『士』見習い
ナタリアの話を聞いたマクシムも『竜騎士』アメデオを見に行ったが、ボケたフリには見えなかった。
マクシムは恐る恐る、豹変の可能性も考えながら話しかけたのだが、
「あのー」
「? おお、イーサンじゃったか?」
「…………」
いきなり知らない誰かの名前を呼ばれて、何も言えなくなった。
ナタリアが会話を引き取ってくれた。
「それは別の方ですわよ、ひいおじい様」
「そうじゃったかい、レナータ」
「……お疲れですわね、お休みになってくださいませ」
「そうじゃのぉ、妙に疲れたわい……」
アメデオは寝息をすぐに立て始めた。
マクシムはナタリアと目を合わせて、どちらともなく首を横に振る。
とても聞き出せる流れはなかった。
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マクシムたちは先ほど寝ていた客間まで戻ってきた。
そして、ナタリアはお茶を用意しながら言う。
「おそらくですが、あなたの存在がストレスだったのですわ」
「どういうこと?」
「もちろん、マクシムさんに責任はございませんわ。ただ、ひいおじい様はああ見えて繊細なのです」
「そうなんだ……」
マクシムの疑問の表情に、ナタリアは声を小さくしながら言う。
「実はひいおじい様の趣味は詩作ですの」
「そ、そうなんだ。意外だね」
「そもそも、才能があることと好きなことは別といいますか、あまり詩作も上手ではなかったようですが、ひいおばあ様もその繊細さに惹かれたとか」
「は、はぁ」
正直、そんな話をされても反応に困るのだ。
というか、世界を救った英雄にそんな一面があるのは意外だった。
しかし、それも当然なのかもしれない。
なりたい自分となれる自分が一致するとは限らないのだから。
「本当は『竜騎士』になんてなりたくなかったはずですわ」
「英雄なのに?」
「ええ。元々、ひいおばあ様が『竜騎士』の血筋で、ひいおじい様はその伴侶。あくまでも補佐でしたから」
「え? じゃあ、本当は君のひいおばあちゃんが『竜騎士』だったんだ」
「ええ、ひいおばあ様の適正は低かったようですが、逆に、ひいおじい様は竜との相性が良かったようですわ」
「そういうこともあるんだ。英雄になるほど……あれ? 『竜騎士』と結婚したら『竜騎士』になれるんだ?」
ナタリアはピクリと眉を動かした。
そして、プルプルと震えてから、穏やかにほほ笑む。
「何のことですかしら?」
「いや、内緒なら誰にも言わないけどさ。しかし、それなら『竜騎士』って段々増えていきそうな気もするけど」
「……いえ、必ずしも『竜騎士』の伴侶が『竜騎士』になれるとは限りませんし、『竜騎士』の子どもが『竜騎士』になれるとも限りませんもの」
「そういうものなんだ。あれ?」
そういえば、とマクシムは思い出す。
聞き間違えたような気がしていたが、ナタリアは自分が『竜騎士』ではない、と言っていたような気がする。
それのことだろうか?
しかし、竜にブラッシングしている姿は、とても信頼し合えているような気がしたが、それでも『竜騎士』にはなれないのだろうか?
