姉妹
ルチアが死んだ。
マクシムはその事実に耐えられずに泣き叫んでいた。
すると、
「勝手に絶望しないでよ。バッカみたい」
そんな声が降ってきた。
マクシムは泣き叫んでいたのに、スッと言葉が届いていた。涙が、途切れる。
「え……?」
マクシムが顔をあげると、そこには一人の少女がいた。
その少女は特徴的な容姿をしていた。
まず小柄だ。
おそらくはルチアと同じか、もっと小柄だ。
耳が長いというか、尖っている。
銀髪碧眼で、顔立ちも美しく整っている。
少し、ルチアと似ていた。
それくらい美しい少女だった。
「この子、知ってるわ。この子のことあたし、知ってるもの。でも、なんか嫌な気分になるのよね」
ちょっとだけ苛立ったような口調でそう吐き捨てると、少女は続ける。
「勝手に死ぬんじゃないわよ。このあたしが、目の前で、死なせるわけないでしょ!」
その瞬間、ルチアを中心に巨大な光が放たれた。彼女を抱きかかえていたマクシムも包まれる。
光は精緻な魔法陣を描く。
まぶしくなったマクシムは目を閉じる。
まぶた越しにも明るく、その光が収まってから目を開ける。
すると、そこには。
「ありがとうです、偉大なる魔法使い。信じていたのです」
無傷のルチアがいた。
傷痕どころか、ボロボロになっていた服も元通りになっている。
魔法だろう。
だが、信じられないほどの効果を発揮していた。
奇跡のような回復魔法。いや、蘇生魔法だった。
「え」
「マクシム、心配をおかけしたのです。でも、この通り、ルチアは元気になったのでもう大丈夫なのです。実は予定通りだったのです。これも作戦なので許して欲しいのです」
「いや、え……」
意味が分からなかった。
マクシムが呆然としていると、少女も会話に加わってきた。
「あんた、『料理人』の子孫でしょ。あたしも覚悟決めたから話をしてあげる。こんなところまで来るなんてホンット頭おかしいでしょ」
少女はそう言った。
曾祖母の兄だから、厳密には子孫じゃないよなぁ、とそんなことを考えていたが、状況把握できず、マクシムは思考停止している。
もうイッパイイッパイだった。
マクシムは涙を拭いながら――喜ぶよりも驚きの方が大きい――問いかける。ルチアの件は後回しだ。
「あなたは『大魔法つかい』クラーラ・マウロ? 英雄の一人の……?」
「知っているでしょ、そのくらい。えーと、マクシム・マルタンに、あんたがルチア・マルタンか」
「まだルチアはゾフ姓なのです、クラーラ様」
「そっか。どうでも良いけどね。興味もないし」
「ルチアが『予言者』の後継者であってもです?」
クラーラの視線が鋭くなる。
「……なるほど。あたしはあんたのこと知っているわけね」
「ルチアの予定通りなのです。『大魔法つかい』に会うためにここまで来たのです。だから、歓待して欲しいのです。ルチアは『獣姫《アイーシャ様》』の不手際で死にかけたのですし、優しくして欲しいのです」
「命を助けてあげたんだからそこはいいでしょ」
「ルチアはとっても痛かったのです。とーっても痛かったのです! 死ぬかと思うほど痛かったし、マクシムの心もとても痛かったのです! あの涙をクラーラ様は無下にしてしまうのです?」
「分かった分かった。あんたたちの勝ちよ。まさか命を賭けるなんて思わなかった。でも、あたしが無視したらどうするつもりだったの? あたしは神サマじゃない。できることとできないことがあるの」
「十分勝率のある賭けだったのです。ルチアの暗黒大陸での死に方は決まっていたので、ここで死ぬことはないと分かっていたのです」
死に方は決まっていた?
「あ、違うです。一回だけ殺されかけたです。『魔王』の遺体に殺されかけたあの時は危なかったのです」
「……ああ、『賊党』、か。あの子もまだ少しだけ残っていたのね。そっか……」
それはあの『魔王』の種に寄生された遺体の件か。
マクシムたちでは知らない何かをクラーラは知っているようだった。
ただ、それよりもマクシムも気になったので質問をする。
「やっぱり、あの時は危なかったんだ」
「ですです。あれは本当に予定外だったので死んでもおかしくなかったのです。ギンがいなかったら本当に死んでいたのです」
「そういえば、ギンは?」
「ああ、あのネコなら無事だから大丈夫よ。それより、死に方が決まっていたってどういうこと? まー、サルドの後継者なら何を知っていても別に不思議もないけど」
ルチアは淡々と答える。
「衰弱死か、衰弱に伴った病死なのです。ルチアは栄養不足で死ぬところだったのです」
そこでマクシムはふと思い出した。
それは『魔王』の種の時、ルチアを助けた後のことだ。彼女をお姫様抱っこした時に感じたのだ。
軽すぎる。痩せている、と。
栄養失調になりかけていたのは間違いなかった。
あのままいけば死因になったのか。危険だらけの暗黒大陸の中で? それが?
「マクシムが能力を成長させられていなかったら危なかったのです。ルチアはマクシムほど内臓が強くないので、それほど食べられないのです。効率的な栄養が摂取できるように、食事内容が改善されて死を回避できたのです」
「じゃあ、ルチアが最後のお願いをしなかったのも、死なないって分かっていたから?」
「非常に低い可能性しかなかったのです。『大魔法つかい』は優しい人なので、ルチアが死にかけていたら助けてくれるに決まっているのです」
ね、とルチアはクラーラに視線を送る。
クラーラは苦虫を嚙み潰したような顔だ。意外と照れているだけな気もした。
「うっさいわね。アイーシャがしでかしたミスくらいあたしがフォローしてやるわよ。でも、できることならあんたには会いたくなかったわ」最後のはマクシムに視線を向けての一言だ。
「もうマクシムは『料理人』が殺された理由も知っているのです。そもそも、クラーラさんが逃げ回る理由はないのです」
「別に逃げてないわよ! あんた、本当にサルドの後継者だわ。なんかムカつくところがそっくり」
「それは超絶侮辱なのです! 撤回を要求するです!」
ルチアは珍しく声を荒げている。
一体、『予言者』と似ているのが何故侮辱になるのかは分からないが、何か思うところがあるのかもしれない。
ただ、クラーラは懐かしげに笑った。ごめんごめんとおざなりに謝りながら、
「立ち話もなんだし、そろそろ招待してあげるわ。我が家――『幻想境』に行きましょう」
+++
そして、『幻想境』には『獣姫』とギンが既にいた。
『獣姫』は反省した表情だった。
ギンも和解したのか、もう暴れる様子はない。小さくなっているのは反省しているのかもしれない。
アイーシャは頭を垂れて、申し訳なさげに言う。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。その子を助けてくれてありがとうなのじゃ」
お姉ちゃん?
いや、喋り方もどこか幼くなっている。
「ま、妹のミスの尻拭いは姉の役割よね」とクラーラは苦笑しながら答えた。




