表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
目的達成のため手段を選べぬ者『予言者』
204/235

ナタリアVSルチア

 危機だった。

 マクシムは冷や汗が止まらなかった。

 ナタリアはひたすらに笑顔だった。

 暗黒大陸でもここまでの危機はなかったかもしれない。いや、さすがにそれはウソだが。


「マクシム、大変だったでしょう。えーえー、暗黒大陸からどうやってここまで帰ってきたかは分かりましたわ。クラーラ様のおかげ、ですか。納得しましたわ。

 そうですわ。暗黒大陸は死ぬほど大変だった、とひいおじい様もおっしゃっていましたわ。命の危機もたくさんあったでしょう。ワタクシには分かりますわ。辛く苦しい長旅だったのですわね」

「うん、結構大変だったと思うよ。うん。はい」


 そうナタリアは労ってくれるが、マクシムは脇の下から背中まで冷たい汗でぐっしょり濡れている。

 それくらい気圧されていた。

 ナタリアは美人だ。

 夫としてのひいき目抜きでそう思う。

 美人の笑顔がここまで迫力があるとは知らなかった。


 ちなみに、マクシムは床に座っていた。

 普通に椅子に座ることはできないだけの迫力を発していた。


「ところで、マクシム、どうして椅子に座らないのですか?」

「いえ、何となく」

「なるほど。つまり、反省すべきことがあるということですか。これはギルティですわね」

「いや、ギルティとか、別に悪いことは、そんなには、ないと思いたいよ。うん」

「はぁぁぁぁぁっ。では、マクシム、どうしてワタクシと目を合わせようとしないのです? とても悲しいですわ……やましさ爆発ではないですか」

「別にそんなことはないけど……」


 マクシムはできるだけ平静を装ってナタリアの眼を見た。すると、不思議なほど冷静な視線だった。

 愛しい妻の視線にしては冷静すぎた。そして、これから戦いにでも出るのかというくらいの内なる気迫が感じられた。臨戦態勢に近似している。

 マクシムは「えーっと」と言う。別にごまかすわけではないが、どうしても気になることがあった。


「ところで、僕らの子どもは? ほとんど顔も見れてないんだけど……」


 マクシムは子どもが生まれているという当たり前の事実も実感としてまだなかった。

 チラッと見た後に、すぐシラが連れて行ってしまったからだ。

 顔どころか名前すら知らない。

 名前の案は旅立つ前に出していたが、どれに決まったかまだ知らないのだ。

 早く抱き上げたいという欲求はかなりあった。


「マクシム、今のあなたは超汚れているのです。先にお風呂で体を洗い流してからにしてください」

「あー、そうだね。ごめん。臭うかな?」

「そうでもありませんが……暗黒大陸は未知の病気もあるかもしれませんわ。洗浄は絶対ですわ」

「おっしゃる通り。気が利かなくてごめん」


 その時、ちょうど良く、ルチアが戻ってきた。

 彼女は髪をタオルで拭きながらの湯上り姿だ。上気した顔で嬉しそうに息をつく。


「お風呂ありがとうなのです。久しぶりだったのでとっても気持ちよかったのです。感謝、感謝なのです」

「暗黒大陸では大変だったでしょう。むしろ、もっとゆっくりしても構わなかったですわ」

「十分ゆっくりさせて貰ったのです。本当にありがとうなのです」


 ナタリアはニッコリと笑った。迫力は霧散したわけではないが、それはいつも通りのナタリアだ。

 ルチアに向ける視線は柔らかかった。


「えーっと、じゃあ、僕もお風呂もらってこようかな」

「マクシムはもう少しここにいなさい」

「あ、はい」しゅんと床に座り直す。


 ルチアはマクシムの隣に座ろうとしたが、ナタリアに制される。


「ルチアさん、ソファーに座ってください」

「……分かりましたです」


 僕はー? と言うことはできなかった。そろそろ足が痺れてきていた。

 ナタリアは居住まいを正してルチアに語りかける。


「さて、ルチアさん。あなたが『士』の特務大佐というお話は、正直信じ難いですが、飲み込みましたわ。それでマクシムと暗黒大陸を旅したということも信じましたわ。あの、ネコという生き物? いえ、正直、アレは機械に見えますので、あまり理解できていませんが、それに乗っていたからかなり早く旅できたということも納得しましたわ。