マクシムが更に問いかけようとした時だった。
シラが部屋にノックもせずに入ってきた。
「ナタリアお姉ちゃん、『士』が来た」
「シラ、ノックはしなさいな」
「ごめん、そして、『士』ここ」
シラの背後には一人の青年が立っていた。
比較的この地域では珍しい金髪碧眼も目立ったが、そもそも鼻梁も整っている美男子だった。
かなり背が高いため、ロングコートを着ていると、筒のようなシルエットが目につく。
年齢は二十前後だろうか、青年は爽やかに笑いながら片手を上げる。
「よ、ナータ」
「お久しぶりですわ、イーサン」
ナタリアも立ち上がり、親しげに出迎える。
ナータという愛称呼びにも驚いたが、イーサンは先ほどアメデオに間違えられた名前である。
この『士』は『竜騎士』と交流があるらしい。
シラがナタリアが用意していたお茶を引き受けて、三人分のお茶を用意してくれた。一応、マクシムの分も用意してくれた。
シラはそのまま壁際に下がり、用事に備える。
イーサンが席に座ってから、ナタリアは緊張を見え隠れさせながら頭を下げた。
「忙しいところ申し訳ありませんでしたわ」
「いや、俺もニルデが本当にそうだったとしたら、知りたかったから気にするな」
「それでお姉さまは?」
「いや、それがな……」
と、そこでイーサンはマクシムの方に視線を向ける。
「彼が電話で話に出た?」
「ええ、ですから、隠す必要はありませんわ」
「そうか。実は見つかったのはこれだけなんだ」
イーサンはロングコートの前を開く。
その下の服装はスーツだったが、二つほど目につくものがあった。
ロングコートの内側には不自然なほど大小さまざまなポケットがあった。
そして、体の左半身に沿うように直剣が収められていた。
服の上からは剣の存在が分からなかったが、上手く隠しているのだろう。
イーサンはその内ポケットの中から取り出した。
それは一枚の、大きな葉っぱ。
人を一人包めるほどの、そして、赤い血が付着している。
「それは……?」
「電話の場所を掘ったらこれがあったんだぜ。話通りならニルデの血だろうな」
「あ……」
マクシムが声を漏らした瞬間、イーサンの目が光った。
「君は知っているのか?」
「僕が、その、包んで埋めたから……」
「死体はなかった。心当たりは?」
「ないよ、かなり深く埋めたから獣とかじゃないと思うし」
「だろうな。人ひとり分の肉体が、そのまま抜きられていたようだったからな」
死体消失。それは不可解な謎であった。
「あそこに死体が埋まっていることを知っていたのは君だけだよな」
「え、まさか、僕を疑ってます?」
「いや、なら、わざわざここまで来たのは疑わしいからな。黙って逃げれば見つかるわけがない場所だった。でも、誰か他人に言わなかったか?」
「言ってないよ。言うわけがないよ」
「じゃあ、どういうことだと思う?」
「それは……」
ひとつだけ思い当たることがあった。
それはあそこで死んだことを知っている人は、もう一人どこかに存在するからだ。
「『武道家』が」
「つまり、お姉さまが?」
「多分、だけど。意図も分からないけど」
マクシムとナタリアが頷き合うと、イーサンは首を傾げる。
「おい、ナータ。君らだけで納得するのは止めて説明を頼む」
ナタリアに視線を送ると彼女は頷いてくれた。
だから、マクシムが『武道家』について説明する。
説明しながら、ここまで信頼されているイーサンに少しだけ嫉妬していた。
イーサンは聞き終わって考え込む。
「『武道家』……あの……」
「イーサン。『士』の方では何か情報はないのかしら?」
「ない。『武道家』は不可侵な存在だからな」
「そうなのね……」
「俺が見習いだから教えられていない情報はあるだろうが、それにしても、英雄か……」
イーサンは葉っぱを綺麗に折りたたみ、元の内ポケットに入れた。
「とりあえず、これは預かっておく。何かの役に立つかもしれない。うちの『W・D』に見せれば何か分かるかもしれないしな」
「分かりましたわ。少し『士』の方で探していただけるなら助かりますの」
「また連絡する」
イーサンはそのままあっさりと出ていった。
分かり合っている感のあるやり取りに、マクシムは多少モヤッとする。
一応、気になっていたことを訊ねる。
「イーサン、確かに良い人そうだね」
「そうですわよ。正直、『士』は無条件に信頼できる組織でもないのですが、あの方だけは信頼できますわ」
「付き合い、長いんだ?」
「ええ、そうですわね。あの方は『士』の中の『士』、秘蔵っ子として物心つく前から育てられていますから、ワタクシたちともずっと付き合いがありますわ」
「ふーん、『竜騎士』とも交流のある『士』。見習いとは言っても、将来有望そうだね」
「もちろんですわ。彼は見習いと言っておりましたが、他の方の話では、イーサンは『士』の次代を支える幹部候補ですもの」
「なるほど、それは凄いね」
「イーサンは凄い方なのですわ」
「ところで、君の初恋の人?」
「それはも――」
ナタリアは途中で言葉を止めたが、顔を真っ赤にしている。
その表情を見ただけでマクシムは胸が苦しくなった。
なんというか、完全に負けだった。




