猫との対面
『待て、今何歳なのか知らないが、ナタリア・サバトは既に『竜騎士』になっているのではないかね? 確か、五歳くらいから竜に騎乗を始めるはずだね。かの一族は』
「ルチアも知らないのですが、十歳くらいだと思うので、その可能性は高いと思うです」
『ではさすがに無理だろう。では、ナタリアについて我が能力で調べてみるとするかね』
「絶対に止めるです。それでは計画が崩壊するです」
『どういうことだね。ルチア・ゾフ。君は一体、何をさせたいのだね?』
「ルチアにとっては現在であっても、お前にとっては未来の出来事なのです。それで理解できるです?」
『なるほど! 我にとっては未来改変か……』
「ルチアにとっては簡易的な過去改変なのです。おそらくナタリアさんは現在『竜騎士』として頑張っていると予想できるのです。ですが、それはあくまでも想像でしかないです」
『ふむ。未来を知らぬことで、時間矛盾を起こさないようにする計画かね』
「です。ナタリアさんには『竜姫』としての素質もあるのです。そちらを開花してもらうです」
『どうしてその事実は知っているのだね?』
「将来的に、ナタリアさんはかの戦いで『竜騎士』として戦い……命を落とすからです」
『ふむ、なるほどね』
『そもそも、君の言う『竜姫』とは何だね?』
「竜の総てを統べる、お姫様なのです。たった一人で竜を複数体従えることができるです」
『なるほど。『竜姫』になると戦力としては上がるのだろうね』
「世界を滅ぼせる人間種になるのです。火力に関していえば、単独でもお前の選んだ勇者たちに匹敵する存在になるはずです」
『待て。それはどうなのかね。強大すぎる力は人を残酷にするものだよ』
「正義の暴走や支配欲の増大については大丈夫です。もう一人世界を滅ぼせる人間種が生まれるのです。ナタリアさんがその人と関わることでそういう未来を避けるです」
『それは誰だね?』
「マクシム・マルタン――ルチアの将来の旦那さまです」
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マクシムたちはしばらく外から古代遺跡を観察し続けた。
だが、少ししてルチアが言う。
「大丈夫だと思うのです」
「何か分かったの?」
「基本的には分からないです。が、この遺跡はもうほとんど死んでいることが分かったです」
「死んでいる? 結構綺麗だけど」
「ドライフラワーみたいなものです」
「なるほどね」
「死者は悪さできないです。なので、ルチアたちを害するとしたら唯一の生者である猫さんだけなので、大丈夫だと判断したです」
マクシムとしては更に慎重を期す必要があると感じた。
そうとなれば、自分にできることといえば。
「とりあえず、僕の植物でこの遺跡を占領しちゃおうか」
「それはダメなのです!」と慌ててルチア。
「ダメ? どうしてさ」
「必要以上に遺跡を刺激すると『大魔法つかい』が現れるのです」
マクシムは一瞬納得しかけたが、そこで首をひねる。
「……あれ? でも、僕らは『大魔法つかい』に会うためだから、出てきてもらうのはちょうど良いんじゃない?」
「条件が揃っていないのです。今、『大魔法つかい』を刺激するのは下策なのです。怒らせると大変なのです」
「ふーん、ちなみに、その条件って?」
「内緒なのです。まだ教えられないのです」
「もしかして、それも条件みたいなものなのかな?」
「察しが良くて助かるのです」
どうやらそういうものらしい。
マクシムは荷物を背負いなおす。
「じゃあ、慎重にいこうか。でも、それって要は?」
「はいです。余計なものには触れずに最短経路です」
ルチアは「こっちです」と先立って歩き始めた。
マクシムは大人しくついていく。
古代遺跡の通路はあまり広くなかった。
土埃が堆積しているが、やはり構造自体は痛んでなさそうだった。
手触りは金属のようなものを想像したが、今まで他に触れたことのない感触だった。
熱感はないし、ザラザラしているのも埃によるものか。
あえていえば、超硬質のガラスだろうか。
「不思議な建物だね。これ、何の目的で使われていたのかな」
「おそらくですが、戦闘目的だと思うのです」
「へぇ、どうしてそう思うのさ」
「頑丈すぎるからです。これ、現代では壊せる人間おそらくいないです。『竜騎士』が使役する竜でも不可能だと思うです」
「可能性がないってやつ?」
「です。『大魔法つかい』ならもしかしたら、というくらいです」
現実的に破壊不可能ということは、城砦みたいなものだったのかもしれない。
だが、問題は何と何が戦った設備なのだろうか?
人類種と人類種の戦争だとか?
いや、暗黒大陸に人類種はほとんどいないからそれはないか。
そういえば、マクシムたち人間は異世界からこちらにやって来たという話もあったので、その時だろうか?
しかし、七百万年だかという大昔の戦いで使われた城砦だとしたら、それだけ長期間残ってきたということか? 本当にそんなことが可能なのか?
どちらにせよ、それは人類種が関わっていないとおかしい構造をしているのに、その技術が現代に何も残っていないというのはおかしな話だった。
「よく分からないや」
「気にしても仕方ないのです。それよりも、この部屋の奥にいると思うのです」
「猫?」
「はいです」
マクシムはルチアを庇うために後ろに下がらせる。
それからルチアが指さした閉ざされた扉を人力で開けようとした。
が、傾いでいたので手では無理。
最終的にはマクシムが生み出した植物でこじ開けた。
その植物は速攻で枯らし、痕跡を極力残さないようにした。これはルチアの指示である。
そして、マクシムたちは入室した。
「明るい」とマクシムは目をすがめる。
「電力ではないですけど、何らかのエネルギーが生きているのです」ルチアも眩しそうだ。
その部屋はかなり広かった。
学校の体育館くらいの広さはあった。
そして、筒が等間隔で並んでいた……その数は二十本だ。
筒とはいっても、そのサイズはワンルームの部屋くらいの体積があった。
ほとんどは割れているが、一本だけ割れていないものがあった。
その中には、何かが入っていた。
「あの筒の中だけ何か残っているね。それ以外の筒は……割れているみたいだね」
「あれが猫さんなのです」
その筒は密封されているようだった。
何らかの気体でも詰まっているのか、わずかに光が屈折しているようだった。
だが、透明だったのでその猫の姿はしっかりと見えた。
大きい。
うつぶせになった体勢だが、牛よりも二回りは大きい。
竜に比べれば小さいが、ここまで大きな生き物はそういないだろう。
何らかの配線と配管で繋がれていた。
だが、無骨というにはあまりにも洗練されていた。
そして、明らかに鋼鉄色の姿をしていた。
「これが猫?」
「はい、猫さんです」
「猫って伝説の愛玩動物だっけ」
「そうなのです。とっても可愛いのです」
「カワイイ……?」
とてもそんな表現が適切とは思えなかった。
どう見ても、猫は何らかの獣を模した――機械だったからだ。。




