出会い
「あ、鳶……」
少年は木にとまった鳥を見ながら歩いていたため、木の根に足を取られて転倒しそうになる。
首にかけている麦わら帽子が揺れた。
背負った荷物から小ぶりの鉈がこぼれ落ちそうになる。
誰に見られるわけでもないが、少年はすこし恥ずかしそうにはにかんだ。
「危ない危ない」
極相に達した森は比較的歩きやすい。
下草があまり生えていないからだ。
しかし、足元を見ないで歩けるほど楽な道でもなかった。
その割に、少年は軽快な足取りで道なき道を歩いている。
そして、見えない空を見上げながら呟く。
「まだ昼だよね。多分」
一人で旅をしている少年は独り言が多い。
いや、友だちが少なかったため、元々独り言は多かった。
そもそも、少年は大した目的を持って旅行しているわけではない。
目的の村まであとどれくらい歩けば着くだろうか、と考えている。
朝出発した街で、場所や距離は聞いていた。
しかし、それにしては遠い気がしていた。
この時、少年は自分の事態を把握していなかった。
迷子になっていた。
+++
本格的に迷っていたが、少年の顔に焦燥感はない。
何故ならば、いつかはどこかにたどり着くと分かっていたからだ。
それと、食料の心配もない。
「お腹すいたな」
少年はキョロキョロと周囲を見渡す。
すぐに、「おっ」と言いながら背中にくくりつけた鉈を手にする。
「うりゃ」
軽くジャンプしながら、木の枝を切り落とす。
落下する前にキャッチして、そのまま躊躇なく枝についた葉っぱをモグモグと食べ始める。
「うん、美味しい」
とても幸せそうな顔をしている。
ただの木の葉であるが、一流料理人の作ったフルコースでも食べているような笑顔だった。
葉だけでなく、枝も咀嚼してから少年は満足したようにお腹をさする。
ただ、それから顔を曇らせる。
「さすがにそろそろ村に到着しないかなぁ」
彼は迷子になっているという自覚がない。
だから、それからも歩き続ける。
そうして日が傾きかけてきた時、ようやく道なき道が開けた。
最後まで迷子になっていることに気づかなかった少年の表情に「おっ」と喜色が広がる。
そして、到着した村はどう見ても人の気配がなかった。
どう見ても廃村だった。
おかしい。
5ダル払って得た情報では、ここに村があるはずなのに……。
少年は首を傾げる。
――と、その時だった。
ズシンと地響きが聞こえてきたのは。
地震のような揺れではなく、何か大きなものが地面に倒れたような振動と音だった。
なんだろう、と好奇心で少年は足を向ける。
そこで見た光景は――竜と戦う少女の姿だった。
「え?」
それは見ていてだまし絵のような状況だった。
強大な魔獣と矮小な存在のはずの少女が戦闘行為を行っていた。
遠近感がおかしくなるような絵面である。
普通であれば、少女が襲われていると判断するのが普通だったろう。
一方的な蹂躙でないのは状況を見ても明らかだった。
少女は魔法や武器を使っている様子がない。
少女は竜を殴り、蹴り、頭突きし、投げ飛ばす。
素手で竜を殴りつけていた。
しかし、竜が一方的に殴られていたわけではない。
尾を振り、牙で噛みつき、火を吹き、翼で吹き飛ばそうとする。
つまり、竜と少女は互角に戦っていたのだ。
なんだ、これは。
少年は言葉を失った。
竜は世界最強の魔獣である。
単体の生物で比肩する存在はない。
食物網の頂点に立つのが竜だった。
しかし、少女はひいき目なしに竜と互角に戦っている。
異常事態に少年は混乱していた。
そして、決着の時は意外にも早く訪れる。
少女の正拳突きが竜の首の下部に刺さった。
とても重い一撃である。
それは踏み込みの音や打撃音から明らかだった。
竜が崩折れる――その瞬間だった。
「あ」
竜の振り回した尾が少女を跳ね飛ばした。
少女の一撃は渾身のものだったのだろう。
少女の体勢はやや崩れていた。
直撃だったため、少女は地面を転がってピクリとも動かない。
少女は失神しているようだった。
砂埃が舞う。
「くっ……」
少年は葛藤する。
このまま放置していたら少女は殺されてしまうに違いない。
少年はどうすべきか考える。
助けに出たとして、竜に勝てるわけがない。
最強の魔獣なのだ。
しかし、見殺しにするのは良くない気がする。
少年は自分にできることをしようと決意する。
森から飛び出ようとした、その瞬間だった。
竜は大きくひと吠えすると――その場から飛び去った。
「え……」
竜は少女にトドメを刺さなかった。
そのことに安心しながらも少年は不思議に思う。
「――じゃあ、なんで戦っていたんだ?」
殺し合いをしていたわけではないのか?
いや、そもそもどうして戦っていたのか?
そこで少年は気付く。
もしかしたら、少女は気絶したフリをしているのかもしれない。
油断させて反撃に出るのだ。
それを警戒して竜は逃げたのかもしれない。
いや、遠距離攻撃のある竜に対して、そんな戦法は取らないか……。
そんなことを考えながら、少年は恐る恐る少女が倒れているところに足を運んだ。
少女は紛れもなく気絶していた。
白目をむき、土埃にまみれている。
それでも、少年は慎重に少女の肩をつつく。
とても演技には見えないが、覚醒後に襲いかかられてはたまらないからだ。
優しくつついただけでは起きない。
少年はすこし大胆に、手にしていた水筒の蓋を緩めて、中身をぶっかけた。
少女は跳ね起きた。
しかし、少年はそれを視認できなかった。
気づいたら、目の前にいて、こちらを斜め下から睨めつけていたのだ。
あまりにも素早い動きだった。
目で追えない、人知を超えた動き。
しかし、竜と素手で殴り合えるほどの人間なのだから当然かもしれない。
少年は驚いていたが、表情には出なかった。
表情が動かせるほど状況を認識できていなかったのだ。
そして、目が合い、そこで少年は表情が変わる。
あまりにも少女が美しかったからだ。
赤い髪に気の強そうなつり上がった瞳。
年の頃は、少年よりすこし上だろうか。
十代の後半に見える。
竜と互角に戦える人間なのに、いや、だからこそかもしれないが、とても美しい少女だった。
少年が呆けていると、少女の表情が変わる。
それは驚愕。
少女はとても驚いていた。
そして、彼女は叫んだ。
「アダム! 貴様何故! 何故生きているんだ!」
少年は首を傾げて言い返す。
「いや、僕の名前はマクシム・マルタンですけど……」
――こうして少年は少女と出会った。