英雄について
『英雄の死』
この文字が添えられた絵がマクシムに似ている。
ただし、そのものではなく、明らかに年齢が違っていた。
「僕、こんな感じになるのかなぁ」
「ひいおばあ様のお兄様……血縁がそれほど近いわけでもありませんのにそっくりですわね」
マクシムは『英雄の死』というタイトルに引っ掛かりを覚える。
英雄を殺したことに対するシンプルな懺悔の言葉かもしれない。
ただ、それ以外にも解釈はできないだろうか、と考える。
マクシムはそこで、根本的に理解していないことを思い出す。
英雄たちはどんな人物だったのか?
「そもそもさ、英雄ってどんな人たちなの?」
「どんな人というのは性格的な話ですか?」
「いや、能力というか役割的な話。誰がどういう仕事をしたのかなって」
「現状、マクシムさんは英雄についてどのくらい知っておられますか? そこから始めましょうか」
「えーっと、『士』は世界最高の剣士で『案山子』は正体不明の殺し屋。『大魔法つかい』はすごい魔法使い。『予言者』は予言ができた人。『竜騎士』は君のひいおじいさんで『武道家』は力の完全継承者」
以上、とマクシムが締めるとナタリアは苦笑した。
「最低限の知識は持っていても、ほとんど何も知らない状態ですのね」
「もう七十三年も前の英雄だよ? 正直、君のひいおじいさんが生きているのさえビックリだったし、六人の二つ名を知っていただけでも褒めて欲しいくらいだし」
「世界を救った英雄に対してなかなかの暴言ですわね。ですが、おっしゃることも分かりますわ。もう七十三年も昔なのですからね……」
「歴史の授業、苦手だったんだ。覚えること多いし」
「それではまずは六人の名前から」
「えーっと『武道家』がバジーリオ・スキーラ。『竜騎士』がアメデオ・サバトは覚えているよ」
「それでは残りの四人を
『士』はクレート・ガンドルフィさま。
『案山子』はハセ・ナナセさま。
『大魔法つかい』はクラーラ・マウロさま。
『予言者』はサルド・アレッシさま。
ですわ」
そう言われればマクシムも何かの話で聞いたような気がする。
多分、名前は有名なのだろう。
なんといっても世界を救った英雄たちなのだから。
「英雄の名前も知らないのって非常識かな?」
「知っていてもおかしくはありませんが、昔のことですもの。それに今の国家運営を行っている十三人の大臣たちのことを知らないのは? 形骸化されたとはいえ、国王のことを知らないのは? 首都から離れれば離れるほど答えられない人間は少なくありませんわ。常識なんて人それぞれですから」
ナタリアの回答で自分の非常識さを痛感するマクシム。
しかし、彼女はかなり博識なようだ。
その豊富な情報はどうやって仕入れているのか。
ここにある本だけでは現在の知識は得られないはずだ。
食料などと一緒に雑誌などが定期的に送られてきているのだろうが、少なくともマクシムよりもずっと知識豊富だ。
今の国王の名前なんて覚えていないぞ、ということを隠して平然と頷く。
「なるほど。そうかもね」
「話を戻しますわ。英雄たちはそれぞれ超人的な能力の持ち主でした。たとえば、『案山子』。彼女は殺せないものがない殺し屋でしたの」
「殺せないものがないってすごく強かったってこと?」
「いいえ、呪い屋とでもいいますか『万人を物理的に呪い殺す』ことができたそうですわ。詳細はワタクシも知りません。ひいおじい様も教えてくれませんでしたから。『案山子』は代を重ねて現在もいらっしゃるみたいですし、知識を得ることで呪われる可能性があるのかもしれませんわね」
「それで獣人種だったんだよね」
「ええ。『案山子』ハセさまと『大魔法つかい』クラーラさまは人間種ではありませんでしたの」
「『大魔法つかい』は何の種族だったの?」
「ハイエルフですわ。エルフのお姫さま。究極の魔法使い。不老不死の存在。今は隠遁生活を送っておられますが、現在も存命なのは彼女とひいおじい様だけのはずでしたの」
「ああ、『武道家』がいるからね」
「そうですわ。ワタクシ『武道家』バジーリオさまのことはあまり知りませんの。そもそも、それなりに詳しく知っているのは『竜騎士』を除けば、『士』くらいですが……」
「『士』……この前来た、イーサンのいる組織を作った人だよね」
「ええ、存命の頃は世界最高の剣士。そして、特警隊『士』を組織した人物ですが、クレートさまの実力にはある仕掛けがあったのですわ」
「ある仕掛け?」
「はい。彼は『契約者』──上位存在との契約により常人を超越。超人に至ったのです」
「上位存在って神さま?」
「いえ、形而上の上位存在ではなく、もう少し具体的な……えっと、たとえば、召喚した異世界の生物とかですが、それに代償を差し出すことで最強になったのですわ」
「その代償って?」
「寿命五十年と子どもを作れない体、ですわ」
「……それは世界最高の剣士に相応しい代償なのかな? 正直、僕にはよく分からないよ」
「あ、いえ、申し訳ございません。語弊がありますわ。クレートさまの実力は天才的な剣士だったのです。剣の腕だけでも凡人には分類されません」
「そうなんだ? でも、『魔王』を倒すには実力不足だったってことかなぁ」
「剣士の場合、手にした武器も重要。ということで、クレートさまが求めたのはその実力に見合った聖剣ですわ。聖剣『テイルブルー』。この世にはない物質で構成されており、あらゆるものを切り裂く。ひいおじい様のお話では海さえも切り裂いたとか……。重すぎて使い手が限られることを除けば、現存する究極の聖剣ですわ」
「ふーん。その聖剣は今どこに? クレート・ガンドルフィが死んで、その上位存在が回収したとか?」
「いいえ、特警隊『士』の中で保管されていますわ。ただ、使い手はいないようですが……」
「重いから?」
「それもありますが、聖剣は特別ですから」
「政治的な駆け引きの材料にされちゃっているのか。なんというか、ザ・官僚組織って感じがするね」
ナタリアは苦笑してマクシムの軽口をスルーした。
「『予言者』については?」
「サルド・アレッシさまは……実は最も不明な方ですわ。世界救済の数か月後に突然自殺されましたから……。ひいおじい様も語るのは辛そうでしたわ」
「なんか英雄たちもゴタゴタしていたみたいだけど、それにしても、それは帰ってきてすぐだよね? 何があったんだろう。それに、家族とかいなかったのかな」
「その点も不明ですわ。謎が多い人物で、ただただ、何も語らずに自死されてしまいましたの」
ナタリアから聞いた話をマクシムは簡潔にまとめる。
「なんか、『予言者』に限らず、英雄たちって謎が多くない?」
「ひいおじい様と『士』クレートさまは比較的裏表ありませんわよ」
「そうかもしれないけどさ、過半数が秘密主義じゃない? 『武道家』の能力は死んでから分かったみたいだし、意外と帰って来てから問題が発覚とかもあったのかもしれないけどさ」
──と、その時だった。
「そうだな。『武道家』の能力については、わしも驚いた」
そう言ったのは『竜騎士』アメデオ・サバト。
マクシムは息を呑んで目を見張る。
シラに支えられて、英雄は唐突にやってきた。




