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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
世界を愛し、世界に愛された者『大魔法つかい』
185/235

『七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか』 その二

 ――アダムに似ている。


 それはマクシムは英雄たちと会うたびに言われてきた。『武道家』も『竜騎士』もそうだったし、その度に死にそうな目に遭っている。

 それほど血縁が近いわけでもないのに、アダムとマクシムがどれだけ似ているかは分からない。

 しかし、『獣姫』アイーシャ・サレハもまさか同じことを言うとは思わなかった。

 危機感。

 何度も殺されかけてきたが、今が一番の危機かもしれない。

 マクシムは腹の底が冷える感覚に襲われながら言う。


「アダム・ザッカーバードは……」

「うむ」

「僕のひいばあちゃんの、兄、です……」

「ほぉ、なるほどのぉ」


 どこか感心したように頷き、『獣姫』はマクシムの顎に添えていた手を離した。


「何回か間違えられたことあるんだけど、そんなに似ているんですか?」

「見間違う程度にはそっくりじゃ。あの天才料理人によく似ておる。わしは久しぶりにちょっと驚いたのじゃ」

「あなたは、その……アダムとどういう関りがあるんですか?」


 というか、まさか『料理人』が『獣姫』とも面識があるなんて思っていなかった。

 そもそも、マクシムには『獣姫』が英雄たちとどういう関りがあるのかも知らない。

 それを少しでも知れたらと思い、勇気を振り絞って質問した。

 アイーシャはカカッと懐かしそうに笑う。


「奴の作る料理を食べたことがあるんじゃ。今でもよう覚えとる。あいつはどんな材料からでも夢のように美味しい料理を作った。あの時に暗黒大陸に来たどの勇者よりも天才じゃったのぉ」


 それから先ほどの冷たい視線に戻る。それはあまり良い意味は伴っていなさそうだった。

 そうだ、元々は冷たい反応だったのだ。

 マクシムは失敗した、と思った。

 だが、アイーシャは淡々と続ける。


「奴は天才じゃった……いや、()()()()()のじゃ」

「それは、どういう意味です?」

「料理人には食材が必要じゃ。じゃが、あいつはそんなこと関係ない。どんなものでも美味しく調理してしまうんじゃ。そこらの草木、土や石さえもあいつにかかれば食材じゃった。ま、最初は苦肉の策ということじゃったらしいがのぉ」

「そんなバカな……いや、それができたから勇者として選ばれたってことか……」


 どんなものでも食材として扱える。

 それは予想以上の能力ではあるが、もう踏み込むしかないので質問を続けるしかなかった。


「どうしてあなたは僕を、いえ、アダムを睨むようにみるんです? アダム・ザッカーバードはそんなに不快な人間だったんですか?」

「ふむ……」と『獣姫』はどこか困ったように「どうしてそんなことに興味があるのじゃ?」

「僕はアダムに似ているという理由で『武道家』に殺されてかけたんです。それに、アダムは英雄たちに殺されかけたとも聞きました。どんな人だったのかは興味があります」

「良い奴じゃったよ。人間的には嫌われておらんかったよ。料理人としても人のことをよく考えていたのぉ、好き嫌いや栄養バランスを元に、どうやったらこちらの世界の食材を食べられるかよく研究しておったようじゃ」


 なかなか含みがある。

 いや、そもそも、正直、人間性は問題ではないのか。仮に多少の悪人であろうとも、それだけで仲間に殺されるわけがない。それこそ、いるだけで害があるレベルの悪人でどうか、だろう。

 ただ、そこまでの悪人だとしたら、そもそも勇者の一人として選ばれることもないだろうから考え辛いか。


「あなたは、アダム・ザッカーバードが殺された理由は知っていますか?」


 アイーシャはあっさりと頷く。


()()()()()()()


