アメデオの手記
ナタリアのリトルへの騎乗は失敗。
ただし、彼女はそれほど落胆していなかった。
サバサバした表情だったので、逆に心配になったマクシムは心情を訊ねる。
「意外と普通だね。もっと落ち込むかと思った」
「ええ、残念ではありますが、予想通りの結果ですから」
「粘ればいけそうな雰囲気あったけどなぁ」
「無理しても意味ありませんわ。それに、ワタクシはリトルにあんな顔をさせたのは不本意ですもの」
ナタリアなりの美学というか、プライドがあるのかもしれない。
しかし、ここまで竜を大切にしているのに『竜騎士』として認められないのは、かなり悲劇的だった。
「ところで、ナタリア。これからどうする?」
「どうするとはどういう意味でしょうか?」
「いや、英雄たちのこと調べるんだよね。何かあてはある?」
「そうですわね……。おそらくですが、ひいおじい様の書斎に過去の日記があるのではないかと思いますわ」
「ナタリア、読んだことがあるの?」
「いいえ、見たことはありません。しかし、詩作などの趣味があるのは、基本的に文章を書いたりするのが好きだからですわ。体験記か何かがあると思いますの」
「それはありそうだね」
マクシムたちはナタリアの先導の元、『竜騎士』アメデオ・サバトの書斎に向かった。
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正直、英雄という生き方は社交的かつ活動的なタイプが多いと思っていた。
しかし、アメデオの書斎はかなり充実していたし、整理整頓も行き届いていた。
壁の一面が完全に本棚で埋まっており、タイトルを見て判断する限り、小説や随筆、旅行記や哲学書など、今までの人生で自発的に読書をしたことがないマクシムはクラクラするほどの量だった。
アメデオは意外と内向的だったようだ。
「へぇ、意外とスゴイね」
「はい、ひいおじい様はとても博識ですのよ」
少し誇らしげに胸を張るナタリア。子どものような仕草は微笑ましい。
「これ、全部読んでいたらかなりスゴイし、そもそも、暗黒大陸に三年半もいたなら見聞も広そうだよねぇ」
「ひいおじい様たちの冒険譚はかなり面白いですわよ。ワタクシ、子どもの頃からいろいろお話してもらいましたわ」
「世界を救った英雄たちだから面白そうだね。それに、裏話というか、いろいろ世に出せないような話もありそうだし」
「ひいおじい様のお話では、結束は固かったようですわよ。目的が明確なのはやはり強かったみたいですわ」
「命がけの戦いを三年半もしていたら、そりゃ結束も固くなるか」
なのに、アダム・ザッカーバードは殺されたのか、と少し考えたがその言葉は飲み込んだ。空気が間違いなく悪くなる。
とりとめのない雑談をしながらマクシムたちは書斎を捜索する。
大量の本が整理整頓されていることもそうだが、埃が積もっていない。
その管理をしているのはおそらくはナタリアとシラであり、なかなか大変そうだなとマクシムは考えていた。
竜の世話があるにしても、ここまで不便な地で暮らすのは田舎暮らしのマクシムにとっても耐えられる気がしない。
「ナタリアは本、読まないの?」
「小説などは読みますわよ。マクシムさんは?」
「全然」
「読んでみると面白いものですわよ」
「別に嫌で読んでないんじゃなくて、興味と機会がないだけだしなぁ」
分厚い書籍が多い中、マクシムは隅の方にある少し小ぶりな本に気づいた。
ハンドサイズなのは持ち運びしやすさからか、少し異彩を放っている。
マクシムはナタリアに呼びかける。
「これじゃないかな」
「いいえ、それは違いますわ」
「あ、違うんだ」
「はい、それはひいおじい様の書いた文ではなく――いえ、見てもらった方が早いかもしれませんわね」
ナタリアが適当に一冊開いて見せてくれた。
マクシムは首を傾げる。
「これは――絵だね」
「はい。ひいおじい様の描いた絵ですが、それは暗黒大陸ではなく、こちらに戻ってきてからのものですわね」
「『竜騎士』は絵も描くんだ……」
「あまり上手ではありませんが、絵も趣味だったみたいですわ」
ナタリアはあまり上手ではないと言ったが、それなりによく描けているようにマクシムは感じた。
彩色はされていない鉛筆画だが、何をしているのか、どういう絵なのかは分かる。
「これは竜だね」
「ハルフォードだと思いますわ」
「竜の違いが分かるなら十分上手だと思うんだけど」
「ハルフォードは、左の翼に大きな痣があるので分かりやすいだけですわ」
ペラペラとめくってみるが、風景や家族の絵が荒い筆致で描かれている。
あまり絵にも詳しくはないマクシムだが、何となく愛情が感じられた。
写真ではなく、絵というのがポイントなのかもしれない。
対象のことをよく見て、それを自分の手で描くという作業には愛がなければ、続かないからだろうか。
本一冊、全てが絵で埋められていた。
手だけや花など、本当に暇つぶしのような絵も多い。
冷静に考えると、これだけ人里離れて、しかも、英雄として労働の義務がなければ、こういった創作活動に精を出すのも理解できた。
「もしかして、ナタリアも絵を描くの?」
「ええ、それなりには、ですが」
「へぇ、見せてよ」
「お断りしますわ」
「えー」
「そ、そんな顔しても見せませんわよ」
絵は一冊分描かれてあったが、文章や補足など特にない。
「変な生き物の絵もあるね」
「そうですわね、ひいおじい様の空想上の生き物でしょうか」
「あ、これ、ナタリア?」
「いいえ、お母さまだと思いますわ」
「へー、よく似ているね」
「そうですわね。ワタクシたちはお母様似だとは言われますわ」
「家族写真みたいなのもあるの」
「ええ、見せませんわよ」
「秘密主義が過ぎる」
そうやってめくっていって、最後の一枚になった。
そこで、マクシムとナタリアは手を止める。
それは一人の男性の胸から上が描かれている。
よく見たことがある顔に、マクシムは目を丸くする。
「これ、勘違いかもしれないけど、僕に似てないかな?」
「そうですわね。まさかとは思うのですが、アダム・ザッカーバード様でしょうか? 以前も見た気がしますが、すっかり忘れておりましたわ」
「他の英雄の絵もあるのかな、もしかして」
「それらしいものはありませんでしたが……それにしても、よく似てらっしゃいますね」
「うん、こんな感じだったのかぁ。ちょっと年齢差があるけど、僕に似ていたんだね。そりゃ『武道家』も『竜騎士』も勘違いするわけだよ。あれ?」
アダムの描いた絵には一言だけ補足の文があった。
それはもしかしたら、タイトルだったのかもしれない。
『英雄の死』
それはあるいは懺悔の言葉に分類されるのかもしれなかった。




