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駐屯地・総員集合

 暗黒大陸『士』駐屯地に、現地駐在の隊員が総員集合していた。


 その数二十八名。

 内訳として『士』の隊員が六名、残り二十二名が『与力』である。

 『与力』の人間はよほど強く希望しない限り一度きりの任期で帰る。

 『士』の人間もよほど強く希望しない限り、暗黒大陸に残ることはない。

 駐屯地を守るための人員であるが、暗黒大陸を研究する学者の防衛なども兼ねている。


 この中で連続して四年以上滞在している人間は一人しかいない。

 その一人であるパオロ・ガリレイ中佐――つまり、この駐屯地のリーダーは総員に対して訓示を行っていた。


 パオロ中佐は『穴熊』という二つ名からは連想できないほどの美形だ。

 長身痩躯で鋭い目つきをしている。

 長く伸びた髪を肩口辺りでまとめているが、自身で切っているため髪先が乱雑だ。

 隊服の手入れが行き届いているのとは対照的である。

 彼の表情は厳めしい。

 厳めしい表情のまま、厳かに宣言する。


「次の部隊が来れば、私たちの今期任期ももう終わりです。それまでにしっかりと申し継ぎを完成させてください。フォーマットに則れば良いので、それほど難しくはありませんから安心してください」


 と言っても、まだ半月近く先になりますが――とパオロ中佐は軽く笑みを浮かべて言う。

 彼の隣には一人の女性隊員が控えている。

 彼女の名前はアリアナ・コスタ中尉。まだ年齢は十九歳と若いが、暗黒大陸駐屯地にいる時間はパオロに次いで長い。その長さのおかげで昇進したとも言える。

 アリアナ中尉は背も高く、気の強そうな派手な顔立ち。朱に近い色の長髪を後頭部の高い位置でまとめている。

 実際、パオロの傍らに立っていても違和感のないほど冷静沈着な腹心に見える。

 パオロは丁寧に言葉を続ける。


「休暇処理はしっかりとお願いします。私もしばらく内地で静養させていただきます。それまでにできることはしておくつもりです」


 そこで『士』の少尉の一人が挙手して質問する。


「パオロ中佐がしばらく静養……? じゃあ、この基地は誰が維持するんです?」

「次期の派遣部隊は『予言者』の後継が率いるため、そもそも部隊の規模が今までの数倍になります。維持は問題ないでしょう」

「その規模を維持する食料品や水はどうするんです?」

「次期派遣部隊の一員である『竜騎士』の伴侶――マクシム・マルタン少佐は『庭師』という能力があり、無尽蔵に植物を生み出せるようです。そこから食物も飲料も確保できるようです」


 隊員たちから感嘆の息が漏れる。

 駐在地の隊員ではなく、外洋に漂泊中の駐在艦にいる船員たちや随伴してきた暗黒大陸を研究する学者たちを含めても余裕で食べていけるのだろう。食料と飲料の問題がない特異能力者――紛れもない超人が来るらしい。そういう賞賛だ。

