回復魔法
アダムは死者を蘇らせれたのではないか。そして、その危険性から殺されたのではないか? というマクシムの推論を聞き、ナタリアは驚いたように目を丸くする。
そして、少し考えた後に首を横に振った。
「死者蘇生……いえいえ、いくらなんでもそれは不可能だと思いますわ。とても信じられません」
「でも、その力が存在したら、悪用されそうでしょ? 『料理人』を中心として大混乱が起きたんじゃないかな。それを『予言者』は知っていたから殺した。どう?」
「……もちろん、可能性としては考えられるかもしれません。根拠はありますの?」
「僕の能力って植物操作だよね。もしかしたら、この世に存在していない、回復作用のある植物を生み出したのかもしれない」
「それは根拠になりませんわ。何でもアリになります」
「でも、死者蘇生ほどではなくとも、通常では考えられないほどケガや病気を治療できる薬草を生み出した可能性はあるでしょ」
「それは……」
薬の効能を強化した植物ならば、おそらく生み出せる。
マクシムの『庭師』はそういうものだからだ。
それが死人に通用するかどうかは分からないが、そういう奇跡が起きたのかもしれなかった。
「……仮にそれが真実だとしても、アダムさまにその能力があった根拠にはなりませんわ」
「僕とアダムはよく似ていたんだよね。なら、同種の才能があったのかもしれない――って推論が絶対に正しいとはさすがに思っていないよ」
「ええ。仮定が多すぎます。やはり信じられませんわ」
ナタリアがそう言うのも当然だった。
正直、マクシムも自分の推論が合っているかどうか、ものすごく自信があるわけではない。
だが、その推論を確かめる術があった。確定させられなくとも、質問し、回答を期待する程度には確実な手段がある。
「だよね。僕も同感。でも、もしかしたら、その仮説が証明できるかもしれないんだ」
「それはどうやるのですか?」
「『案山子』」
「? 『案山子』、ですか?」
「僕たちずっと『案山子』を探していたでしょ」
「はい」
「元々アメデオ・サバトが提案してくれたからだけどさ、きっと『案山子』の能力なら人の本音を引き出せることを知っていたからだろうね」
「ああ、カルメン大佐が見せてくれましたわね」
「そういうこと。で、本物の『案山子』なら、あれ以上のこともできるらしいんだ。それこそ居場所不明の『大魔法つかい』を探して、アダムの死の謎を訊ねるくらいのことはできるはずだよ」
ナタリアは「ミッチェンさんが協力してくれるということですか」と納得する。
マクシムは「うん。イーサンが約束してくれたからさ」と補足する。
シラがそんなマクシムたちの会話を横目に、どうでも良さそうに言う。
「そんなことより、ニルデお姉ちゃん、どうする?」
「それも『大魔法つかい』を見つけることで解決可能できると思うんだ」
「どういうこと?」
「イーサンの話では、特警隊『士』の創設に尽力したジュリオ・ピコットって人物がいたんだけど、この人は暗黒大陸へ派遣された勇者だったんだ」
「英雄以外にも勇者がいたという話はひいおじい様に聞きました。そのうちのお一人ですか」
「そう。でも彼は、暗黒大陸上陸前に致命的な火傷を負ってリタイア。それを回復させたのが『大魔法つかい』らしいよ」
ナタリアが何かを思い出すように言う。
「ピコット……。確か、カルメン大佐もピコット姓でしたわよね。もしかして、血縁でしょうか?」
「うん、父親だって。イーサン・ガンドルフィの片腕として活躍したらしいよ」
「なるほど。世間は狭いですわね」
ほとんど伝聞なのに断言する奇妙さ。その居心地の悪さを覚えながらマクシムは咳払いをして結論を話す。
「でね、ここからが重要なんだけど、『大魔法つかい』は世界最高の魔法使いだ。究極の使い手である彼女しか使えない魔法があるらしい」
「それは、つまり」
話の流れからナタリアが理解できていることは分かった。マクシムは首肯する。
「うん、それが話に出た回復魔法だよ」
「回復魔法……それはたとえば、一般的な医療魔法とは異なるのですか?」
「らしいよ。医療魔法ってせいぜい血流の調整とかしかできないんだって。手術の補佐とかそういうこと。でも、回復魔法は致命的なケガや病気も治してしまう常識外の魔法らしいよ」
シラは希望があることを理解し、目を輝かせる。
「『大魔法つかい』ならお姉ちゃんを助けられる!」
「かもしれない、だけどね」
水を差すようなことを言うと睨まれた。
だが、マクシム自身にあるかどうかも分からない蘇生能力よりもよほど可能性は高かった。
ナタリアも「だから、暗黒大陸へ行く、と……」一応納得してくれたようだ。歓迎している表情ではないが、理解はしてくれているように見える。
まだ決定したわけじゃないから、とマクシムは前置いてから続ける。
「とりあえず、試しに『案山子』の件、お願いしてみようよ。ニルデが復活できる可能性があるなら、やって損はないと思うんだよね」
ナタリアは神妙に、シラは意気込んで頷いた。
――ということで、『案山子』による『大魔法つかい』捜索が決まった。
+++
そして、その作戦の決行日になった。
『士』の隊舎。
その中にある、最高幹部用の会議室にメンバーが集まっていた。
イーサン・ガンドルフィと『案山子』の器であるミッチェン・ミミック。それと、マクシム、ナタリア、シラの五人である。
ついでに、もう一匹――『W・D』も壁際に横になっている。名探偵は普通に眠っているが、さすがに作戦が始まれば起きるだろう。
それが『案山子』による『大魔法つかい』へのコンタクトの全メンバーである。
そして、『大魔法つかい』への接触を依頼されたミッチェンは青い顔をしながら、
「い、いや、どう考えても無理でしょ……」
完全に怯えていたし、緊張感漂う表情でそう言った。




