暗黒大陸派遣準備
マクシムと結婚したナタリアのお腹は日に日に大きくなっていた。お腹を赤ちゃんが中で動いたのだ、と嬉しそうに報告してくれる。
彼女は体調を考えて基本的にジャーダ鉱山の屋敷に戻っていた。ただ、ジャーダの『士』支部で訓練を受けるマクシムのところまで頻繁にやってきた。
だが、その日。
二人で食事をしながら談笑していると、マクシムの顔色が優れないのを見て心配そうに顔を曇らせる。
「やはり訓練は厳しいですか」
「まぁまぁ。でも、意外と何とかなっているよ」
「それと、あの件も心配されているのですか?」
「うん……。ちなみに、続報はないよね?」
「はい。なかなか難しいですわ。足取りは掴めていません」
「そっか……」
「はい……」
あの件。
それは結婚の報告をマクシムの家にした時に聞いた話だ。
ちなみに、直接会うのを避けたのはマクシムの現状を説明するのが大変だったから。一通りのことが終わってから家に帰るつもりだった。
姉のゾーエ・マルタンは電話口でため息交じりに言う。
「そっか、結婚……。子どももできたんだ……。おめでと」
姉は結婚して既にそれなりの時間が経つが、まだ子どもがいなかった。そのせいか、少しだけ気分を害しているように聞こえた。
マクシムは気づかないふりをして礼を言う。
「ありがとうね」
「でさ、あんた、その……ルチアちゃんのこと」
「あー、うん。分かっているよ。でも、会わない方が良いんだろうね」
ルチア・ゾフ。
マクシムの婚約者を自称する少女のことを考えなかったわけではない。
だが、それは仕方ないことだと割り切って考えていた。
謝罪することも考えたが、それよりはもう二度と会わない方が良い気がしていた。
ルチアが本当に自分のことを好きだったとしても、実らなかった恋として、過去の思い出として貰った方が良いと感じていたからだ。
ただ、ゾーエはどこか言いにくそうに、
「実はさ、ルチアちゃん行方不明なの」
「え……」
マクシムは声を失う。頭を殴られたような衝撃。最悪の想像をしながら、自分ではない声のような掠れたものが漏れる。
「、行方不明って、もしかして……誘拐?」
「ううん。多分だけど、違う。ゾフ家のご両親も一緒にいなくなったんだけどさ」
「それはただの引っ越しじゃないの?」
「違うの。その少し前にルチアちゃんいなくなっていたから。それと、全く意味不明なんだけど、書置きがあったから自分の意志で動いたんだと思う」
「書置き? それはどんな内容?」
「心配しないで、とかそんな当たり障りないやつ」
「それ、無理やり書かされたとかじゃないの」
「分からないの、本当に。でも、字はルチアちゃんが書いたものだったみたいで……」
「何だよ、それ……」
本当に意味不明な状況だった。
ただ、ルチアがどうしてこのタイミングでいなくなったのか、不穏なものを感じていた。
「とにかく、あんたも調べられたらお願い。ほら、ナタリアちゃんって英雄の子孫だし、権力というか探す伝手みたいなのあるんじゃない? 頼んでみて。一応、義妹になったわけだし、義姉からのお願いってことで」
「うん、僕も気になるから探してみるよ」
マクシムは自分が特別警備隊『士』の一員になったことは言わなかったが、そちら方面でも人探しはできそうだと感じていた。まだ新人だが、階級だけは高い。
ちなみに、姉に伝えなかったのは、暗黒大陸派遣を終えたら『士』は辞するつもりだったから。過酷な任務に行くことで心配させたくなかったのだ。
『大魔法つかい』と会って交渉に成功すれば目的達成。その後はさっさと逃げた方が良い。
こういう武力組織と、マクシムは相性が良くないことを短い期間で理解していた。
「ありがと。妹たちも本気で心配しているからさ、どんな情報でも構わないから分かったことがあったら教えて」
「分かったよ。でもさ、僕、ちょっといろいろあって連絡が取りにくくなると思うから、もし分かったら、ナタリアから連絡がいくようにするね」
「? あんた、連絡が取りにくくなるってどういう意味?」
マクシムは「じゃあ」とすぐに電話を切った。
+++
暗黒大陸派遣への準備は着々と進んでいた。
マクシムは『士』の過酷な訓練を規律正しく受ける日々だった。
疲労困憊だが、必要なことだったので彼は真剣になって向き合った。
下手すれば死に直結するので当然の話かもしれないが、とにかく本気だった。
結局、あれ以降『案山子』による『大魔法つかい』とのコンタクトは上手くいかなくなった。
世界最高の魔法使いであるクラーラは呪詛による干渉すらも拒んでみせた。
どういう理屈かは分からないが、それだけ超越的な英雄ということなのだろう。
その間もルチアの情報は集まらなかった。
不可解なほど足取りが消えていた。
もう生きていないのかもしれない、そうマクシムは覚悟したくらいだった。
そうこうしていると、出港日時が近づいていた。
今回の暗黒大陸派遣はいつも以上の規模になった。
元々、マクシムが派遣されるということで竜も同乗する予定ではあった。
だが、彼の『竜騎士』の資格は暫定的。あくまでもナタリアの近くにいることが発覚していた。
そもそも背中を許してくれているのは英雄アメデオ・サバトの相棒であるキンバリーのみ。そのキンバリーが暗黒大陸へ赴くことを拒んだのだ。
いくつか理由は合ったようだが、『竜姫』ナタリアの傍から離れることに対する拒否反応が一番大きかった。それに、暗黒大陸という場所に対する拒否感も少なくなかったようだ。
最強の魔獣にとっても過酷な環境ということだろう。
ただ、サバト家出資による、竜を乗せるための船の新造は止めなかった。
中断しなかったのは、もしかしたら、何かの役に立つかもしれないという金銭的・精神的余裕からである。
その結果、生まれた新造船の巨大な積載量に合わせて、物資と人員を増やした。
それらの人員は戦力的には竜という最強の魔獣には及ばないかもしれない。
だが、人類の暗黒大陸進出という一歩には大きな利をもたらしていた。
ちなみに、今回の派遣メンバーの中にはウーゴ・ウベルティ大尉、マーラ・モンタルド大尉、リオッネロ・アルジェント大尉という昇任試験参加者もいた。
その中の一人、マーラ大尉とは立ち話をするくらいには親しくなっていた。
最初は警戒されたが、彼女はマクシムの訓練も部分的に担当してくれていたので、その縁で仲良くなっていた。
マクシムよりも下の階級ということで苦労は多かったようだが、優れた教師だった。
マクシムが、どうして派遣に参加したのか問いかけてみたところ、
「ボクはモンタルド家の人間の責務があるから。ただ、実際のところ、純粋に行きたかったからだよ」
ということらしかった。
こうして、派遣準備は着々と進んでいた。




