猫の名前
『マクシム・マルタン……? ああ、なるほど。彼のことかね。しかし、マクシムは世界を救うどころか、植物を少し操作する能力があるだけでは?』
「はいです。このままなら特異能力の成長は止まってしまうです」
『不要な能力は成長しないからね。それがどうしてマクシムにするのかね』
「マクシムさんは『料理人』さんの血縁なのです」
『はぁ!? あいつに子どもは――いや、そうか。妹さんがいたかね』
「はいです。なので、マクシムさんの英雄因子の発現確率は決して低くないのです」
『ふむ。しかし、それは人類種であれば、そう大差ない性質ではないのかね?』
「マクシムさんは基本的に戦闘に向かない性格というだけなのです」
『それは致命的な弱点ではないのかね。実際、我は君に聞くまでマクシムを思い出せなかった』
「ルチアの大好きな人なのに忘れないで欲しいです」
『あまりマクシム・マルタンについても観測しない方が良いのかね』
「いえ、マクシムさんに関していえば、ルチアで確率調整するのです。現時点では何の意味もないのです」
『ふむ。現時点ではマクシムは本当に普通の少年のようだ。ただ、植物操作能力は既に発現しているね』
「はいです」
『それにしても、ルチア・ゾフ。君はマクシムのことを好きすぎないかね?』
「はっ!?」
『双子の妹さんよりも抱きついている時間が長いね。隙あらばくっついているようだ。あれは大丈夫なのかね?』
「プライバシー侵害なのです! マクシムさんの人となりではなく、そんなことが調べたかったのです!?」
『あんなに人の好さそうな少年を地獄へ突き落すのかね?』
「……それしか、かの戦いで勝利する可能性がないのです」
『ま、君もどうやらかなりの代償を払うようだ。我としては人類種を勝利に導くのであれば否応はないがね』
「含みがありすぎるのです」
『ふむ。他にはどんな手段があるかね?』
「戦力としては『士』の後継者を、聖剣『テイル・ブルー』の使い手は必須です」
『なるほど。それに関していえば我も動いているから安心して欲しい』
「分かったです。お任せするです。ああ、部隊として運用するのです? なるほど、優秀な戦力が揃っているのです」
『どうやら成功しているようだね』
「はいです。あまりお知らせはしないですが、聖剣はきちんと運用されているようです」
『あと重要なのは『案山子』か。どうするかね?』
「そもそも、対人戦特化すぎるです。あの暗殺能力は通用しないのです」
『だね。『案山子』の呪詛蒐集能力はむしろ敵に利するかね。弱体化も難しいが……』
「可能な限り弱体化できれば良いのです。呪詛をなくすことなんて絶対に不可能なのです」
『彼女にも組織を作ってもらうかね』
「それも手なのです。ただ、『蟲毒の儀』が発動してしまう可能性もあるのです」
『なるほど。あの子には可能な限り幸せになって欲しいものだがね』
「ある程度はお任せするのです。どちらにしろ、ルチアは過去への直接干渉は難しいのです」
『方向性は理解している。最優先は世界の崩壊を阻止。安心したまえ』
「では『竜姫』の件も頼むのです」
『承知した。なるほど。この方向性なら可能だろう。おそらく既に誕生する流れに乗ったはずだね。確定してみたまえ』
「さすが『予言者』サルド・アレッシです。それでは――え!?」
『どうしたのかね? 絶句して』
「あ、あ、あ、あ、ああああああああ!」
『どうやら成功したようだね』
「お、お、お前はバカなのです! 他の『竜騎士』が誰も生き残っていないのです! 全滅しているのです! ナタリアさんしか生き残らないのです! 何をしているのです!?」
『なるほど――』
「何がなるほどなのです! ふざけるなです! お前はど三流なのです! どれだけ無能なのです!」
『――我の計算通りだね』
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マクシムはネコとやらをいろいろな角度から観察した。
やはり出てくる結論は一つだった。
「メカ……?」
「ネコさんはメカですが、メカではないです」
「それは哲学?」
「メカの部分とメカではない部分が存在しているだけなのです」
ルチアはネコの入ったケースをなぜか愛おしそうに撫でている。
思い入れでもあるのだろうか?
「この子はずっと戦ってきたのです」
「ずっとってどれくらいさ」
「おおよそ七〇〇万年です」
「そんなに? ずっと生きてきたの?」
「ほとんどの時間は眠っているので実働した時間は長くないです。それでも他の仲間は全て朽ちたのです。残っているのはこのネコさんだけです」
筒は二十個ある。
つまり、このネコの仲間はこいつ自体を合わせて二十体ほどいたということだろうか?
「この子がいなくなれば、この遺跡は完全に死ぬのです」
遺跡が死ぬというのもよく分からない。
だが、必要なことがいくつかあった。
「そもそも、このネコ、どうやって起こすの?」
「それは大丈夫なのです。キチンと起こすことができるのです。それと同じくらい大切なことがあるのです」
「同じくらい大切なこと?」
「この子の名前です」
「名前?」
「このネコさんはギンと呼ばれていました」
「ギン? 呼びやすい名前だね。ペットっぽいかも」
「はいです。ただ、気をつけないといけないのです」
「何を?」
「この子は戦闘用として教育されているネコさんなのです」
「つまり?」
マクシムが問い返すタイミングだった。
ギンと呼ばれるネコ型メカに光が灯った。
スイッチが入った、ということだろうか。
駆動音とともに、筒が開く。
マクシムは呆けたままそれを見る。
ネコに会うという目的は分かる。
だが、これから何をすれば良いのだろうか?
ルチアは言う。
「戦闘用ネコさんとは戦ってはダメなのです。勝てないのです」
「勝てないんだ」
「ネコさんはとても強いのです」
「まぁ、戦わないのは良いとして、これからどうするのさ」
「説得です」
「説得……?」
開いた筒からネコが足を踏み出した。
そのネコはマクシムたちに認識できない音声で、こう言った。
『敵對個體識別』
――敵性個体認識、と。




