「ごめんなさい」
気づいたら、マクシムは見知らぬ天井が目に入った。
とりあえず、生きていることに安堵する。
正直、夢ではないかと疑ったが、全身が汚れていたので現実だと理解する。
多分、それほど時間も経っていないと判断したのは、窓の外の太陽の位置から。
マクシムはベッドの傍に座っているナタリアに気づいた。
ナタリアは胸をなでおろしている――マクシムが無事に意識を取り戻して安堵したのだろう。
マクシムは起き上がりながら訊ねる。
「生きてたんだね、僕」
「……ええ、本当に良かったですわ」
「ありがとうね、庇ってくれて。正直、僕だけじゃ逃げ切れなかったよ」
「いいえ、その――」
ナタリアはしばし逡巡した後、頭を下げた。
「――マクシムさん、ごめんなさい」
「えっと、僕は君に助けられた方だから、その、何のこと?」
「あなたが本当に殺されそうになったことについてワタクシは信じてあげられませんでしたわ。その点を謝っておりますの」
むしろ、信じられる方がおかしいと思ったが、心変わりしてくれたのであれば、良かった。
マクシムはホッと小さく吐息する。
「でも、僕も正直、あそこまで激高されるとは意外だったよ」
「ワタクシもあんなひいおじい様は初めて見ましたの」
「一体、僕の先祖はどんな人物だったんだろうね」
「ひいおばあ様のお兄さまでしたわよね? そんなに似てらっしゃるのかしら? 写真などは残っておりませんの?」
「残ってないよ。というか、ひいばあちゃんもあんまり覚えていなくて」
「? どういうことですの?」
「覚えているんだけど、記憶があいまいらしかったよ」
「それは……作為的なものを感じますわね。『英雄』の誰かの処置かしら……可能性が高そうなのは『大魔法つかい』ですわね」
「そんなことできるんだ」
「世界最高の魔法使いですから」
なるほど、そういう力の持ち主もいるのかもしれない。
マクシムが唸っていると、ナタリアが少し恥ずかしそうに言う。
「……あの、それと、ワタクシが言ったこと覚えてらっしゃりますか?」
「? 何だっけ?」
「その、恋人、と……」
ナタリアは気恥ずかしそうにしている。
顔を赤く染め、目を合わせていられないと、チラチラッとこちらを見ている。
その表情を見て、悟る。
命がけの一瞬で芽生える恋。
そういうこともあるかもしれない。
いや、あるに違いない。
あの濡れた瞳は間違いないはずだ、と。
マクシムはナタリアの手を取る。
そして、できるだけ優しく微笑む。
「嬉しいよ」
「え……?」
「僕も君にひとめ惚れしたからさ、本当に嬉しいよ。君がそう言ってくれて」
「………………え?」
ナタリアは赤かった顔から徐々に血の気が引く。
マクシムの言葉の意味を悟ってか、非常に焦った表情で早口に言う。
「あ、その、ワタクシは全然そんなつもりではなくて、ただ、ワタクシの恋人ということにすれば、ひいおじい様も攻撃できないかなって。あ、その、ワタクシの恋人の有無をすごく心配していたのですから、その、天涯孤独というか、お姉さまが出奔してから特に気にされていて。それと『竜騎士』の伴侶も『竜騎士』になれる場合がありますので、その……」
先ほどまでの照れた表情はまるでなく、どちらかというと、それは申し訳なさそうな罪悪感の表情で、つまりは、ナタリア・サバトという少女はとても性格が良いのだった。
と、マクシムは他人事のように考えていた。
握っていた手が離された。
「その……ごめんなさい」
マクシムはナタリアに思いっきり振られた。
+++
マクシムは「死にたい……」と思った。
「死にたい……」というか、口に出していた。
「その、死なないでください……」
ナタリアはそう言うが、同情で付き合ってくれそうな雰囲気はなかった。
芯が強いらしい。
その辺りも良い少女だ、とマクシムは思う。
「ごめんなさい、その、せめて忘れてくれないかな」
「その、頑張ります……」
「ほら、もう僕は出ていくから、きっとすぐ忘れられると思うから」
「……そうですわね」
ナタリアはどこか苦み走った表情になるが、すぐにいつも通りの平静な顔になる。
「ですが、正直、ワタクシはあなたのひいおばあ様のお兄様の正体が気になりますわ。本当に、ひいおじい様たちが殺したのでしょうか」
マクシムも気を取り直す。
死にかけたのに恋ボケをしている場合ではないのだ。
「多分ね。『竜騎士』が自供もしていたし」
「ひいおじい様の口ぶりでは危険な方のようでしたが……」
「不思議なんだよね。英雄たちが警戒するような能力じゃないはずなんだよ。だって、『料理人』だよ? 料理をしていただけだよ?」
「そうですわね……正直、戦闘能力以外で危険視する部分があったということでしょうか? 性格や思想面での危険性があったのではないでしょうか」
「でも、戦闘能力がないなら危険視する必要がないというか、英雄たちならいくらでも管理できそうな気がするけど」
「それもそうですわね」
マクシムは一応、ニルデ・サバト=『武道家』バジーリオ・スキーラが言っていたことも伝える。
「ただ、肉がない世界で、肉料理を出していたらしいよ」
「それは……奇妙な話ですわね」
ナタリアの口ぶりは奇妙というよりは、気味が悪そうだった。
「もう一度、冷静に話し合えないかな。あの後ってどうなったの」
「あの後……あの、ワタクシの偽恋人発言の後ですわね」
「忘れてくれる努力は忘れちゃったのかなっ?」
「そうでしたかしら?」
ナタリアは意外と意地悪だ。
すこしいたずらっぽく笑うのは非常に可愛らしくて腹立たしい。
「その後、ひいおじい様は『そうか』とおっしゃって、部屋に戻られましたわ。疲れた、と」
「そうなんだ。なんか意外」
「その後はあなたをここに運んでから、割とすぐに目覚めましたので、少し分かりませんわ」
「一応、確認してみてよ。僕が顔出すとまた騒ぎになるかもしれないからさ。お願い」
「分かりましたわ」
その後、ナタリアはアメデオに訊ねに行ったが――。
「アダム? はて、何のことじゃったかのぉ?」
アメデオ・サバトは完全にボケが再発していた。




