穏やかな荒天
「『ヨルムンガンド』です?」
『そう、巨大な蛇だ。もちろん、我らの知る蛇とは異なっているがね。現在、暗黒大陸にいる最大の生物だろう』
「『魔王』とどちらが強いのです?」
『敵対関係にないから比較は無意味。厳密には『魔王』も敵対していたと言えたかは微妙だけどね』
「利害関係だっただけです?」
『そういうと少し語弊があるが、まぁ、生存闘争だから利害関係ではあるか』
「どちらでも良いです。敵対していなくとも強さの比較はできると思うです」
『うむ、正論だね。ところで、君はどうして強さにこだわるんだね?』
「あなたの言葉に率直に答えたまでです。戦う必要があるかどうかは敵意の有無とは別問題だと思うからです。必要な知識なのです」
『……君、本当に五歳?』
「そうなのです。それが?」
『本当は二十八歳くらいじゃないのかね?』
「まだルチアは五歳なのです」
『頭が良すぎる。我も君と同じ年頃ではその域にまで達していなかった』
「? どうしてあなた程度を基準とするのです?」
『我はこう見えても救国の英雄なんだがね』
「そんな自嘲気味に言われても困るです」
『その通りだね。話を戻そう。単純に戦闘能力として比較することは無意味だね。『魔王』には彼自身を守る眷属が多くいる。しかも、存命だ。それに対して、『ヨルムンガンド』には子や孫が多数いるとはいえ、基本的には単独だ』
「では、英雄たちはどうしたのです?」
『『ヨルムンガンド』からは逃げ、『魔王』は打倒した。これが答えになるかね?』
「分かったです。他にも聞きたいことはたくさんあるのです」
『……君、分かっているのかい?』
「分かっているです」
『なるほど。君が我よりもずいぶんと格上の能力者であることを認めよう。君の覚悟、それも理解した上で忠告しよう』
「無駄な時間なのです」
『君が真に取るべき道は暗闘。陰ながら『士』や『大魔法つかい』をフォローする道だね』
「そんなことは百も承知なのです。うるさいのです」
『いいや、言わせてもらう。君の取る道、《《それは半分の確率で死を招く。君自身が暗黒大陸で殺されるのだね》》』
「…………」
『君は我の後継者だ。そんな死に方をされては困るね』
「……二十六パーセントです」
『え』
「ルチアが殺される確率はそのくらいが正確なのです。分の悪い賭けではないのです」
『ふむ、なるほど』
「そんなことも分からないから『予言者』サルド・アレッシ――お前は、二流なのです」
『なかなか手厳しいね。だが、敬意を表そう――究極の予知能力者よ』
+++
マクシムたちの旅は順調だった。
徒歩移動だからそれほどの距離は稼げない。
だが、地域ごとで気候の変化はあったが、急に真夏から厳冬へ転落みたいなことはなかった。
せいぜいが夏から冬くらいの変化である。
嵐などの天災も二日ほどその地に滞在することで避けられた。
嵐を避けるため、マクシムの成長させた樹を組んで自然の家を作った。
スペースがなかったので、マクシムとルチアは本当に些細な会話を繰り返した。
「意外と良い家ができた気がするよ」
「マクシムさん、どんどん家づくりが上達しているです」
「やっぱり、一本の樹を巨大にしてうろを住居にするより、樹を何本か組み合わせた方が強度はありそうだね」
「嵐も避けられるです。外はかなりの荒れ模様なのです」
「ちょっとうるさいかな」
「大丈夫なのです」
「でも、防音性能を極めようとすると、通気性に問題がね。やっぱり、樹の中だから、その辺りの融通は難しいや」
「確かにちょっと寒いのです」
「まだまだ改良の余地があるね。暖取りか。下に敷く枯葉を生み出そうにも、樹の中じゃちょっと難しいよ」
「まだ天気は悪いからこのままです。し、仕方ないのです。抱き合ってあたため――」
「あ、そうだ。樹なんだしさ、内皮を燃やしちゃおうか」
「一酸化中毒になるので止めるです」
「そっか」
「だから、お互いの熱であたため合う――」
「あ、分かった。内皮を柔らかくして、それを布団代わりにしちゃえば良いんだね」
「……です」
「そういえば、ルチアちゃん、何か言った? ちょっと風で聞こえなかったんだよね」
「鈍感ではなく、本当に聞こえなかったパターンです……?」
「? 今のは小声で聞こえなかったんだけど」
「こほん。マクシムさん、葉っぱと樹の皮を上手く組み合わせれば、服も作れるのではないです?」
「あ、できると思うよ。そっか、服を着こむのも良いね。時間があるし、ちょっと試してみようかな」
「無駄に凝り性です」
「今のは聞こえたよ。無駄じゃないよ。新しく服ができたら衛生的にも良いでしょ」
「無駄だと言ったのは、凝り性なという部分なのです、って聞こえてないです。衣食住の全てを完備できる……この自己完結性が、マクシムさんの特異性なのです」
ルチアはため息を吐きながら、マクシムが作業する姿をジッと見る。
マクシムは「あ、子犬のアップリケを入れようかな」と呟いている。
せっかくだから、猫のぬいぐるみをモデルにしてもらおうとルチアは少し考えたが、愛用のぬいぐるみはこの旅には持ってこなかった。
何度か見たことはあっても、空想の動物を模したアップリケは難易度が高いだろう。
ちなみに、ルチアがぬいぐるみを持ってこなかった理由は、今回の旅に余計な要素を混ぜたくなかったからだ。
純粋な二人旅にしたいという願い。
だから、ルチアは作業するマクシムをあたたかい目で見つめる。
愛する人に対する、優しい視線だ。
しばらく穏やかな時間が過ぎる。
そして、服の形に近似した、服に似た何かが完成したのを見て、ルチアは笑顔が引きつる。
マクシムが芸術系の成績が壊滅的だったことを彼女も思い出す。
それなりに満足そうな顔のマクシムはおかしな服もどきを作った自覚はなさそうだった。
どう修正するのか、ルチアの至高の能力を使ってもなかなか難しそうだった。
――猫のいる遺跡までもう間もなくの、とある一日の出来事である。