 それは意外なほどあっさりとしていた。

 当然とばかりの反応だが、どうして知っているのか。

 期待していなかったわけではないが、予想していないほどあっさりしていたので言葉に詰まる。


「え」


 マクシムは驚いてルチアを見る。

 ルチアは真剣な顔で頷いた。その頷きはどういう意味かは分からなかったが、このまま質問を続けても良いのだろう。


「その……アダムが殺された理由を教えて貰えませんか? 僕はそれを知りたくてここまで来たんです。いえ、それだけじゃないんですけど、それも目的の一つというか……」

「構わん、と言いたいのじゃが、クラーラが怒るかもしれんからのぉ。あやつから聞いてくれと言いたいんじゃが、そもそも、あやつはお主とは会おうとせんじゃろうな」

「僕と会いたくない……。その理由は、やっぱり、アダムが英雄たちに殺されたからですか?」

「それもあるんじゃろうな。わしからすれば、そこまで気にすべきことでもないと思うんじゃがのぉ」

「気にすべきことじゃないなら教えてください。お願いします。殺されかけたんですから、どうしても知りたいんです」

 

 アイーシャは「ふむ」と唸る。

 彼女は少し黙って、ゆっくりと歩き始める。なぜか分からないが、ギンを軽く叩き――ガンとすごい音がしてルチアが「きゃ」と小さな悲鳴をあげたが――それでも考えている。


「わしはお主らとは無関係じゃ。お主らのことはたまたまここに来た旅人で、たまたま近くにおっただけ」

「えーっと」

「だから、これはただの独り言なのじゃ」


 独り言というていで教えてくれるのか。

 意外と寂しいのかもしれないと、マクシムはふとそう思った。

 『幻想境』が人里離れた環境なのは間違いない。

 暗黒大陸の奥の奥地で、マクシムたちはギンに乗ってもずいぶんな時間をかけてここまで到達した。

 だから、人と触れ合うことがない。

 『幻想境』の中がどういう世界か分からないが、マクシムたちのような普通の暮らしは叶わないはずだから。

 アイーシャは独り言のように語り始めた。


「アダムはのぉ、『魔王樹』ゴッズを刈るための三年半――いや、狩るまでなら三年と少しか――暗黒大陸探索で料理をし続けたのじゃ。毎日三食計算でも四千回近くになるかのぉ。その間に、暗黒大陸の食材を使い続けたのじゃ」

「草木や石も食材……」

「そうじゃ。いや、そうじゃないんじゃ。いや、これは独り言なんじゃ」

「…………」


 最初のはマクシムの言葉に対する肯定。次のは独り言だと思い返しての否定だろう。

 マクシムは謝りそうになったが、押し黙って続きを促す。


「アダムはのぉ、命の危機を感じながらただただ勇者どもの料理をし続けたのじゃがのぉ、こちらの大陸はちょっと事情が特殊なんじゃ。人類種はこちらにはほとんどおらん。いや、おるんじゃが、もう人類種ではなくなっとるというのかのぉ」

「七百万年前にこちらの世界に人類種がきて、その時に神代の遺跡で改造されたから……?」


 そういう話だったはずだ。

 こちらの世界の人類種は異世界からやって来た。暗黒大陸では神代の遺跡で改造された人類種が、人類種とは思えない形で存在している。そこらの草木や甲殻性の生物全てにその一部が残っている。

 アイーシャは驚いたようだった。


「よう知っとるのぉ。そこまで分かっているのなら、もう答えには到達したようなものじゃろう?」

「……独り言では?」

「そうじゃったのぉ。話を戻すぞ。

 つまり、アダムはのぉ、真剣に料理に向き直り続けたのじゃよ。料理に向き合うということは食材を大切に扱うということなんじゃよ。その結果のぉ、あいつはあらゆる食材を最高の形で料理できるようになったんじゃ」


 それこそ、草木や石すらも食材にできる『料理人』が、その能力を極限まで高めたということか。

 しかし、それが悪いこととは思えない。料理人としての本分であろう。

 少なくとも、それだけで仲間に殺されるとは思えない。名前さえも残せずに存在さえ無き者なのだ。


「結果、あいつは料理しちゃいけんものも食材として見るようになったのじゃ」

「それは?」

「まずは『魔王樹ゴッズ』じゃ」

「え?」


 それは信じられないことだったが、ルチアに視線を送ってもそれほど驚いた様子はなかった。

 知っていたのだ、彼女は。

 当然かもしれないが、マクシムはかなりの衝撃を受けていた。


「『魔王樹』は適切に調理すればかなりの美味らしくてのぉ。まぁ、それは良いんじゃ。暗黒大陸の生物が良くて『魔王樹』だけがダメという話はないからのぉ」


 そうなのだろうか?