 マクシムと二人で暗黒大陸を旅した――信じましたわ」


 ちなみに、戦闘機械生命体ことネコのギンは屋敷の前で大人しくしている。

 竜たちが遠巻きにしているが、興味があるのか、警戒しているかは微妙だった。

 ギンの方は眠いのか、頭を伏せた体勢でほとんど動きを見せない。『獣姫』とのいざこざから大人しすぎるのは気になるが、暴れられるよりは全然マシである。

 ナタリアは深刻そうなまま続ける。


「ワタクシはひいおじい様から暗黒大陸のことは多少聞いておりますわ。ワタクシが幼い頃に聞いた話ですので、かなり穏便にしていたと思いますわ。つまり、想像できないほど過酷な世界だったのでしょうね」


 多くの仲間が命を落としたそうですわ、とナタリアは言う。

 マクシムとしても理解不明なことは多かったが、危険な世界だったのは間違いない。

 実際、巨大な蛇――に似た生き物のヨルムンガンドの子など、こちらの世界では存在しえない生き物が多く生息していた。

 『魔王樹ゴッズ』の穴で生まれた湖なんて、海と見紛うばかりのサイズだった。

 ナタリアはふぅ、と浅く息を吐き、それから深く吸い込んだ。深呼吸。緊張が見える。言葉を躊躇ちゅうちょしている?


「それほど過酷な世界にいたのですわ。ですから、マクシムが()()()()()のも理解できますわ」

「過ちって……」


 いや、まぁ、ルチアのことを受け入れようと決心したのはナタリアからすれば過ちだろう。

 だが、ちょっと寄り添っていただけでこの反応はあまりにも大げさな気がした。


「マクシム、あなたとワタクシは夫婦ですわ。妻として夫の過ちは許容すべきだと考えておりますわ」


 ナタリアはルチアに向き直った。

 そして、深々と頭を下げた。


「本当に申し訳ございませんわ。ただ、マクシムはあなたのように素敵で可愛らしい女の子だから我慢できなかったのです。

 ただ、あなたのご両親に顔向けできないことを考えると、どう償えば良いのか……ワタクシも親になって分かりましたわ。自分の子への愛がどれほど深いかは理解しているつもりですわ」


 その言葉を聞いて、さすがにマクシムも気づいた。

 ナタリアはマクシムがルチアに手を出したと思っているのだ。肉体関係があるというか、どちらかといえば、マクシムが無理やり手を出したくらいは考えていそうだ。

 あの臨戦態勢に近い迫力も、ここまで考えていたからだとすれば納得できた。

 夫の愚行を共に背負う、妻としての覚悟。その表れなのか。

 だが、違う。

 そんなことはしていない。

 そこそこヤバいことはした気がするが――嫌がるルチアの匂いを嗅いだり――最後の一線は超えていない。勘違いというか、考えすぎだ。

 ナタリアの謝罪を見て、ルチアはニッコリと笑う。


「ナタリアさん、顔を上げて欲しいのです」

「本当に申し訳ございませんわ」

「すべて間違いだからです。頭を下げることなんて何もないのです。マクシムは暗黒大陸でも理性的だったのです。ルチアを受け入れてくれたのは最後の最後なのです。それまでルチアはずっと拒まれていたのです」

「え……?」


 ナタリアは唖然としている。

 証拠を見せても良いのです、とルチアは言う。


「証拠?」

「はいです。マクシムは暗黒大陸でルチアに指一本触れていないのです。ルチアはまだキレイな体なのです」

「え?」


 いや、指一本は触れている気がするが、マクシムは口を挟まない。

 そもそも、何か間違っているような気がして口が挟めなかった。

 だが、何が間違っているのかは分からなかった。

 というか、この会話は何なのだ?


「理性的に、ルチアの愛を受け入れてくれたのです。別にナタリアさんへの愛を失ったわけではないのです。ただ、ルチアのことも愛するようになったのです」


 ナタリアの笑顔が凍った。

 それどころか血の気さえ失せている。

 信じられないとばかりに震えていて、マクシムとしては今すぐ支えたかったが、それも違う気がした。


 マクシムには理解できない。できないが、何かこれは重要な駆け引きのような気がしていた。

 そして、これは正しい選択肢があるのだ。

 それを選ぶべきだ。

 だが、そう悩んでいるうちに、ルチアが最後の一手を先に放った。

 それはとても幸せそうな笑顔だった。

 ただ、トドメを刺すような切れ味もある一言を口にした。


()()()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