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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
世界を愛し、世界に愛された者『大魔法つかい』
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暗黒大陸上陸前 裏

 ウーゴ・ウベルティ大尉は「射出準備よし」という報告を聞きながら内心首を捻る。


 ――……一体、どういうことなんだ?


 ウーゴはルチア・ゾフ特務大佐の命令で『魔王の眷属』を討伐に出ていた。

 まず疑問に思うのはひとつ。


 ――……本当に『魔王の眷属』が現れるのか?


 ウーゴは周囲を観察する。

 陽はまだ中天に近かった。暗黒大陸はすぐそこ。波はそれほど高くない。風も強くないのだが、海流の影響か少し肌寒い。

 十二人乗りの作業艇はそれほど強くない波浪に翻弄された。大陸が近いとはいえかなり揺れる。

 ウーゴはチラッと控えている四人を見る。


 グイド・グレコ中尉。

 ニコロ・グァルディ少尉。

 『与力』の二人はカルロータ・ヴァッレとリリアナ・カレンツィになる。


 『与力』の二人は名前くらいしか知らないし――もちろん、顔と名前は一致しているが、その実力は不明。だが、ちょっと体を鍛えているだけの一般人レベルだろう――グイド中尉もニコロ少尉も戦闘能力は決して高くない。

 このメンバーで『魔王の眷属』と戦える気はしていなかった。

 だが、ルチア特務大佐はこのメンバーで充分だという。

 いや、違う。

 このメンバーが最適だと判断していた。


 意味が分からない。正直、どうしろっていうのか――がウーゴの正直な感想だった。


 主戦力であるウーゴ自身も直接の戦闘には向いていない。暗器使いに真っ向勝負なんてあるわけがない。

 つまり、奇襲して勝利しろという意味なのだろう。

 射出装置とワイヤーを一本だけ用意しておけという指示だった。

 もちろん、それ以外にも細々としたものは必要だったが、絶対に必要なのがその二つだという。

 ウーゴはボソッと低い声で呟く。


「……たった一本のワイヤーで『魔王の眷属』が討伐できると思うか?」

「絶対無理っす」


 応じたのはグイド中尉だ。

 彼は小柄で細身だが、機敏で賢い。戦闘能力は高くないが、サポート役としては非常に優秀だ。

 ニコロ少尉と『与力』の二人も黙ったまま首肯する。

 ニコロ少尉はグイド中尉とは対照的に大柄で戦闘能力はそこそこだが、あまり機転のきくタイプではない。

 余談だが、少尉はリオッネロ・アルジェント大尉と仲が良い。


「……二回目の汽笛のタイミングで、ワイヤーを直上に撃つ。それで討伐できるらしいが……」

「いやいや、『魔王の眷属』っすよ。冗談っしょ」


 グイド中尉は半笑いで言うが、残り半ばは自棄になっているように見えた。

 射出装置は大体中心になるくらいに備え付けている。それを見ながら、本当にこれで良いのかと思う。


「……そもそも、ワイヤーを直上に撃つって、作業艇のどこからなんだろうな。本当にこれで良いのか」

「ワイヤーを撃つのも大尉お手製の射出装置でいいんっすよね? いや、もう準備しちゃってますけど」

「……だと思うが、タイミングも分からない。二回目の汽笛に合わせてなのか、一拍間を置くのか、それとも聞き終えてか?」

「サッパリっす。そういや、『与力』の二人、階級は?」


 画一された戦闘服では階級章が分かりづらい。

 グイド中尉が視線を向けると、若い二人の『与力』は慌てたように言う。


「三等軍曹です!」とまだニキビ跡の残るカルロータ。

「わ、わたしは上等兵です」と今作戦で唯一女性であるリリアナ。


 ウーゴはふと思い、無駄だとは思いながらも質問を重ねる。


「……お前ら、戦闘能力に秀でているのか?」

「全然です!」と元気よくカルロータ。ただし、空元気にしか見えない。汗がすごい。おそらく冷や汗だろう。

「……そうだよなぁ」


 分かっていたことだった。

 仮に『与力』で最も戦闘能力が高いとしても、『士』の人間と比較すると大したことないはずだからだ。

 ますます、ルチア特務大佐の人選が謎だった。

 リリアナ上等兵は涙目になりながら声を震わせる。


「わ、わたしもカルロータ三等軍曹も、戦闘訓練は最低限しか受けていなくて……ど、どうしてわたしらは選ばれたのですか?」

「……さぁなぁ。特務大佐の考えは俺にも分からない。でも、必要なんだろうなぁ」

「必要、必要、必要……。ど、どう考えても、足手まといな気がします」


 リリアナ上等兵は「ははっ……」と卑屈そうに笑う。

 この場にいる現実に困惑し、本気で逃避したがっているようだ。

 ウーゴは少しだけ同情する。


「……安心しろ。必要じゃなければ、この場にいないはずさ」

