未知の大陸へ
暗黒大陸へは海路で一カ月近い時間が必要だった。
正確には、暗黒大陸にある『士』の基地までひと月、である。
その途中、マクシムは訓練を受けていたが、基本的には移動なのでそれほど忙しくはなかった。
訓練だって基本的な体力づくりがメインで、あとはそれぞれが行える自主的なもの。
船旅がこれほど時間に余裕があるとは思っていなかった。
つまり、たっぷり時間はあった。
それなのに、出港から一週間経っても、まだマクシム・マルタンはルチア・ゾフと会話することさえできていなかった。
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派遣で作られた船――プライド・オブ・ソーニョ号は国内最大規模のサイズだ。
だが、それでも所詮は限られた空間でしかない。
甲板がそれほど広くない構造、長期間の滞在も可能な量の燃料を積んでいる点など、スペースが限定的であるからだ。
なのに、会えないということはさすがに異常だった。
それが『予言者』の後継者という証なのかもしれない。
――しかし、未来予知かぁ。
マクシムはあまりそれがピンときていなかった。
まず、未来が分かる、という意味が分からない。
未来が分かり、それに従って行動するのであれば、意味があるのだろうか?
未来が分かって受け入れるだけだからだ。
また、行動を変更して未来が変わるとしたら、やはり無意味な気がする。
未来が変わったことをルチア以外には認識できないし、その結果を受け入れるしかないからだ。
いろいろ考えると未来予知は、既知の映画のようにストーリーの定まった人生にしかならない気がする。
それは達成感とは無縁の人生だ。生きることがただの作業みたいなものになるのではないだろうか?
『予言者』がどういう能力だったのか、マクシムには分からないので想像の域を超えない。
だが、とりあえず、こちらを完璧に避けることもできる能力なのは間違いないようだ。
甲板の上から水平線上をボーっと見ていると、背後から声をかけられた。
「少佐、どうしたのさ、たそがれて」
マーラ・モンタルド大尉がそこにいた。トレーニングウェアだ。トレーニング終わりに見える。
ちなみに、海上では水が貴重になるが、外洋は浄水装置が使えるため意外とシャワーなどが使える。むしろ、暗黒大陸に近くなった方が真水管制が敷かれるらしい。
「……ルチアちゃんに会えないんだ」
「避けられてるってこと? 船内放送使って呼び出せば?」
「残念だけど、それができないんだ」
ルチア・ゾフはこの船で最高の地位にあるため、そのあたりの規制も行っていた。
『予言者』の後継者であり、『士』の特務大佐、さらにはまだ幼い少女という特権を駆使してマクシムを避けていた。
ルチアは非常に不均衡かつ不可触な存在だ。
そうなると、狭い船内であっても捕まえられるものではない。
マーラ大尉は呆れたように言う。
「どれだけ酷いことしたのさ」
「ん-」
「心当たりないの?」
「いや、ある」
「何?」
「……どうやらルチアちゃん、僕のことが好きだったみたいなんだけど」
「ひゅー……けど?」
「僕、ナタリアと結婚したでしょ」
「あー。なるほど。そういう感じねー」
マーラ大尉は得心がいったという具合に二度、三度と頷く。ニヤニヤ笑っているのは他人のゴシップが好きなのかもしれない。あまり意外ではなかったが。
「ちなみに、少佐はボクに相談したい?」
「相談できる相手がいないからね」
「消去法……正直が美徳じゃないって本当だなー」
「でも、大尉って恋愛経験とか乏しそうだし」
「ふっ」
マーラ大尉は遠い目をした。こめかみを一筋の汗が流れる。
「このボクがどれだけの恋を経験してきたか、少佐は想像できないかもね」
「恋愛映画って言わないでよ」
「当たり前でしょ!」
「じゃあ、ちょっと相談させてよ」
「あ、うん。そ。うん。構わない、けど」
その時、マーラ大尉は『あれ、人の恋バナと恋愛小説ってオチを言えなかったぞ』と内心で焦っていた。
だが、その時のマクシムは大体想像できていたので、とりあえず会話をして考えをまとめたかっただけだった。思いつくことを話しかける。
「どうしてルチアちゃんは僕を避けているのかな?」
「そりゃ、少佐と会いたくないからでしょ」
「どうして会いたくないのかな?」
「失恋した相手とは会いたくないでしょ」
「でも、それは普通の人の発想だよね」
「あ、そうか。特務大佐は『予言者』の後継者だから」
「そう。そもそも、会いたくないのであれば、この船に乗る必要もなかったはずなんだよ。避ける意味が分からないんだよね。どうしてかな?」
「ん-……」
いろいろおかしいのだ。本当に『予言者』と同等の力があるとすれば、行動がおかしい。
いや、おかしいというのは未来を知る術のないマクシムだからこその発想なのかもしれない。
マーラ大尉は「もしかして、だけど」と言う。
「出港してすぐに会うと問題があった、とか?」
「別にすぐ会っても、後で会っても一緒でしょ」
「一緒じゃないでしょ。少なくとも本土は近いし、連絡だって取れる」
「連絡を取られると困るってこと?」
「じゃない? もうそろそろ特殊な中継装置と魔法を使わないと難しいし」
マクシムはその言葉で少し思いつく。
「もしかして、ルチアちゃん、妹たちに連絡を取られたくなかったのかな」
「特務大佐、少佐の妹さんと仲良かったんだ」
「うん。急に連絡が取れなくなったらしくて、そのあたりのことかなぁ……」
「それはちょっと違うです。マクシムさんに無理に連れ帰られることを懸念したです。あなたは竜を操ることができるからです」
最後の一言はマクシムでもなければ、マーラ大尉のものでもなかった。
驚きながらマクシムは振り返る。
そこには出入口から半身を出したルチアがいた。彼女は少し迷った後、甲板に出てきた。
あれほど探しても会えなかった少女が普通にいたため、マクシムは言葉を失い、口をパクパクさせて、やはり同じように驚いているマーラ大尉と目を合わせ、それからその名を呼ぶ。
「ルチアちゃん……」
「はいです」
「僕、そんなつもりなかったんだけど」
「いいえです。その可能性が少しだけあったので避けたです。可能性を操作するのも楽ではないのです」
「可能性の操作?」
「気にしないで欲しいです。大した話ではないのです」
ルチアはどこか控えめに微笑んだ。
マクシムが口を開こうとした瞬間、彼女は手で制する。
「ルチアはマクシムさんの疑問に答えることができるです。でも、答えないです。理由は結果として、そうした方が良いからです」
と、いきなり出鼻をくじかれてしまった。




