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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
世界を愛し、世界に愛された者『大魔法つかい』
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『幻想・境』

 もう太陽が見えていてもおかしくはなさそうな時間だが、濃い霧に阻まれてあたりは薄暗い。

 ギンに必要かは分からないが、休止状態になっている。


 マクシムの能力が向上したことで、食生活はかなり改善された。

 暗黒大陸の植物からそれまで不足していた栄養素も補給できるようになったからだ。

 動物だと感じる部分は何となく避けていたが――ほとんど無関係とはいえ人類種の部分が混ざっているかもしれないから――単純に種類が増えたことで解消されていた。

 マクシムはルチアと食事を囲いながら呟く。


「でも、不思議だよね」

「何か不思議なことがあるです?」

「僕の能力の話」


 ルチアは朝食をゆっくりと食べている。少しだけ体重が戻ってきているようだった。

 といっても、相変わらず折れそうなほどに痩せていることに違いはない。

 移動がギンになった点を差し引いても、やはり食生活の影響は大きそうだ。

 マクシムも自分が生み出した人参のサラダにかぶりつきながら続ける。


「僕は未知の毒物さえ生み出せるんだよ。それなのに、人参からは人参の栄養素しか生み出せない。栄養素を強化できても、欠如した栄養素は生み出せないっておかしくない?」

「本当なら可能なのです」

「でも、現実的にできていないよ?」

「いえ、人参も似た植物に改良することはできると思うのです」

「いや、それは人参じゃないからさ。完全に別物にするのとは違うと思うんだよね」

「なるほどです。おそらくですが、人間には思考の偏りがあるからです。そこからは逃れられないのです」

「思考の偏り……偏見とかこだわりとか?」

「思い込みや願い、情もその一種なのです」


 ちょっとだけ分かった。

 完全に未知の植物なら何でもアリなのだ。

 未知なら自由というか、余白があるからそういうデザインも可能。

 だが、今まで育てたことのある植物を完全に別物としてしまうことは何となく抵抗があった。

 その抵抗感が『庭師』の制限になっているのか。


「特異能力といっても、人間が扱う以上はどうしても万全とはいかないものなのです」

「まぁ、言われてみればそうかも。僕の経験則からも正しい気がする」


 仮に能力そのものが完璧だとしても、扱う人間が完ぺきではない以上どこかに隙は生まれるのだろう。

 実際、マクシムも思い至ることがあった。

 たとえば、それは『士』の少佐昇任試験での経験だ。

 一方的に試験相手たちを追い詰めていた状況であっても、ほんのわずかな疑念で逆襲を受けた。

 それは参加した大尉たちの能力の影響もあったが、やはり扱う人間の不完全性の証明にもなるだろう。


「あれ?」


 そこでマクシムはふと考える。

 ルチアもその当たり前は通用するのだろうか?


「どうかしたです?」

「いや、大したことじゃないんだけどね……」


 ルチアも含まれる『予言者』という枠組みは、その不完全ささえも内包してしまう者だろう。

 不完全であっても払拭できる能力のはずだからだ。いや、払拭しなければならない能力、の方が近いか。

 思考の偏りがあることで制限が生まれるかどうかは……マクシムには分からなかった。


「マクシムさん」

「んっとね」

「晴れてきたです」


 食事中だったが手を止めて見る。

 陽が、見えた。

 この辺りは霧が出るため、今正確な時間は分からないが、まだ朝のうちだろう。

 濃い霧が出た理由も分かった。


「あー、海か」


 全然気づかなかったが、割と海に近くまで来ていたようだ。この水気のせいで霧が出たのだろう。

 ずっと内陸を移動しているつもりだったが、もしかしたら、暗黒大陸を横断したのかもしれない。

 もうギンに乗って移動を始め、二カ月以上は経っていた。

 ギンの移動速度は悪路であろうとも車以上に速いので、それくらい移動している可能性はある。


「ここは海ではないのです」

「海でしょ。どう見ても……あ、大きな川ってこと?」

「いいえ、汽水湖なのです」

「汽水湖……汽水って海の水が混じっているんだっけ」

「です。海と繋がってしまった湖です。海はここからもっと離れているのです」

「へー、大きな湖だね」


 眼下には湖が広がっている。

 今、マクシムたちが立っているところから三〇〇メルは下だが、向こう岸が見えないくらい湖は大きかった。

 もちろん、海と繋がっているのだからその境い目が分からなくなっているような湖なのかもしれない。

 だが、それでも、ここが巨大な湖なのは間違いない。


「暗黒大陸って全体的にスケールが大きいけどさ、ここは見たことがないほど大きな湖だね」

「ですです。私らの思い描く湖の数千倍はあるです」

「海に繋がっているならもう海でも良さそうだよね」

「思ったよりも早く到着したのです」

「うん……うん?」


 マクシムはその言い方に違和感を覚える。

 到着。つまり、その意味は――。


「ここが目的地みたいだけど」

「です。ギンが頑張ってくれたので、ルチアの予知より早く到着したです」

「え、え?」


 マクシムは確か言われたことを思い出そうとしていた。

 そこは『大魔法つかい』や『獣姫』がいるという世界。

 そして、元々『魔王』がいたという場所だった、と。


「マクシムさん、『魔王樹ゴッズ』は大きな樹だったのです。天を貫くほどの巨大さです」

「うん」

「その根が朽ちた後にできたのは大きな穴です。そこに雨や地下水やらが流れ込み、この湖ができたのです」


 マクシムは絶句する。

 それは先が見えないほど巨大な湖だった。

 これから想像できるサイズの樹だったとすれば、ちょっと言葉を失うほどだ。想像を絶する巨樹。

 全容が分からないというか、マクシムの考える山脈よりも大きいだろう。暗黒大陸のサイズ感には慣れてきたが、それから考えても並外れて大きかった。


「え、思っていた数十倍のサイズがありそうなんだけど、よく英雄たちは『魔王』を倒せたね」

「です。『魔王』のサイズ感に加えて、その眷属たちが守っていたので奇跡に等しい偉業なのです」

「へー……。あ、違うや。そうじゃない。今はそれよりも大切なことがあるのか」


 マクシムは強く首を横に振る。

 何故なら、マクシムは達成感が沸き上がるのを止めるので必死だったからだ。

 まだ、何も成していない。

 本当に大切なのはこれからなのに、ここまで来れたことに若干の感動を覚えていた。感極まって涙しそうだ。手足も震えそうになる。それを抑えるために、あえて冷静に言う。


「つまり、ここが『幻想境』……」


 そして、湖を見て叫ぶ。

 これは感動とは関係のない動揺だった。


「でも、水しかない!? どういうことさ!」


 ルチアは言う。


「湖なので水ばかりなのは当然なのです」

「いや、『幻想境』って『大魔法つかい』とかいるんだよね? つまり、人が暮らせる環境がないとおかしくない?」

「マクシムさんの疑問は当然なのですが、ここが『幻想境』なのも間違いないのです」

「でも、人がいるような場所には見えないけど、もしかして、水上都市なの? 『幻想境』って」

「いいえ、ここにあってここにない——『大魔法つかい』にはそういうことも可能なのです。『幻想境』はさかいであって、さとではないのです。普通に考えるような街は存在していないです」


 ルチアは正確には、と言う。


「『幻想境』は『大魔法つかい』による究極の時空間魔法の結晶。位相の異なる超越した世界。なので、通常では干渉することも不可能です」


 なかなか壮絶な内容だった。

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