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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
目的達成のため手段を選べぬ者『予言者』
225/235

勇者編 集合写真 その一

「記念撮影をしようではないかね」


 それは『予言者』サルド・アレッシの一言だった。

 

「せっかくの暗黒大陸に上陸したんだ。記念だよ。帰るメンバーも含めて、ぜひ集合写真を一枚残そうじゃないかね」


   +++


 暗黒大陸上陸には丸二日ほど時間がかかった。

 妨害については『竜使い』アメデオ・サバトらが中心となって退けたが、作業艇が一台しか使えず――もう一台は巨大岩石落下の際に壊れた――純粋に時間がかかったのだ。

 無論、『大魔法つかい』の魔法など運搬手段は存在していたが、結局予定通り作業艇での運搬が行われたのはいくつか理由があった。

 簡単にいえば、勇者たちにそんな雑務をさせるのはどうかという建前と、最後にこれくらいはさせて欲しいという作業員からのはなむけ

 一種の感情論で上陸はのんびりとしたものになった。


   +++


「暗黒大陸ってのはなんだな。想像していたより普通だな」


 な、と傍にある巨体を見上げながら言ったのはアメデオだった。

 傍らには竜が一頭。四〇メルを超える巨体で、頭を下ろしたリラックスした体勢でいる。

 キンバリー。

 それがアメデオの相棒の名前だ。


「もっと理解を超えた場所だと思っていたな。見たことない植物ばかりだし、そのあたりは違和感があるけど、いや……これは植物なのか……? 岩みたいな樹だな。『魔王の眷属』もそうだけど、硬質な世界だ……。でも、それくらいじゃないか?」


 アメデオたちがいるのは小高い丘で上陸作業全体を見下ろせる。

 砂浜のある入り江へ作業艇で荷物をピストン輸送している。

 砂浜から少し離れたところで野営をし、これからの『魔王』討伐の足掛かりを作っている。

 野営準備をしている人たちの中心となっているのは『武道家』バジーリオ・スキーラだ。

 あの少年はどんな雑用も率先して動く。

 腕も確かだが、その誠実な性格は信頼できるとアメデオは考えていた。


「な、『団長』、あんたはどう思うよ」と警戒任務を続ける相棒にアメデオは声をかけた。


 腕組みをして眼下を睥睨へいげいするのは『団長』ルカ・モレッティである。

 巨大な槍を片手にどっしりと足を開いて揺るがない。整った顔立ちなので美術作品のようにも見える。

 見ている者を圧するほどの気配を漂わせている。

 アメデオとルカは二人でピストン輸送の警戒を続けていた。


「分からないな」

「あんたはここで帰るからあんまり関係ないか」

「…………」


 揶揄するような一言もルカは動じた様子を見せない。

 アメデオは嘆息する。


「ルカさん、全く動じないんだな」

「何をだ?」

「挑発であんたの真意を量りたかったんだがな……。だが、あんたは意外と繊細だ。腕組みをしている姿は防衛姿勢。つまり、他人と距離を取りたがる性格だな。あと、こちらに一切視線を向けない様子からも臆病と言っても良いな」

「そうかもな」


 アメデオの言葉でルカは実際動揺していないわけではなかった。なかなか良いところを指摘されていると分かっていた。

 だが、彼がそれを面に出すことはない。

 それどころではないからだ。聞き流していた。

 万が一、『魔王の眷属』に襲われたら、と思うと気が気ではなかった。

 視界に入らない範囲さえも感知しようと、かなり集中して周囲を警戒していた。


「しかし、気にならないのか」

「何だ?」

「俺がこうやって他人の心理状態を評していることだよ。結構的確だって評判なんだぜ」

「いや、別に」

「実は俺は昔ちんけな詐欺師をしていたんだがね」


 そこでようやくルカは視線をアメデオに向けた。

 こいつは何を言っているんだ、という顔になったが、鋼鉄の仮面をかぶり続けている彼には珍しいことだった。

 アメデオは軽く笑い飛ばす。


「昔だよ、昔の話」

「どうして詐欺師が『竜使い』に?」

「お、興味を持ってくれたのか。嬉しいね」

「別に無関心だったわけではない」

「いいや、あんたは俺に興味がなかったな。まあ分かるよ。俺は『竜使い』でしかないからな。あんたら戦闘職のプロからすれば、俺みたいなのは素人だろうしな」


 ルカは苦笑する――なかなかの極論だからだ。そして、やんわりと否定する。


「だが、総合的に考えて、アメデオさんよりも戦闘能力の高い勇者はいないだろう。『竜使い』が操る竜は脅威的だ」

「おいおい。俺のキンバリーを兵器扱いするなよ。家族だぞ?」

「ただの事実だ。竜に乗った君を打倒できる勇者は条件が整わなければいないだろう」

「そうかな? 『案山子』には簡単に殺されるだろうし、『大魔法使い(クラーラ)』も魔法でどうにかしそうだ。それに『聖剣』を持ったクレートや感情暴走状態の『超人ルイジ』、それにあんただって竜を打倒してもおかしくない実力者だ」


