兄のことをあまり覚えていなかった。
それが『大魔法つかい』の仕業だとしたら、失わされた記憶の、ほんの欠片でも手に入れば、慰めになるかもしれないと思ったのだ。
しかし、今のアメデオからその期待はできない。
そのことにマクシムは腹を立てていた。
アメデオはゆっくりと顔を上げた。
「アダム、そうだ。あいつは、わしらの仲間だった……」
「殺したんだよね? あなたたち、英雄が」
アメデオはマクシムの言葉に、悲しそうな顔で頷いた。
「ああ、殺したよ」




