『案山子』を通した対話
『大魔法つかい』クラーラ・マウロのヒトガタはイーサンに暴言を吐いた。
クレート・ガンドルフィに比べてあまりにも弱い、と。
イーサンは苦笑している。
「剣の腕じゃ話にならないことは知っているよ」
『そういう話じゃない。クレートとは真剣さが違い過ぎる。あの子の強さは己の身をどこまでも真摯に捧げられるからで――』
クラーラのヒトガタは途中から急に彩度が落ちた。表情も硬くなり、人間味が消え失せる。
そこで『案山子』ハセ・ミコトが説明する。
「失礼しました。ヒトガタは私の制御下に置きました。ここから自由に質問をしてください」
「制御下にある……それは操作しているということか」と『W・D』。
「はい。先ほどまでは質問を引き出すために自由度を高めていました」
「つまり、都合のいいことを言うようお前が操作する可能性もあるということか?」
「それについては私を信じてくださいと言うしかありません」
「分かった。信じるぜ」
最初から『W・D』は疑っていたわけではなさそうだった。
どちらかといえば、釘をさす意味の方が大きそうだ。
そもそも、『案山子』の能力による対話は、一定の信頼関係が前提にあるからだ。
マクシムは意を決して質問をする。
「ごめん。ちょっと教えて欲しいんだ」
と、そこでマクシムは何から質問をすれば良いか分からなくなった。あまりにも確認したいことが多かった。一旦迷いながら訊ねる。
「えっと……『大魔法つかい』は今どこにいるのさ」
『幻想境よ』
「幻想境はどこにあるの?」
『口では説明できない。この世界とは位相の異なる空間だから』
質問の応答に問題はなさそうだった。
やや言葉の抑揚に感情が欠けているが、違和感は全くない。解答も明瞭である。
「じゃあ、どうやったら行けるの?」
『あたしが招くか、そうじゃなければ、『魔王』の死体――腐った樹の根元ね――に来れば入れる』
幻想境が暗黒大陸にあるという話は本当だったのか。
チラッとイーサンを見ると、彼は肩を竦めた。
「英雄たちが『魔王』を討伐した場所についてのデータならあるし、星を読めれば、到達することもできるかもしれないが……」
「魔王討伐後の今でも難しい?」
「ああ。竜に騎乗しても空からは難しいし、道なんてないに等しいから基本的には徒歩移動になるんだぞ」
そう簡単ではないということか。
マクシムは思いつく順に質問をする。
「『大魔法つかい』は回復魔法が使えるんだよね」
『ええ』
「それなら、たとえば、意識のない人を回復させられる?」
『できるでしょ、それくらいなら』
事もなさげに『大魔法つかい』のヒトガタは言った。
ナタリアを見ると、彼女は目を輝かせていた。「マクシム……!」と小躍りしそうなほど喜んでいる。
シラは身を乗り出し、餓えた犬のような目でヒトガタを睨んでいる。爛々と輝く瞳。
大喜びしている二人に水を差すかもな、と思いながらマクシムは質問を重ねる。
「本当に? どんな状態か分からないのに?」
『死んでないなら問題ないわ。あたしは『大魔法つかい』クラーラ・マウロよ』
「逆に言えば、死んでいたら無理ってこと?」
『死体は死体でしょ。生き返るなら死体じゃない。死体には魂が欠如しているから……』
不可能と明言しないのは世界最高の魔法使いとしてのプライドだろうか。
魂さえあれば可能。魂が定量化できるものかどうかマクシムには分からないが、『大魔法つかい』なりの基準があるということだろう。
「じゃあ、逆に言えば、死人を生き返らせられる人間がいたら、英雄たちは危険視するかな?」
『? 意味が分からない』
「……アダム・ザッカーバードって名前は知っているよね」
マクシムは踏み込んだ質問をした。
その結果、『案山子』のヒトガタはそれまでとは違った反応を示した。ワナワナと震えながら、
『アダム……! あなた、まさか、アダムの血縁……!?』
