『絶対』と『W・D』
負けた。
完敗だった。
立ち回りに失敗したことがないわけではないが、ここまで致命的なミスは自分でも久しい。
実際、彼が敗北の代償として負ったケガは酷かった。
「あー、動けないってかなりしんどいんだよね」
『絶対』『侍』――ジャンマルコ・ブレッサ特務大尉は病室でケガの治療を行っていた。
大けがである。
骨折は十四か所を数え、一時的には生命の危機さえあった。
マクシムの放った一撃が強烈だったこともある。
だが、対個人戦特化型という能力の性質上、彼は敗北した際のダメージが通常よりも大きくなりがちだった。
一対一で絶対的な強さを誇るからこそ、それが敗れた時の反動は大きい。
「最高級の治療、か。僕にそんな価値あるのかなぁ」
「おいおい、弱気なんて似合わないぜ」
病室には、いや、病室なのに一匹の犬がいた。
名探偵の『W・D』である。
同僚であるジャンマルコの見舞いに来ていた。
「そりゃ『W・D』としては励ますしかないのは分かるけどさ」
「いや、実際、竜種を一対一で圧倒できる人間種なんてお前くらいだぜ、ジャンマルコ」
「結局、負けたから意味ないけどね」
「『士』としては戦力を増強できたし、結果オーライだから気にする必要はないぜ」
「それは無理だよ……僕はあんまり活躍できなかったんだし」
ジャンマルコはさまざまな意味で秘密兵器だ。
秘密が漏れないために最適なのは孤独状態。故に彼は人間関係が希薄だ。
腹を割って話せるのは『W・D』と『士』頭領であるイーサンくらいしかいない。
「暇つぶしにしりとりでもしようか」
「それよりも質問したいことがあるぜ」
「なに?」
「マクシムとの戦闘のことだぜ」
「うん」
「お前は竜を一方的に叩き伏せたな。その時はどういう対個人戦設定を行っていたんだ?」
「もちろん、マクシムだよ。それが?」
「なるほど。マクシムは本当に『竜騎士』の能力も獲得しているのか。分かったぜ」
ジャンマルコとしては何が問われているのか分からなかった。
「何か疑問があったの?」
「いやな、ジャンマルコの能力について俺でも把握できていない部分があったんだぜ。少しだけ理解できた」
「何?」
「一対一という定義が分かり辛かったんだぜ」
「そうかな? 明快な条件だと思うけど」
「たとえば、お前は『士』という組織に属している。それは純粋な観点からは単独と見られないんじゃないか? 『士』の資金で衣食住は満たされるし、武具の提供だってされているぜ」
「いや、そこまで解釈が広がったら人間社会に属しているだけでも発動しなくなっちゃうんじゃないかな」
『W・D』は「言いたいことは分かるが、能力の定義は重要なんだぜ」と頷いた。
「この間のマクシムとの一戦。『竜騎士』は人竜一体となって戦う。しかし、それは一頭と一人という見方もできる。その場合、一対一という条件を逸脱しているように見える」
「竜も武器という扱いなんじゃないかな」
「なら、たとえば、人体を直接的な武器とする人間がいたとする。それは一対一が崩れるのか?」
無理な設定の思考だ、と考えを放棄することはない。どうやって人を武器にするかは分からないが、そういう敵が現れる可能性はある。
だから、ジャンマルコは考えて、首を横に振る。
「分からない。でも、僕は一対一で戦うために工夫するよ」
「おそらくだが、人を武器として物扱いしているのであれば、『侍』は発動するぜ」
「それは『W・D』の推理だね」
「ああ。だが、それを端に拡大解釈できるのだとすれば、例えば、一軍を率いる軍師に対しては発動するのか? 軍そのものが『一』としてカウントされるのかだぜ」
「さすがにそれは無理だと思うけど……」
「ならば、人を武器として扱うのと何が違うのかという疑問に行き当たるんだぜ」
「なるほど」
ジャンマルコは大まじめに頷いた。
「全然分からないよ」
「興味もなさそうだぜ」
「興味はあるけど分からないよ。試す気もないし、そもそも、危険過ぎて試せないもん」
「俺も試したいわけじゃないぜ。ただ、推理はできるぜ」
「お、名探偵」
「軍相手に『侍』は発動しないぜ。当たり前の推理だが、今は発動しないだろう」
「ま、それもそうだよね」
「むしろ、問題は一軍相手に勝てるようになってしまった時なんだぜ」
ジャンマルコはその心配の理由が分からなかった。
「どういう意味?」
「まず、契約者は代償を支払うことで特異な能力を得た者を意味する」
「知っているけど、それが?」
「次に、代償の大きさで獲得できる能力は強大になる。ここまでは分かるな?」
「うん」
「お前が一人の指揮による統率された集団にも勝てるようになった場合、それは一対一の状況を超越していることになる。それなのに勝ってしまった場合、それだけジャンマルコの代償は大きかったということになる。少なくとも『旅人』はそう判断した」
「だから、それが何?」
「お前が支払った代償はどれほど大きかったんだ?」
「ごめん、もう少し丁寧に教えてくれない?」
「簡単にまとめると、万物に愛されるという能力を代償に得た『侍』だよな」
「そうだよ」
『侍』の異名を『絶対』。『士』と同音かつ同意味である『侍』と区別されるためにそう名付けられた。
だが、一対一という状況であれば、英雄でさえも一蹴できてしまうジャンマルコには相応しい二つ名である。
「それだけで『武道家』に勝てる高みに至ったのは、一対一という縛りのおかげだと俺は考えていたんだぜ」
「代償はそんなに軽くなかったんだけどね」
「持っている能力を失っただけならプラスがゼロになっただけだぜ。他の契約者はマイナス部分が生まれるのが普通だ。縛りはそれくらい大きいと思っていたが、俺の勘違いだったのかもしれない」
「だから、結論を」
「幻想境」
「え」
「『獣姫』アイーシャ・サレハとの仲の喪失。その代償がお前の能力を対個人戦最強に高めたのかもしれないぜ」
「ちょっと待ってよ。『獣姫』は知っているけど、その仲が失われたってどういうこと?」
幼い日々のその記憶をジャンマルコはもう失っている。それも代償の一つだった。
もしかしたら、究極の存在の一人である『獣姫』との絆は人類社会にとっておそろしい損失だったのかもしれない。
いや、大きな損失であることは間違いないのだが、それはもう取り返しがつかないほどのものだった――。
少なくとも『旅人』はそう考えたのかもしれない。
『W・D』はその可能性を危惧をしていた。
「いや、なんでもないぜ。俺の推理が間違っている可能性だってあるんだぜ」
「そっか。変な『W・D』」




