『なぜ七人目の勇者は仲間に殺されたのか』
――それは暗闇での会話だった。
二人の女性が密室で向き合っている。いや、一方は女性を模した精巧なヒトガタである。
両者の間には、どことなく倦怠感が漂っていた。
『それにしても興味深いと思わない?』
「何が?」
『ほら、アダムの親族。マクシム・マルタン君の推測のこと』
「えーっと……何だったっけ?」
『アダムに蘇生能力があったんじゃないか、ってやつ』
「どうして興味深いの?」
『だって、あたしたちがそんなことでアダムを殺すなんておかしいじゃない』
「そうかな? 充分すごい能力だと思うから世界に混乱とか起きそうじゃない?」
その女性が首を傾げながら反問する。
女性の名前はミッチェン・ミミック。
『案山子』の能力を無自覚に保有する一般人だ。
『だからって殺すわけないでしょ。蘇生能力があっても適切に管理すれば良いだけ。それにどう考えても『案山子』や『大魔法つかい』の方が危険だし』
「それもそうか」
ミッチェンが暗闇で会話をしている相手は一体の案山子だ。
幼い少女の姿をしたそれは世界救済の英雄である。
『大魔法つかい』クラーラ・マウロの案山子がミッチェンと会話をしていた。
それは雑談だ。
しかし、世界にとって、とても重要な雑談だった。
『そもそも、アダムは『料理人』よ。戦闘能力がなかった。人を救える能力があったとして、それで殺害する必要なんてない。仮にアダムを誰かが悪用したとしても、あたしたちが止めれば良かったんだもの』
「なるほど、言われてみればその通りね」
実のところ、それに近い推理をマクシムは以前していた。
だが、彼はそれをすっかり忘れて、蘇生能力があるという推測に縋っていた。
もしかしたら、ニルデが助かるかもしれない。その能力が自分にもあるかもしれない。なぜならば、アダムも持っていたから――という希望的観測がマクシムの思考を誤った方向へ導いていた。
それはマクシムの優しさであり、弱さだ。
「じゃあ、蘇生能力なんてなかったの?」
『ない。もし、あったら、あたしたちの仲間はあんなに死ななかった』
「名前の残せなかった勇者たち、ね。五十人くらいいたんだっけ?」
『『英雄』たちを含めて全員で五十五人。正確に記録として残っているの。だけど、アダムの件があるから歴史の陰に沈めたの』
彼女らは雑談のような会話をしている。
だが、ミッチェン・ミミックには『案山子』を操る器量はない。
その『案山子』はクラーラが生み出したものだ。
カルメン大佐がやっていたことを、より完璧に行っているのが世界最高の魔法使いの業である。
この状況を主導していたのはクラーラだ。
彼女は情報収集を行っていた。
マクシムたちの情報である。
最も安全かつ簡単に収集できるのはどうすれば良いか? そこで目を付けたのが一般人であるミッチェン・ミミックだった。
『案山子』ハセ・ミコトに憑かれていることを除けば、彼女は最も無力かつ無害だ。
ならば、魔法でハセ・ミコトを欺いてしまえば良いだけ。
問題だったのは、ミッチェンがマクシムたちの情報をあまり持っていなかったということだった。
「そういえば、そもそもの話聞いて良い?」
『答えられることなら構わないわ』
「本当にもう一人英雄がいたんだよね」
『ええ、そうよ』
ミッチェン・ミミックは今の状況を覚えていないし、思い出すこともない。
そういう魔法がかけられているからだ。
だから、親しい友人のように質問をする。
「本当に殺しちゃったの?」
『…………ええ』
「なんか話聞いていると仲良かったみたいだし、どうして殺したの? その理由、あなたは知っていないの?」
クラーラの『案山子』は少し黙った後に頷いた。
『多分、知っている』
「多分って、どういうこと?」
『こうじゃないかなって思う答えを自分で見つけただけだから。いくらあたしでも、『予言者』の読んだ未来までは分からないもの』
「じゃあ、どうやって判明したの?」
『質問ばかりね。構わないけど。いろいろと痕跡を調べたの。あたしは暗黒大陸も自由に移動できるようになったから』
ミッチェンは驚きの表情になる。