 そこで、パオロ中佐は哀愁のある顔でため息。


「どうやら『竜騎士』の伴侶はまだ十代の若者らしいです」

「はぁ……」

「なのに、もう『竜騎士』との間に子どもができたとか……」


 それが何か? という表情の一同。

 外界からの危機に晒されているからか、あるいは人口を維持するためか、この世界では十代の半ばから結婚し、子どもを作るのは決して珍しくない。

 辺境に近い地方では学校を卒業する前に通学を止め、子どもを育て始める者だって普通にいた。


「私がしばらく内地留まるのもそれです」


 それ? と一同が内心で首を傾げる。

 特に反応が大きかったのはピクッと眉を動かしたアリアナ中尉。見るからに動揺している。


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 瞬間、ビシッと空気が凍った。

 その元凶はパオロ中佐の視界外になっている女性隊員である。

 アリアナ中尉が顔面蒼白になっている。

 それを気遣って、その他の二十六名の隊員全員がパオロ中佐に視線で訴えかける。

 パオロ中佐は一切気づかずに言葉を続ける。


「私ももう四十近い。さすがにこの暗黒大陸ではどうしようもないことに気づきました。帰って二年くらいは婚活を頑張ってみようと思います」

「…………!」


 どうしようもなくないです! と、視線で訴えかけているアリアナ中尉。頬が紅潮している。

 彼女は気丈な顔を崩さないように必死に平静を保とうとしているが、それでも涙目になっている。

 あーあー、という空気。微笑ましく見る者や気の毒そうに見る者などがいるが、基本的にはパオロ中佐を非難する色合いが強い。

 アリアナ中尉の気持ちを知らないのは本人であるパオロだけだ。


 パオロ・ガリレイ中佐には伝説がある。

 二千人の暴徒を前に、七十時間一人で防衛戦を守り抜いたのだ。あらゆる武器による攻撃を防ぎ続けた。

 二千人の暴徒はある特異能力者に依るものだった。

 『暴威』と呼ばれる能力を持った少女は、ある宗教団体に囚われていた。拷問に近い洗脳行為の末に、自我を壊しかけていたのだが、彼女はパオロ中佐の手で救われた。


 ――まぁ、その少女こそアリアナ・コスタだったわけである。


「あのー、中佐……」と一人が気遣って声をかけるが、

「はい、分かっています。もう手遅れかもしれませんが、両親が心配していますし、暗黒大陸の長期派遣でお金ももう引退できるくらい貯まったので、しばらく休暇をいただくつもりです。頑張ります」とパオロ中佐は首肯する。全然分かっていない。


 微妙な空気が漂っていた。

 傍らに立つアリアナ中尉は沈鬱な顔になっている。ほとんどお葬式だ。


「あのー、中佐……」

「はい、どうしましたか?」

「ちなみに、中佐の好みのタイプってどんなのです?」

「好みのタイプ……難しいですね」

「たとえば、身長は?」

「そうですね。私も背が高いので、高めが好きですね」

「性格は?」

「しっかりしている子が良いです」

「家庭的という意味?」

「あまり気にしませんね。私、料理や家事は得意ですし、ああ、でも、家を空にすることが多いので、やはりしっかりと自立したタイプが良いでしょうね」

「……たとえば、『士』の隊員はどうです?」

「『士』の……?」

「ほら」


 もうほとんど視線で答えを言っているようなものだが、好みのタイプという意味で合致していた。

 パオロ中佐は視線を辿って――そして、傍らのアリアナ中尉と視線が合った。

 アリアナは祈るような、縋るような、訴えかけるようなそんな切ない顔。


 時間が止まる。

 緊迫した空気が流れた。


 ただ、それは周囲とアリアナ中尉だけで、パオロ中佐ではない。


「ああ、そうか。アリアナ中尉は私の好みのタイプですね」

「……!」


 アリアナ中尉に喜色が広がる。

 ただし、パオロ中佐は空気が読めない。

 駆け引きではなく、彼は徹底的に空気を読まない。


「ただ、アリアナ中尉のような若者からすれば、私のようなオジサンにそういう目で見られるのは気持ち悪いでしょうし、今の発言は容赦ください」


 パオロ中佐は本気でそう言っていた。試しではなく、本音で謝罪をしているし、論外だと思っている。

 アリアナ中尉はため息を吐く。

 彼女が本気でアピールを続けていることは周知の事実だった。パオロ以外はよく知っている。

 過酷な暗黒大陸であっても、『穴熊』と『暴威』のコンビだからこそ、その余裕が生まれていた。

 見ている総員が内心思った。


 ――わざわざ、内地に帰る必要、ないのでは……?


 しかし、上官に対してそれは言えなかった。

 さらに『暴威』である中尉にあまり干渉することもできない。彼女の精神の均衡を乱すのは危険すぎるからだ。

 ただただ、総員がひとつの願いを持った。


 ――結婚しろよ、もう……。

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