そこでハセ・ミコトが少しだけ驚いたように目を見開く。今までにない反応。
「まさか……?」
ただ、その理由を問い質す猶予はなかった。
すぐに『大魔法つかい』のヒトガタは周囲を見渡しながら呟く。
『アダムだけじゃない、そう、懐かしい顔が並んでいるわね……『士』、『竜騎士』、『案山子』……』
若く美しい女性だ。
クラーラは間違いなくそう見える。
だが、一瞬だけ目を細めた表情は、歳重ねた樹齢の老木を思わせた。
そして、その感情は複雑だが、明らかに喜びに属して見えた。
その時、鋭い一言が飛ぶ。
「すみません、そのヒトガタは私の制御を離れました!」
どういう理屈か分からないが、つまり、このヒトガタはほぼ『大魔法つかい』ということか。
マクシムは驚きで言葉を失う。いや、これはチャンスだった。息を飲みながら言う。
「『大魔法つかい』、教えて欲しい! なぜ、アダム・ザッカーバードは殺されなければならなかったのか?」
『アダムが殺された理由? いえ、殺した理由、ね……』
ヒトガタは苦笑いを浮かべる。
マクシムはその顔を見て、もう一押しだと思った。だから、さらに質問を重ねる。
「殺された理由、考えたんだ。アダムは誰も手にしたことのない力を手にしていたんじゃないかなって」
『ふーん、それは?』
「死者蘇生。どう?」
ヒトガタの笑みが濃くなる。口が裂けるのではないか、というほどニヤァ、と。
それは一瞬だけで、すぐに平静に戻った。
『アダムは良い人だった。間違いなく勇者たちの中で最も善人だった』
「え」
『アダムはいつも笑いながら料理を作ってくれた。どれだけ困難な旅であっても、あたしたちが万全の状態を保てたのは、アダムのおかげだった』
「…………」
なのに、どうして殺したのか――という疑問をぶつけられないくらい懐かし気な表情だった。
『アダムは『料理人』だった』
「それ。でも、材料は不明って聞いたんだけど……」
『誰が?』
「ア、アメデオ・サバトだよ」
『アメデオは分かっていなかったのね。そんなこと疑問に思う必要もないのに』
「じゃ、じゃあ、どういうことさ」
『材料なんていくらでもあったの』
「だから、それは何なのさっ」
ヒトガタは自嘲のような笑みを浮かべる。そして、端的に答える。
『暗黒大陸の生き物よ』
マクシムは思わず反論する。
「で、でも、暗黒大陸の生き物は食べられそうもなかったって! 実際、僕が見た『魔王の眷属』は食べるなんて絶対に無理だった――」
『食べられそうもないものも料理できた。だから、アダムは『料理人』なの』
「……そんな……」
それは非常にシンプルな答えだった。
『アダムも最高の仲間だった』
マクシムが言葉を失い、ナタリアを見ると、首を軽く傾げた。彼女が言う。
「では、どうしてアダム様は殺されなければならなかったのです?」
ヒトガタは目を伏せた。
『……最高の仲間であっても、彼の存在は非常に危険な可能性があった……』
「つまり、クラーラ様はアダム様の死の理由を知っているということですね?」
『まぁね』
ヒトガタは軽く首肯した。
マクシムはぞわっと沸き立つ感覚があった。
ナタリアも興奮で瞳孔が広がっている。意気込んで質問を重ねる。
「で、では、その理由を教えてください!」
『それは――』
その時だった。
『――――ごめんなさい』
出てきたのは、謝罪だった。
「え」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――』
まるで壊れた蓄音機のように、謝罪の言葉を繰り返す。
そして、『大魔法つかい』のヒトガタの瞳がグルッと裏返った。白目のまま嗤笑する。
『呪詛、ね。ここしばらく平和だったから無警戒過ぎたわ。もう二度とさせない』
ヒトガタはボンッと音を立てて弾け飛んだ。
後に残るものは何もない。
気まずい沈黙だけが残されていた……。




