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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
世界を愛し、世界に愛された者『大魔法つかい』
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『予言者』の後継

 ルチアはマーラ大尉を見て、ニコリと笑った。


「マーラ大尉、ルチアはマクシムさんと内緒話をするので席を外して欲しいです。これは命令です」

「はい!」


 マーラは敬礼をするとその場からすぐに去った。一切躊躇のない、反射のような動きだった。

 ルチアはその背中が見えなくなってからぽつりと言う。


「ルチアの能力はこの程度のものだとも言えるのです」

「? えっと、ごめん。どういうこと?」

「スムーズに人払いをする程度という意味です」

「今の言葉がそう?」

「はいです。マーラ大尉はフレンドリーなタイプに見えるですが、軍の規律が絶対。命令には服従するです。なので、命令ですと一言添えるだけで席を外してもらえるのです」


 最適な言葉を選ぶことで最適な結果を手にする程度の能力。

 それは確かに強力かもしないが、その程度の能力という意味も理解できた。

 たとえば、魔法で強引に排除するように、直接的に干渉できるわけではないのだろう。

 実際、英雄である『予言者』サルド・アレッシも戦闘能力は高くなかったと聞いたことがある。

 マクシムは少しだけ肩から力が抜ける。


「なるほど。あんまり万能ってわけでもないんだね」

「そうです。ルチアはそれほどでもないのです」


 ルチアはどこか寂しそうに微笑んだ。そして、とびっきりの冗談を言うように大きく笑う。


「だから、ルチアはマクシムさんと結ばれなかったです……」

「あ、うん……」

「マクシムさん、ナタリアさんとの結婚、おめでとうです」

「……うん。ありがとう」

「悔しいです。でも、マクシムさんの幸せ、ルチアはとても嬉しいです」

「きっとルチアちゃんも幸せになれると思うよ」

「はいです。マクシムさんが悔しがるくらい幸せになってみせるです!」

「ははは。そうかもね」


 ルチアは「お祝いを言う目的達成です」と無理に笑った。ひきつっているが、整った顔立ちの彼女はそれでも可愛らしい。

 マクシムの心は痛むが、やはり彼女のことを受け入れるわけにはいかないと理解していた。

 ルチアのような美少女を選ばなかったことを悔いることもあるかもしれないが、それはもう亡い未来だ。

 ルチアは分かっているとばかりに話を変える。


「ルチアはいくつか目的があったですが、一番の目的はマクシムさんを守りたいと考えているです」

「いや、僕、それなりに生き残る能力があると思うんだよ」

「いいえです。マクシムさんが英雄と同等クラスの特異能力者だとしても、暗黒大陸は危険がいっぱいなのです」

「いや、それならこの場に来なくても良かったんじゃない? というか、正直、今からでもルチアちゃんは帰るべきだと思っているよ」

「それは無理です。それに、もうここは人間の生存海域ではありませんから、そんな意識は危険です」


 見てくださいです、とルチアは船の外を指さした。

 その指が示す方向、そこにちょうど魚が跳ねたところだった。


 大きい。

 遠目だからハッキリとは分からないが、4メルはありそうだ。

 それが高速で水中を泳ぎ、その勢いで海上へ跳ね出たのだ。

 そのタイミングがピッタリであったのは『予言者』の後継者であるルチアだからこそだろう。


 だが、その魚は異形であった。

 魚に似た形をしている。

 おそらく頭部と尾部に位置する箇所は魚に似ていた。海中で速度を出すためか、流線型のフォルムをしている。

 だが、その体表部分がまるで違った。

 全体を固い鋼のようなもので覆われている。

 それは以前見た魔王の眷属――腕の怪物(ブラッチォ)で構成されたものに似ているようだった。

 距離があったし、速かったのでハッキリとは分からない。

 だが、独特の光沢は、マクシムにブラッチォを想起させていた。


「ルチアちゃん、あれはもしかして『魔王の眷属』なの?」

「いいえ、違うです。ですが、この世界の生き物は元来、あれが普通なのです」

「でもさ、僕が食べたことのある魚とは全然違うよ。サバとかイワシはあんな鉄みたいな体表組織してなかったし」

「それはルチアたちが普段食べている魚だから。つまり、人間種の生息域だからです」

「そういうものなの?」

「はいです」


 海というものは陸地とは違う。遮るものがないからああいう魚? もこちらの世界にも存在していないとおかしい気がする。

 だが、暗黒大陸とそれ以外とは何かで分かれているのかもしれない。

 結界的なものというほどではなく、海流など関係しているとすれば、ある程度は納得できる。


「基本的に暗黒大陸の生き物は外骨格をしているです。気温が低く、酸素濃度が高いため覆われた形です。脊椎動物に似た生き物もそれなりにいたのですが、英雄たちの手により激減しているです」

「あ、そのあたりの話は少し聞いたよ。特に『案山子』が人間型の眷属を殺しまくったとか」

「そうなのです。さすがはマクシムさん! とても詳しいです」


 褒められてマクシムは少しだけ苦笑する。ルチアの羨望のまなざしに照れたこともあるが、それ以上に、剣呑な内容に対してである。

 英雄の行いは正しかった。

 『魔王』の手により、こちらの世界は危機に陥っていたからだ。

 座して滅びを待つというのが生き物として正しいわけがない。

 だが、やはり生き物が大量に死んだ戦争であったことは間違いない。

 そういう倫理観も認めなければならない気がした。

 ルチアは遠くを見ながら「あちらにもいるです」と指さした。


「…………っ!?」


 マクシムは息を呑み、目を丸くして視た。


 次にルチアが指さした個体は更に遠かった。

 なのに、更に大きな魚だった。

 この船にも匹敵するサイズ。

 つまり、あれはゆうに100メルは超えているだろう。

 その巨大な魚は天に向かって鳴いた。

 その声は届かない。

 それくらいの距離があったのか、人間の可聴域にない音だったかは分からない。

 ルチアはどこか遠い目で言う。

 それは警告の一言だった。


「暗黒大陸には、あれよりも大きな生き物だってたくさんいるのです」


   +++


 ――それはルチアたちの前から立ち去ったマーラ大尉の話である。

 右舷側の廊下でマーラとすれ違ったのはウーゴ・ウベルティ大尉だった。

 片腕を代償に『契約者』になり、認識操作能力を手に入れた暗器使いである。

 彼はマーラに向かって気楽に挨拶をする。


「……お、マーラ大尉。どうしたんだ? 早足で歩いて」


 マーラはどこか虚ろな視線をウーゴに返す。

 ウーゴがたじろいでいると彼女は端的に言う。


「――ルチア特務大佐」

「……あ?」

「あの子、本物の化け物だよ……」


 マーラは小刻みに震えていた。

 ウーゴは問い返す。


「……何が化け物なんだ?」

「あの子の言葉には力がある。ボクはいつの間にかあの場を離れていたの」

「……意味が分からんぞ。何があったんだ」

「何もなかった。でも、間違いない。別に疑っていたつもりはないし、階級には従う。でも、違うの」


 マーラ大尉は青い顔をしながら言った。


「何の抵抗もできなかったし、従うしかなかった。あの子、本物の怪物。英雄サルド・アレッシの後継者で間違いないよ……」

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