忠告
正直な話。
マクシムはもうこれ以上余計な情報は知りたくなかった。
手に余る。
そもそも、絶滅した猫の因子が獣人種に宿されているから何なのか。
七百万年なんて、英雄たちが世界を救った七十数年前を十万回近くも積み上げなければならないほどの大昔だ。
それはもう理解できないほど遠い過去なのだ。
つまり、歴史に関することでしかなく、現代に影響なんてあるわけがない。
マクシムは嘆息しながら訴える。
「ルチアちゃん、もう良いから……」
「もう良いです?」
「うん、もうお腹いっぱい」
「ルチアも気持ちは分かるのです」
そもそも、猫そのものはどうでも良いはずだ。
それよりも、猫を捕まえることでどれくらい『大魔法つかい』と会えるまでの時間が短縮されるのか、の方が重要なはずだ。
「猫を捕まえたらどれくらいで『大魔法つかい』と会えるのかな」
「最短で三カ月くらいです」
「最短じゃなければ?」
「それでも一年以内には見つかる可能性が高いです」
一年は長いが、それでも十年に比べればずいぶんと短い。
マクシムは少しだけ安心しながら質問を続ける。
「それと、猫を捕まえてどうするのさ? 猫が案内してくれるの?」
「違うです。移動手段として使うのです」
「移動手段? 猫って馬みたいな生き物だったっけ? 愛玩動物って伝説があるよね? そんなに大きいのに愛玩動物だったの?」
「昔の猫と今の猫は違うということなのです。騎乗に耐えられるサイズ感なのです」
「そうなんだ……」
よく分からないが、ルチアの言葉を信じることにした。というか、信じるしかないことに気づいた。
そこでふとマクシムは思いつく。
「じゃあさ、もしかして、竜がいればもっと早く『大魔法つかい』は見つけられたのかな」
「無理なのです」とルチアは首を横に振る。
「無理? 猫はそんなに速いの?」
「竜の方が圧倒的に速く、強く、一日に捜索できる範囲もけた違いに広いのです」
「? じゃあ、どうして無理なのさ」
「強すぎるから『大魔法つかい』の結界に阻まれるです。それと、マクシムさんでは竜の食糧を用意できないです」
英雄に関していえば、『料理人』がいたから竜の食糧を確保できていただけです、とルチアは言った。
マクシムはさすがに反論する。
「いやいや、僕、竜の食糧を用意したことあるから」
「マクシムさんの用意する草では栄養価が不足してしまうのです。竜の巨体を維持するために必要な栄養はどうやっても確保できないのです」
「たくさん食べて貰うことじゃ解消できないかな?」
「マクシムさん、それほど好きじゃないものを毎日満腹の数倍食べるの、耐えられるです?」
「それは難しいね」
ただ、最強の魔獣ともあろう存在がそんなに繊細なの? という疑問も湧いた。
「どちらにせよ、暗黒大陸には竜の食用に適した高密度の閃光石はないのです。『料理人』でもいなければ、この問題は解決できないのです」
そういえば、ナタリアに竜は魔力の詰まった石を食べるという話を聞いたことを思い出す。
マクシムは少し前だった気がするが、ずいぶん昔のような気もした。
「まぁ、分かったよ。結論として、猫を捕まえるのが最短の道ということだね」
「そうなのです」
「じゃあ、今のうちにできること頑張ろうか」
「はいです!」
+++
マクシムは持ってきた種を使って開墾を進めた。
基地に隣接した場所ではなく、少しだけ離れたところに決めたのは、大きな理由があったわけではない。
運ぶことを考えたら隣接すべきだと思ったが、作物があることで衛生面での問題などを回避するためだった。
半年ほどの期間さまざまな条件で実をつける樹を中心に植えつけた。
といっても、マクシムがいない限り、作った畑が維持される可能性は低い。
手順書は作って渡すが、暗黒大陸がどういう気象条件なのかは分からない。
もちろん、その辺りの記録はマクシムも確認した。
だが、不測の事態は起こりえるし、それに対応できるとは思えなかった。
そもそも、暗黒大陸は土がおかしい。
石というか、硝子に近い質をしている。
そこまで固くはないが、サラサラとしていて水分をあまり含んでいない。
思い出すのは、腕の化け物の構成していた物質だ。
あれに近かった。
これで通常の植物が育つかは怪しかった。
マクシムの『庭師』がなければ、無理だっただろう。
マクシムは周囲を見渡しながら呟く。
「あんまり、移住はできそうもないかなぁ」
暗黒大陸でも基地のある地点は比較的温暖かつ穏当な場所らしい。
これは英雄たちの残した記録で明らかになっている。
実際、下草のある平原だが、少し先には丘がある。海の方角には投錨した船も見えた。
暗黒大陸なんて表現からは、とても考えられないほど穏やかではあった。
と、その時だった。
「やっほー、少佐ー」
「マーラ大尉、どうしたの?」
気楽な様子のマーラ・モンタルド大尉がマクシムのところまでやって来た。
「手伝い」
「要らないよ」
「知っているけど、一応ね。食べさせてもらうわけだし」
「そう、じゃあ、邪魔にならないところで大人しくしていて」
「ちょっと酷くないかな!?」
ブツブツと言いながら、マーラは離れたところに腰を下ろした。
こちらの指示には素直に従うのが彼女らしかった。
「少佐、もう旅立つの?」
「明日にはね」
「一つだけ忠告して良い?」
「うん」
何かを言いたくてわざわざ来たのか、と気づいた。
「多分、どうにかなるとは思うんだけどね。あの特務大佐が一緒だから」
「僕もそう思うよ」
「いや、逆にどうにかしかならないというか、どうしようもないとは思うんだけどさ、あの子、どう考えても正しいし、信用できるから。従っているのが一番良い結果になりそうだし」
「そろそろ、結論に入ってよ」
マーラはかなり言い淀んだ後に、ようやくポツリと言う。
「もうちょっと自分で決断しないと、後悔するかもしれないよ?」
それは痛いところを突く一言だった。