暗黒大陸を自由に移動できるという部分は人類の枠を超越した行いだと感じたからだ。
「え、そうなんだ。じゃあ、『士』の人たちがやっている暗黒大陸派遣って無意味なの」
『なんでよ。あたしは『士』に協力する気がないもの。意味はあるでしょ』
「どうして手伝ってあげないの」
『もう人類社会とは手を切ったから。あたしはどちらの陣営にも与しない』
どちらの陣営? という言い方にミッチェンは疑問を抱く。
「英雄のあなたは人類側でしょ? 人類社会と手を切るって?」
『じゃあ、こちらからも質問。どうして暗黒大陸に人類がいないと思うの?』
「え、だって、暗黒大陸だから……」
『答えになっていない』
「いるわけないでしょ。違うの?」
ミッチェンはクラーラの反応に不安を覚える。
何か、とてつもない秘密を聞かされている気がしていた。
クラーラの『案山子』は声を潜める。
『……『魔王樹ゴッズ』は元々人間だったの』
「え」絶句。
『あなたももう知っているはずよ。代償を差し出すことで、特異能力を獲得する術を』
「まさか……」
思い当たる節が一つあった。
『士』にもその使い手がいた。
『そうよ』とクラーラは首肯した。ミッチェンが悟ったことを理解できたからだ。
ミッチェンは叫び声をあげる。
「契約者!? 魔王は契約者だったの!?」
クラーラは肯定しなかった。
ただ、否定もしなかった。
それが肯定の証だった。
『暗黒大陸はとてつもなく広いの。どうして人類はずっと立ち入らなかったんだと思う?』
「既に入植していたからってこと? 棲み分けが完成していた。でも、長い年月が経って、その構造に破綻が起きたとか……」
『そう考えると、アダムを殺さないといけなかった理由も想像できるんじゃない?』
ミッチェンは思いつくものをとりあえず口にする。
「……人類同士の抗争であることを知らせないため殺した、とか」
『違う。どうしてアダムだけを殺さなきゃいけなかったのか考えてよ』
「人類……あ、もしかして、人類を料理したから罪悪感に駆られて自殺したっていうのが真相?」
『自殺と殺害は別でしょ。あたしたちが殺した前提で考えてよ。そもそも、何百万年も前に分化して同種である部分はほとんどないからね』
「じゃあ、アダム自身が英雄たちに殺してくれって懇願した、とかどう? 自殺は怖いけど、殺される受け身なら耐えられるというか」
『悪くない想像だけど、それも違う。アダムは殺す必要があったの。世界を守るためよ』
そこでクラーラの案山子はピタリと止まった。そして、何か口内でブツブツと言う。
ミッチェンは「どうしたの?」と無垢に質問をする。
『おかしい』
「おかしいって?」
『あたしはこんなこと喋るつもりなかった。なのに、誘導されている……」そこで気づいたように目を光らせる。「ああ、あなたが『案山子』なのか』
『大魔法つかい』クラーラ・マウロは万能の魔法使いである。
不可能を可能とするが、それでも限界がないわけではない。
たとえば、呪詛の使い方に関していえば『案山子』に劣る。
ミッチェン・ミミックは『案山子』ハセ・ミコトに取り憑かれている。
ハセ・ミコトは現代の呪詛の第一人者だ。
だから、一方的に情報を得ようとしたクラーラの手口もバレていた。
そこにいたのはミッチェン・ミミックの振りをしたハセ・ミコトであった。
力の管理者でしかなかった彼女も、生まれて数カ月が経過したことで人間性を獲得しつつあった。
ミッチェン・ミミックを元に構築され、ヒトトセ・リョウとの関係により成長していた。
ハセ・ミコトは謝罪する。
「……非礼は詫びます。偉大なる魔法使い」
『お互いさまだから詫びる必要はない。あたしから逆に情報を獲ろうとしたわけか。やるわね』
「私はミッチェン・ミミックの安全を最優先しますから」
『怒っていないから動機も別に良いわ。あなたはナナセに比べれば使い手として劣る。でも、当時のあたしだったら気づけなかったかもね』
クラーラは寛容な態度を取る。
子どものような姿をしているが、彼女はもう百年以上を生きている。
「仕方ありません。ところで、私はハセ・ナナセに比べてそんなに劣っていますか?」
