『弾丸』
聖剣『テイルブルー』は防御性能に特化している。
まず第一点として、その保有者となった瞬間からある種の異能力を退ける。
要は、その使い手は呪いや魔法に対して、絶対的なアドバンテージを手にする。
つまり、『士』は『大魔法つかい』や『案山子』の天敵だった。
ただし、これは聖剣の付随機能でしかない。あくまでも補助的なものだ。
完全発動させた『テイルブルー』は剣の形を失う。そして、微粒子として周囲の空間――おおよそ半径五〇メルに拡散する。
使用者を中心としておおむね球状に散った『テイルブルー』は、微粒子の状態で聖剣の能力も保持している。
その粒子一つ一つで、規定された教義により攻撃判定されたものを自動的に迎撃する。
剣だろうが、弓だろうが、銃だろうが、砲だろうが、魔法だろうが、毒だろうが、その空間内に攻撃が届くことはない。
これは英雄として『士』が経験してきた、聖剣に蓄積された戦闘情報のおかげだ。
聖剣『テイルブルー』自体が魔王討伐という過酷な戦いで成長していた。
ちなみに、英雄『士』クレート・ガンドルフィは鞘に入った状態で常時完全発動させられたが、イーサンには不可能だ。
剣を抜き、意識を集中させなければ難しい。
だが、それでも腰に佩びているだけで、自身に降りかかる災いの大部分を退けられた。
聖剣『テイルブルー』の防御を突破するためには、ドクトリンに引っ掛からない攻撃である必要がある。
故に、攻撃判定されない攻撃が可能な達人である『武道家』は『士』にとっての天敵になる。
このような形で、英雄たちは化け物揃いだが、それぞれで相性が存在していた。
また、クレートには可能だった、微粒子状態での聖剣の攻撃運用もイーサンには無理だ。
というよりも、それはクレートだから可能という例外でしかなかった。
史上最強クラスの天才剣士だからこそ叶う技。
聖剣を生み出した『旅人』でさえも想定していなかった絶技。
聖剣の能力は、あくまでもドクトリンに沿って迎撃。
それでも、その絶大なる防御性能を引き出せる人間はいなかった。
クレートの死後五十年以上、イーサン以外に聖剣の使い手になれる人間は存在していなかった。
イーサン・ガンドルフィは『士』という組織が必要とし続けた希少な才能の持ち主である。
ただ、イーサンは自分自身で攻撃する手段が必要だった。
その点について、彼の異能力で解決していた。
それがあったから、イーサンは聖剣の使用者としてだけではなく頭領として『士』全隊員から認められていた。
その能力名は――『弾丸』。
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「攻守交代だ。ゆけ、我が一撃、我が『弾丸』を!」
――と、イーサン・ガンドルフィは叫んだ。。
その時、聖剣『テイルブルー』が一瞬だけ収束し、剣の形を取り戻す。
だが、それは本当にまばたきをするほどの刹那であり、すぐ消滅。
ただし、その消滅には指向性があった。
真っすぐ竜たちが密集した地点――つまり、ナタリアの手前の地面に向かって一筋の青光が照らされる。
爆発的に光量を増す。
それは本当に一瞬の煌めきだった。
能力名『弾丸』。
簡単にいえば、受けた攻撃を蓄積し、無形の『弾丸』として形成し、射出する能力だ。
衝撃を蓄積すればするほど、その威力は高まる。
理論上その蓄積量は無限であり、個人が保有する異能力としては最大級の攻撃力を誇る。
だが、問題点がいくつもあった。
まず衝撃の蓄積に失敗すれば、その反動を直に受ける。場合によっては自身の命すら危うい。
更には反撃に使用するために、照準を合わせるのが異常に難しかった。
だから、イーサンの能力は『射手』ではなく『弾丸』。撃つ者ではなく、その身を捧げ・削ることで操る物なのだ。
元々『弾丸』は欠陥能力というカテゴリーにあった。
それが解消したのはイーサンが聖剣『テイルブルー』を手にできたから。
彼は様々な意味で奇跡の子だった。
そして、真価を発揮した『弾丸』は凄まじい精度と威力を持って、地面を穿つ。
はずだった。
フフッ――と、ナタリアは微笑む。
最愛の人物はマクシムだったが、イーサンとの付き合いも長い。
もしかしたら、結ばれていた可能性さえもある程度には近しい。
だから、分かっていた。
何をするかは分からないが、何らかの策を用意していることは分かっていた。
その程度には信頼していた。
予感が的中したからこその微笑である。
ナタリアは竜たちを下がらせない。むしろ、少し前に出させた。
それはまるで攻撃を読んだかのような、タイミングに合致した動き。実際に、声に反応して動かした。
攻撃が届くまでは一瞬であり、ナタリアも歩みを進めたため『弾丸』の直撃コースとなった。
イーサンは目を見開く。
だが、一度発射された『弾丸』は止めることができない。
そもそも、竜たちの攻撃を受け続けたそれは、人類が行使できる最大級の威力にまで高まっていた。
『弾丸』が直撃した場合、肉片も残らないだろう。
避けることも受け止めることもできない。
ナタリアが『竜騎士』であろうとも、肉体そのものが特殊なわけではないのだから――。
イーサンの頭の中が真っ白になる。
当てるつもりなどない。
ナタリアの実力行使に対して、思い通りにさせないという示威のためのパフォーマンスだった。
自分が傷ついても、彼女が傷つくのは避けていた。
まさか反応できるとは思っていなかった。
それなのに、ナタリアが死ぬ。
愛する少女の妹が死ぬ。
いや、大切な幼なじみが死ぬ。
それは後悔しかない想像だったし、一瞬の間にそれだけ考えられる、加速する感覚があった。
――だったが、想像とは違った光景が目に入る。
それは後ろに控えた十頭の竜たちの動きだ。
まるで、ナタリアの背後に控える形で、首を低くし、何かを捧げるようだ。
いや、それは波動として現れた。
目に見える形で空間が歪む。
波動の正体は魔力。
竜が生み出した膨大な魔力がナタリアに集中する。
集中した魔力を使ってナタリアは腕を振るう。
轟音と共に生み出される一撃。
イーサンの攻撃が直撃する瞬間、ナタリアは無形の『弾丸』を赤い波動で上空へ弾き飛ばした。
『弾丸』は消滅し、その余波でナタリアの足元の地面が削れる。
ナタリアの周囲から魔力の波動が消える。
「え?」とイーサンが顎が外れそうになりながら驚いていると、ナタリアは言う。
「あなたが『弾丸』ならワタクシは『咆哮』ですわ」




