英雄が恐れた異能
イーサンの車は特別製だ。
その中にはベッドが据えられ、一人の少女が横たわっている。
剥き出しの手足はいたるところに傷がつき、片腕はそもそも存在しない。
そして、酸素マスクや体中のいたるところにさまざまな管がつけられている。
彼女はのびやかな肢体をしていた。
だが、もう長いこと昏睡状態にあるため、枯れ木のように痩せてしまっている。
延命措置。
人工的に命を繋いでいるだけで、少女の意識は失われたままだった。
少女の名は、ニルデ・サバト。
『竜騎士』であり、『武道家』でもあった娘だ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
シラは真っ青な顔になってニルデのベッドの足元に膝をついている。
ナタリアはワナワナと震えながら、マクシムに視線を向ける。
その瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「ど、どうして。どうして、お姉さまがここに……? ま、まだ、生きているのですか……?」
「うん、生きている。だけど、意識が戻らないらしいんだよ」
「どういうこと、ですの……?」
それはマクシムも問いかけた質問だった。
イーサンの答えは不明。だが、その予想は聞くことができた。
それはマクシムが提供した情報と統合して生まれた仮説だった。
「僕の目の前で死んだのは間違いなかった。呼吸も心臓も止まっていたから。でも、僕が埋めた後、どうやら生き返ったらしくて……」
「そ、そんなことが、ありえますの?」
「分からない。僕の確認ミスだったのかもしれないけど、おそらく違うと思う。延命措置は必要でも、ニルデは実際にこうやって生きている」
シラは幼児のように顔をクシャクシャにしながら涙を流していた。
押し殺すような声で先ほどから何度も「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」と呼び掛けている。それは無意識的なものなのだろう。身を切り裂かれるような、痛切な呼びかけだった。
「イーサンは、どうしてお姉さまの生存をワタクシたちに内緒にしていたのです? いえ、確か『いなくなった』と嘘を言ったではありませんか。その理由は?」
「ニルデが意識を取り戻さなかったから。あと、どう考えても生きているのがおかしいほどのケガだったから、らしい」
「どうしてイーサンの考えをマクシムが答えているのですか?」
「聞いたからね」
「イーサン、あなたの口から説明してくださいっ」
ナタリアがキッと鋭い視線を車外にいるイーサンに向ける。
殺気立った視線にイーサンは肩を竦めながら――マクシムは目線で謝意を伝えた――扉を開けて答える。
「俺から聞きたいことは何だよ」
「どうして嘘を言ったのですかっ」
「ニルデが生きていることは嬉しかったよ。でもな、俺には『士』頭領としての立場があった。だからだよ」
彼は車内には立ち入らなかった。ドアの境界線に立ち、慎重にそう答えた。
ナタリアの剣呑な態度に変化はない。
「立場? それはお姉さまよりも優先すべきことなのですか?」
「感情的には寄り添いたかったさ。だがな、俺は一回ニルデにフラれている。拒絶するにも理由があるって考えるのが普通だ」
「え? フラれるって……そもそも、お姉さまとイーサンって付き合っていたのですか?」
シラが少しだけ驚いたように顔をあげる。涙で崩れた顔だが、唖然としている。
「ナタリアお姉ちゃん、知らなかった?」
「ワタクシは全然知りませんでしたわ。秘密の交際でしたのね」
「全然隠してなかった」
「そ、そうですの……?」
ナタリアが自分自身の鈍感さに言葉を失っている。
少しだけ気勢が削がれたことを察したのか、イーサンは更に説明を続ける。
「そもそも、明らかな異常事態だったしな。『武道家』の件は知らなかったが、何か厄介ごとに巻き込まれているのも分かっていた。
それに、蘇生。つまり、奇跡に分類される事態だ。
どうしても『士』としては何が起きているか把握する必要があった」
そこでイーサンは言葉を切り、ため息交じりに続ける。
「――という、建前がなければ、ここまで手厚い延命措置は難しかったんだ」
「え」
「一日中これだけの医療器械を安定して動かすのはな、金銭的にも電力的にも魔力的にも大変だってことは理解してくれ。俺の立場を利用して手厚く看護しなけりゃ、こうやって延命も難しかったんだよ」
そこでイーサンはナタリアとシラに少しだけ頭を下げた。それは立場が許す最大限の謝罪だった。
「このままニルデは助からないし、意識を取り戻さない可能性も高い。だから、お前らに教えることは止めた。
……それ以上の話はもうマクシムとしたから、そいつから聞いてくれ」
イーサンは車から出て離れて行った。その時にマクシムは横顔が泣きそうになっているのを見てしまった。申し訳なさを感じて、内心で謝罪する。直接の謝罪はプライドを傷つけるかもしれないので――状況に応じて行動しよう。
ナタリアはマクシムを見る。
まだ涙ぐんでいるが、彼女の方がシラよりは毅然としていた。
「少しだけ立場は理解しましたわ。ただ、やはり釈然としないものはありますわ」
「イーサンも何も分かっていないに等しいんだよ。でも、これはもしかしたら、僕の異能――いや、アダム・ザッカーバードの死につながる話かもしれないんだよ」
「つまり、アダムのことを、七人目の英雄のことをイーサンにも話しましたのね」
「うん。その結果、僕たちは一つの推論を思いついたよ」
「それは?」
マクシムとしても荒唐無稽な想像であった。
だが、それくらいでなければ、英雄たちが仲間に手をかけることはなかったのではないか、とも思った。
最強揃いの英雄たちから見ても逸脱した才能があった――だから、アダム・ザッカーバードは殺されたのではないか?
では、その能力とは?
「英雄たちが恐れるほどの異能――アダム・ザッカーバードは死者蘇生能力を持っていたんじゃないかな?」




