病室での一幕 その後
病室からカルメン・ピコットの遺体が運び出される。
稀代の魔法使いの肉体は解剖が行われ、今後もさまざまな実験を繰り返される予定だ。
それは多くの人命を利己的な動機で手にかけた彼女への罰だった。
いや、それが罰として釣り合っているかどうかは分からない。
人命を超法規的措置で扱うことの難しさがあった。
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その時、イーサン・ガンドルフィはルチア・ゾフと向き合っていた。
場所を変えて『士』の会議室である。
ルチアは子どものように両手でコップを掴んで、お茶をコクコク喉を鳴らして飲み干す。
座った椅子から足が床に届いていないため、彼女は足をブラブラさせている。
「お代わり、いるか?」
「はいです。ありがとうです」
やはり緊張していたのだろう、イーサンはそう判断する。子どものようではなく、まだ子どもなのだ。
ある程度落ち着いたことを確認してからイーサンは訊ねる。
「ルチア・ゾフ。君が『予言者』の後継者と認めるよ」
「ルチアは分かっているです。無駄な会話は止めて、イーサンさんの疑問に答えるです」
イーサンはふと思いついたことを言う。
「じゃあ――」
「承知したです」
「……何が分かったんだ?」
「『俺の疑問を先回りして答えてくれ』です」
それはイーサンがたった今思いついたことだった。
本物と確信しながらも、どれくらいの能力なのか測りたかった。
「まず、シラ・サバトさんはカルメン・ピコットさんの孫娘です。そして、『案山子』ハセ・ナナセさんのひ孫でもあるです」
「はぁっ!?」
顎が外れるかと思うほど、いきなり衝撃的なことを教えられた。
イーサンは目を剥く。
「待て待て待て。シラがカルメン大佐の子どもはさっき聞いた。しかも、英雄の子孫? そんな話、俺でも知らないぞ……」
「当たり前です。もうルチアしか知っている人はいないです。『W・D』さんは疑っていたようですが、名探偵は推理できても証拠がなければ確定できないです」
「『W・D』が疑っていた、その根拠は?」
「カルメンさんの犯行動機から推理したです。詳しくはご本人に訊ねて欲しいです」
ルチアはあまりにも淡々と衝撃的なことを言う。
「次に、イーサンさんは『士』クレート・ガンドルフィさんの子孫になるです」
「…………………は?」
英雄と血の繋がりがある――その言葉にイーサンは完全に表情が固まった。
イーサンが訊ねたかった内容は『どうして俺は聖剣に選ばれたのか?』だった。
それは前々から疑問に感じていたことだ。
幼い頃から聖剣が扱えた。だが、決して剣才に恵まれていたわけではない。その答えが得られるか、わずかな期待から生まれた疑問だ。
少し考えた後、ああ、と納得する。
「つまり、マクシムと一緒か。クレートの親族と近しいってことになるのか」
「違うです。クレートさんの直系のひ孫です。つまり、ナタリアさんと似たような立場なのです」
「そんなバカな話があるかよ。俺の直系の家系図は遡れるが、そこに英雄の姿はない」
クレートは聖剣テイル・ブルーを手にするため契約者となった。
その代償として支払ったのが五十年の寿命と子どもを作れない体だった。
つまり、イーサンが存在するわけがないのだ。
「過去が改ざんされたのです」
ルチアはアッサリと真実を語り始めた。
「改ざん、だと……?」
「はいです。クレートさんが子どもを作ったのは契約をする直前です。相手は八歳年上の二十歳の女性でした。クレートさんのはとこに当たる方です。ただ、その人も記憶を改ざんされたのでクレートさんが相手だとは思わないまま子どもを産んだのです。そして、別の方と所帯を持ち、それがイーサンさんの家系図になりました。ルチア以外に知る人はいない真実なのです」
無茶苦茶だ、とイーサンは思った。
だが、『夢界』ルチア・ゾフが本物であれば、彼女が語る言葉も真実なのだろう。
「過去の改ざん、そんなことまで『旅人』には可能なのか……」
「はいです。『旅人』はそういう存在です。おそらくですが、この事実もイーサンさんの脳裏から少ししたら消えるです。忘れてしまいますです」