 ルカは言葉を飲み込んだ。

 そうか、とだけ短く頷いたが、その時考えていたのはシンプルに一つだけ。


 バカか! 竜なんか倒せるわけないだろ⁉


 ――だった。

 自分の数万倍、いや、それ以上かもしれない質量を持った相手と戦えるわけがない。絶対に嫌だ。実際に戦わざるを得ない状況以外は何が何でも逃げてやる。戦いたくない。

 派遣のために超巨大船を作った理由の七割くらいは竜を運ぶためだ。実質『魔王の眷属』を超える怪獣みたいなもの。

 しかし、そんな考えを全く見せることなく、ルカはただただ巨槍を片手に見張りを続けている。

 アメデオはぼやくように言う。


「あんたみたいな天才は自分の動作を完全に制御しているから何を考えているか読み取り辛いんだよな……」

「写真」とルカは話を逸らすように話題を変える。

「は? いきなりなんだ?」

「サルドが言ったことだ。記念に集合写真を撮ろうという話をどう思う?」


 アメデオは端的に答える。


()()()()


 ルカは内心でかなり驚いていたが、首肯する。


「そうだな。同感だ」

「全員が生き残れるわけがないからな。いや、サルドの予言が真実ならおそらく七名以外は全滅だろう。誰が生き残るんだろうなぁ」


 他人事のような言い方だ。明日の天気を占うような、闘鶏を誰に賭けるか訊ねるようなそれくらいの温度感。

 ルカはふと感じたことを口にする。


「アメデオさんは自分のことを詐欺師だと言っていた」

「違うぞ。元詐欺師さ」

「そうか。詐欺師は人を騙して利益を得るはずだ」

「おう。誰にも言うなよ。うちのワイフにも内緒なんだからな……知っているけど知らないフリをしてくれるんだ。最高だろ?」

「いわゆる卑劣な職業だ」

「無視かよ。いや、職業か? 他人事みたいに言うのは自分でも違うと思うけど、詐欺師は職業じゃねぇだろ」

「他人のことを考えない、自分さえ良ければ良い。そういう生き方をしてきたはずなのに覚悟ができているように見える。何故だ?」


 アメデオは言われて気づいたというように目をまたたかせる。

 あー、と意味のない呟きを発し、


「人は変わるもんだからな」

「変わり過ぎだ」

「愛が俺を強くしたんだ」

「正気か」

「本気だ。冗談抜きで妻子が俺を強くした」

「人のため、か……」

「妻子は他人じゃないからな。しかし、結構芯を食った意見だと思うんだがね。ま、人は変わるもんだからな」


 アメデオはどこか照れ臭そうに言う。


「自分のためだけだったら逃げているよ。だけどね、妻子が幸せな世界を作りたいって思ったら、それほど怖くないんだよな。この戦いで命を落とすかもしれないけど、必要な犠牲だったと納得できる。だから、それが覚悟と言えば覚悟だな」

「そうか。そうなのか……勇気があるな」

「勇気か? しかし、『団長』意外と話せるんだな。もっと堅物な印象だったよ」

「返事に困る」

「あんたは最強剣士クレート・ガンドルフィに比肩する王国騎士団『団長』だ。自分で言うのもなんだが、勇者はみんなそれぞれどこか常人離れした部分があるよな。だけど、その中でもルカさんは相当頭抜けている」

「しかし、自分はここで帰る」

「残念だよ。いや、そうでもないかもな。生き残るのが本当に七人だとしたら、あんたは有力者の一人だ。口じゃ威勢のいいことを言っているが、俺だって生き残る一人になりたいからな」


 ルカはそれに肯定も否定もしない。

 返事をする意味がないから、と判断したわけではない。

 彼はずっと周囲の警戒を続けていた。

 そのセンサーが警鐘を鳴らしていた。空気が変わった。何かが高速接近している。

 ルカは足を開いた体勢からやや前傾になる。

 時間はあまりないが、大切なことを伝えたいと思った――これが最後になるかもしれないからだ。


「君は自分のことを戦闘職のプロじゃないと言ったが、そんな卑下は似合わない。むしろ、アマチュアだと自覚してこの場にいる方がよほど勇気がある。騎士団にも君以上の勇者はないだろう」自分も含めて。

「『団長』に認められると嬉しいな。俺も騎士かぁ。『竜騎士』だな」


 アメデオは本当に照れたように笑う。

 それからキンバリーがのっそりと体を起こした。

 愛竜が臨戦態勢になるところを見て、ようやくアメデオも察する。


「え、まさか……? そういうこと?」

「ああ――敵だ」

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