「理由が分からなければ不安になります……」


 ウーゴの励ましはあまり意味がなかった。

 というよりも、誰も現状把握ができていないのに、励ましたから何があるというのか。

 そして、ルチア特務大佐に命じられたポイント付近まできた。


 その時だった。

 一回目の汽笛が鳴った。


「ひぃ!」とリリアナ上等兵は短い悲鳴をあげる。

「大尉!」とグイド中尉が鋭い視線を向けてきたので、それに応じる。

「……射出用意」とウーゴは命じる。


 用意といっても準備は完了しているので、人員が心構えを整えるだけだ。

 各自がそれぞれ「用意よし」を報告してくる。

 異口同音であるが、緊張感は皆等しく濃い。


 射出装置は個人でも携帯できる程度のサイズだ。

 それを作業艇に頭上に打てるように固縛している。

 装置自体を支えるのはニコロ少尉に任せ、発射スイッチはグイド中尉が持っている。

 上官であるウーゴはタイミングを見て、指示を出す役割だ。

 『与力』の二人は小さくなっているが、元々この作戦の頭数には入っていない。


 一回目の汽笛はあくまでもこちらに注意を促すためでしかない。

 もう間を置かずに二回目が鳴るはずだ。

 考えるだけの時間はなかったし、最早準備したものを撃ち出すしかない。

 ウーゴは余計なことを考える時間すらなかった。


「射出用意よし」とグイド中尉がまとめて報告をしてきたのでウーゴは息を吸う。


 間。


 二回目の汽笛が鳴る。


「……射出!」


 ウーゴの号令と共に、ワイヤーを直上に撃ち出した。

 撃ち出した後に、認識阻害の効果を付与し忘れたことを思い出す。

 だが、それどころではなかった。


 撃ち出した時には上空には何も存在していなかった。

 本当にこれで良いのかという疑問は消えていなかった。


 ()()()()()()()()

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「噓でしょ……」というリリアナ上等兵の呟きは他の四人の内心を代弁していた。


 現れたその何かの姿はあえていえば、帽子の形に似ていた。楕円に半球が載る形だ。

 ただし、色合いは硬質な鉄に近い。

 そして、大きい。

 五メルは余裕で超えるほど巨大だ。

 その中心部を、射出したワイヤーが突き抜いていた。

 いや、出現した場所にワイヤーがあったため、貫いていたという方が近い表現かもしれない。

 我に返ったグイド中尉が叫ぶ。


「命中!」

「戦闘態勢に移行!」とウーゴは即座に返す。


 実際、彼自身も接近戦闘用に短刀を構えた。

 ワイヤーは指先ほどの太さしかない。

 それがからだの中心部を貫いたからといって、それだけで倒せるなんて思えなかったからだ。


 だが、その巨大な帽子に似た『魔王の眷属』は動きを完全に止めていた。

 上空にあるまま空中に停止している。

 まるで凍り付いたようだ。

 ウーゴは追撃を指示すべきか悩むが、その前に帽子型の『魔王の眷属』はバランスを崩した。

 グラッと体勢を崩し、そのまま斜め方向に流され、重力に引かれて墜落する。


 バシャンと飛沫をあげて海中に没した。

 ウーゴは警戒したまま見守るが、それで終わりだった。

 浮き上がる気配はない。

 グイド中尉が恐る恐る口を開く。


「終わりっすかね」

「……ああ」

「死体、回収します? このワイヤー引っ張ればいけそうな気がするっす」


 研究員も乗船しているので、それに見せるためにはちょうど良い。

 あそこまで原型の残った『魔王の眷属』は初めてかもしれない。

 研究材料としては非常に魅力的だろう。

 だが、少し考えてウーゴは首を横に振る。射出用意の用具を収めることを指示する。


「……いや、それは本船に戻ってからだな。この作業艇じゃひっくり返る。ワイヤーをできる限り延ばせ。長さが足りなくなりそうなら回収用の浮きをつけろ」

「了解っす」


 それからようやく緊張感が解け、騒がしくなった。

 本船の方もこちらに近づき始めたようだ。帰投しながら、今回の件をニコロ少尉が報告をしている。

 

 それを横目に見ながら、あまりにもあっけない終わり方にウーゴは寒気を感じていた。

 この結末を、ルチア特務大佐が読んでいたことは間違いないだろう。

 あまりにも簡単な勝利に見えるが、そんなわけがない。

 そんな簡単なことがあるとしたら『予言者』の後継者の能力は破格すぎる。

 いや、違う。

 実際、破格なのだろう。

 だから、ここまで簡単に倒せた。

 そう考えた方が自然だ。


 マーラ・モンタルド大尉の言葉を思い出し、ウーゴは独り言ちる。


「……確かに化け物だな」

「ウーゴ大尉、どうかしました?」

「……いいや、なんでもないさ」

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