「じゃあ、どうしてお前は知っていられるんだ?」
「ルチアだからです」
おそらくは――。
イーサンは直感する。
このルチアという少女は世界最高の特異能力者だ。
もちろん、『武道家』バジーリオ・スキーラや『獣姫』アイーシャ・サレハのような超人とは異なった分類になるだろう。
だが、究極の存在の一人であることは間違いない。
「……どうして『旅人』はクレートの子を殺さなかったんだ?」
「それでは契約と異なるからです。子どもが作れないということと、既に作った子どもが命を失うは違うです。故に、代償としてその事実だけが消滅したです」
どちらが残酷だろうか、と少しだけ考える。
イーサンに答えは出せなかったが、少なくとも今の自分の存在はなかったということになる。
「他にクレートの子孫はいないのか?」
「契約後は生殖能力が失われたのです。今、クレートさんの血を引くのはあなたの血族だけです」
「そうか」
「他にも聞きたいことはたくさんあると思うのですが、重要なのはこれからについてです。
マクシムさんは『大魔法つかい』と会うことができるです。ニルデさんは回復魔法をかけて貰えるです」
「そうか! ……達成するための条件は?」
「ルチアが手伝えば、です」
それが真実かどうかは分からない。
だが、彼女が本物であると分かった時点でイーサンとしては否応もなかった。
「分かった。ルチア・ゾフを英雄と同格。つまり、『士』の大佐として受け入れよう。暗黒大陸への派遣部隊隊長に任命したい」
「特務大佐です」
「え」
「今の佐官を減じるのはダメです。それに、ルチアはあんな重たい剣持ちたくないのです」
イーサンは思わず笑ってしまった。
重たい剣を拒否するその理由があまりにも子どもっぽかったからだ。
おそらくはただの口実だが、外見に似合って微笑ましい。
ルチアはちょっとだけ口を尖らせる。
「……ルチアは、ルチアの目的を言いたくないのです」
「どうせマクシム絡みだってことは予知能力のない俺でも分かっているんだ。言えよ」
こちらの質問を先読みできるというのは不便な面もあるのだな、と分かった。
普段、そういうことはしていないのだろう。
あまりにもこちらが愚鈍に感じられるのはストレスが溜まるに違いないからだ。
実際、イーサンはルチアの目的を訊ねるつもりだった。
ルチアは渋々という様子で言う。
「ルチアとマクシムさんの間には四人の子どもが生まれるです」
「おい、マクシムはナータとの間に子どもができたばかりなんだが……」
「それはマクシムさんの長男になるのです。ルチアの子はその後になるのです」
「どうでも良いが、生まれるのは男の子なんだな」
一夫一妻制があるわけではないので、ルチア・ゾフが二番目の妻になるのであれば別に文句はない。法律も許容しているし、リスク回避のため、貴族をはじめとした一部の人間なら、男女問わず複数のパートナーがいるのも常識のようなものだ。
ただ、ナタリアが不幸にならなければ良いなとイーサンは思った。
ルチアは鋭い視線を飛ばす。
「ルチアは二番ではないのです」
「いや、俺の考えを読んだのは別に文句も言わないが、どういう意味だよ?」
「ルチアはマクシムさんから遅れて生まれてきてしまったのです。これだけは変えようのない現実なのです。だから、ナタリアさんより後になってしまいました」
「そうだな。年齢的にまだ幼いな」
どうせ時間が解決する程度の問題だ。
だが、ルチアは「それは間違いなのです」と首を横に振る。
「間違い? 何が間違いだと言うんだ」
「確かにいろいろ先を越されたです。ですが、それでもルチアが一番です」
「順番を考えれば、ナータだろう」
「違うです」
ルチアの瞳に必死な色が宿る。
それは年齢に不釣り合いな長年苦悩、苦心した色があった。
「ルチアは千年近い時間ずっとマクシムさんを想ってきました。長さでも早さでもルチアの方が優先されるべきなのです。それだけがルチアの望みなのです」
それは世界最高の特異能力者である彼女にとって、唯一の弱みでもあった。