『覚悟の差、程度でしょうね。あまりにも分厚い薄紙の差って感じ』
実力はあまり違わないかもしれない。だが、決定的に違う。それをクラーラは独自の表現でした。
『いい? 『武道家』の残骸程度でも七十年研鑽を積んだら世界最強になるの』
「残骸程度……」
『あの程度の才能でも努力を積み上げることが大切って話。なら、世界最高の魔法使いであるあたしはその時間で、どれくらいの高みに至ったか想像しなよ』
おそらくバジーリオ・スキーラは世界最高クラスの才能の持ち主だ。
それをあの程度と見下してしまう。
究極の使い手が『大魔法つかい』クラーラ・マウロという存在だった。
『許してあげるけど、記憶は消させてもらうわ。それはそういうものだと思って』
「ならば、ご慈悲を。教えてください。どうして七人目の勇者は仲間に殺されたのか、について」
『どうして知りたいの? 消される記憶よ』
「記憶は消えても考えた筋道は残ります。知識はミッチェン・ミミックを守るために必要かもしれませんから」
『なるほど。あなたはどこまでもミッチェン優先か。なら、もう充分ヒントは与えたと思うから自分で考えてみて』
「…………」
その挑発的な物言いにハセ・ミコトは黙る。確かに十分な情報は与えられている気がしたからだ。
今まで得て来た情報。そして、今の会話で判明した情報をまとめて黙考する。
『魔王樹ゴッズ』は元々人間だった。契約者。アダム・ザッカーバードは『料理人』でしかない。暗黒大陸での食事内容。暗黒大陸の生き物たちを食べていた。
もしかして、とハセ・ミコトは思う。
「もしかして、アダム・ザッカーバードは何か食材を持ち帰ろうとしたのですか? その食材に病原菌が付着していて世界の危機が訪れるから殺さないといけなかった。どうでしょうか?」
『おしい、非常に良い着眼点ね。でも、もう少し踏み込んでよ。どんな厄災を持ち帰ろうとしたのか、を具体的にね』
暗黒大陸へ行ったこともない自分では難しい、とは思わなかった。
もう既に得た情報で一つだけ思いつく答えがあった。
ハセ・ミコトは自分の背筋が冷たくなる感覚に襲われた。
「まさか……」
『気づいたようね』
ハセ・ミコトは叫ぶ。
当たっている、そう直感していたからだ。
「魔王! 魔王は樹でした……。もしかして、その果実がとてつもなく美味だったとしたら……それをアダム・ザッカーバードは持ち帰ろうとしたのですか! 自分で料理するために!」
アダムの『料理人』の本能だ。種を持ち帰り、育てようとしていたのかもしれない。
『魔王』でさえも食材として見ていたとしたら……その精神性は怪物じみて感じた。
『『料理人』の本能に抗えなかったってことね』
「正解ってことでいいのですね?」
『いいえ。正解みたいなものだけど、真実ではないわ』
それまでの興奮の反動で、ハセ・ミコトは脱力する。
「意味が分かりません……」
『意味なんてないわ。バッカみたいでしょ! あたしたちは殺すしかなかったんだもの!』
クラーラの案山子はケラケラと笑い声をあげる。
だが、笑い声をあげているだけで全く楽しそうに見えなかった。
むしろ、泣き声のように聞こえた。
『あたしは既に言ったわよ。アダムに戦闘能力はない。止めることは容易だった。でも、止められなかった。その矛盾はどうやって解消するの?』
「分かりません。ここまで正解に近づいたってだけでも褒めて欲しいです」
『あたしたちがどうして大切な仲間を殺さないといけなかったのか、真剣に考えてよ』
あなたはナナセの正当な後継者なんだから、とクラーラは寂し気に笑った。
『お願いだからさ――あたしたちを救けてよ』
読んでくれた方に感謝を。
ありがとうございます。
で、ついにタイトル回収回になります。
殺された理由についても半分を出しました。
結構あちこちに伏線を張っていたのですが、この話を読む前に気づいた人がいたら凄いな、と思います。
残り半分の理由についても考えてみてくれたら嬉しいです。
次から第五部の開始になります。
これからもよろしくお願いします。
評価・感想など戴けたら喜びます。俺が。
ではまた。