 道理としてはそうかもしれないが、心理的な抵抗はマクシムでもあった。


「『魔王樹』を栽培して増やそうとしたのは禁忌に属するかもしれんがのぉ。ま、人間種だったものを調理し続けた経験とこちらの大陸の過酷な環境で神経がすり減ったのじゃろ」

「…………」

「つまりは『料理人』アダム・ザッカーバードは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のじゃ。そして、それは仮にこちらの世界に戻ったとしても変わらんかったようじゃのぉ。特にあるモノがとてつもなく美味しく見えるようになったようじゃ」

「まさか……」

「こういう話は知っとるかのぉ? 獣人種は猫の因子を持った人間なんじゃ。その過程である変化が起きたのじゃ」


 マクシムはいつか昔の会話を思い出していた。

 そう、あれはディアマンテで『案山子』ハセ・ナナセの墓参りをした時の話だ。

 あの時にナタリアとシラがいて、その時に聞いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、という。

 そういう文化の話だったし、その時はそれだけでスルーしていた。

 だが、もしかしたら、それはもっとシンプルな話だったのかもしれない。

 マクシムはその想像が的外れであることを祈りたかった。

 アイーシャは淡々と言う。


「さすがにもう気づいたかのぉ」


 その言葉にはどこか冷たさがあった。

 それはマクシムをアダムと似ていると断じた時と同じ冷たさ。

 それは人類種としての当たり前の感性がそうさせてしまっていたのだろう。

 それに、英雄たちが『料理人』を殺した理由が知らなかった理由。それも『予言者』が自殺してまで守りたかったからに違いない。

 マクシムは自然と足が震える。その嫌な予感の的中はもう目の前だった。


「適切に調理すればのぉ、()()()()()()()()()()()()()()()()のじゃ。そして、アダムはお主らの世界に戻った場合、間違いなくその禁忌に手を出しておったそうじゃ。ま、あやつの手にかかれば、獣人種でない人間種ですらも美味だったろうがのぉ」


 人類種さえも食材に見えなくなっていた。

 そこまで壊れていたとしたら――『料理人』が殺されるのも仕方なかった。

 少なくとも、生きていても幸せにはなれなかっただろう。


「だから、七人目の勇者アダム・ザッカーバードは殺すしかなかったのじゃ」


   +++


 その時だった。

 それまで機能を停止していたギンが目を覚ましたのは。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

というわけで約50万字到達で、ようやくタイトルの伏線回収です。

なので、あとがきを書こうと思います。


ちなみに、この伏線というか、墓参りのお話は第五十八話で2022年の10月31日に投稿したので、ようやくここまで書けたなぁ、という気分だったりします。

それ以外にも、暗黒大陸の食材の話題はかなり初期から触れてきたので振り返ってみても面白いかもしれません。


ただ、お気づきかもしれませんが、この物語は七部構成で、まだ五部の途中でしかありません。


アダム・ザッカーバードが殺される理由は明かされましたが、その結果、どういうことが起きるのか。

そもそも、七百万年前に異世界からこちらの世界に人間種がやって来たというのは何なのか。

神がいなくなった世界とは何なのか。

そして、ルチアが避けたかった『ある戦い』とは何なのか。


その辺りは今後解き明かしていく謎に繋がっていきます。

まだまだ続きますので、応援とか評価とかいいねとか(褒めてくれる前提で)してくれると嬉しいですね。

ではまた。

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