七十六年前 旅立ち直前
遡ることおよそ七十六年前。
それは勇者全員が顔を合わせた時の話である。
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世界を滅ぼす魔王を打倒するために集められた勇者は五十名を超えた。
王城の大会議室に集められた勇者たちはいずれも一騎当千の怪物。無名・有名に限らず、明らかに雰囲気が達人のそれである。
ジュリオ・ピコットも魔法使いとして国内屈指の地位にいる自信があった。
しかし、それでもこの中では最低レベルに位置していることは予想できた。
たとえば、有名どころであれば、ルカ・モレッティ。槍使いとして騎士団団長の地位にある美丈夫だ。
獣人種のフランチェスカ・ベッリーニは素手で銃器を持った警官隊を壊滅させた死刑囚だったが、今回の作戦に投入されることで恩赦を受けたはずだ。
ジョバンニ・ガッリ、ルイジ・カルボーニ……ジュリオでも知る怪物が他にもいる。
だが、今回の勇者で最も注目されているのはわずか十歳で国内の剣術大会を優勝。以来、あらゆる大会で全勝中のクレート・ガンドルフィだろう。
まだ十二歳の天才剣士が魔王討伐隊に参加するかどうかは注目の的だった。
年齢的にはまだまだ幼いが、実力的にはこの中でも最高峰にあるはずだからだ。
おそらく、壁際にいる幼さの見え隠れする少年がクレートだろう。
筋肉のつきは薄いが、隙のない立ち居振る舞い。余裕のある表情で、わずかに目を閉じて立っている。
あと、伝説の『竜使い』の一族、サバト家の人間も参加するという噂があったが、この場にいるかどうかは分からなかった。
本当にいるとしたら驚きだが、最強の魔獣である竜をどうやって暗黒大陸まで運ぶのかは分からない。
この派遣のために、最新鋭の蒸気タービン艦が建造されているという話も聞いたが、もしかしたら、それが竜を載せられるほど巨大なのかもしれない。
そんな多彩な勇者たちの中、ジュリオが密かに注目している人間が二人いた。
異彩を放っているのだ。
一人はまだ幼い少女だ。
もしかしたら、十二歳のクレートよりも年下かもしれない。
だが、非常に整った顔立ちと、妙に長い耳が特徴的だ。
まるでエルフ種のようだが、隠遁してしまった種族の彼女たちがわざわざこの世界の問題に顔を出すとは考えづらい。
そして、その隣にいるもう一人の男性は、この中で飛びっきりの年長に見えた。
とても戦えるとは思えないほど枯れ木のように痩せた老人だ。
総白髪であり、背筋も曲がっている。眠いのかウトウトしている。
二人ともが他の達人たちとは異なり、とても暗黒大陸での派遣に耐えられるとは思えない雰囲気だった。
あるいは勇者ではなく、誰かの従者などの可能性もあった。
そうやって互いに面識があるわけではないので、周囲の人間の顔色を窺ったり、警戒する中、今回の派遣を考えたという役人がやってきた。
サルド・アレッシと名乗る彼が今回の派遣を計画したらしい。
サルドは挨拶もそこそこに、眼鏡を指で持ち上げてからみんなの前で言う。
「この中の五十四名とあと一名を加えた五十五名で魔王討伐に向かいます。先に言いますが、この中で魔王を倒す場に辿り着くのはわずか六名だけです。しかし、五十五名が揃わなければ、その場に辿り着けなかったということは我が保証します」
それはまるでこの魔王討伐が成功することを知っているかのような口ぶりだった。
まさかただの役人にしか見えないサルド・アレッシが『予言者』と呼ばれるようになることも、そもそも、この派遣に参加することもこの時には分からなかった。
サルドは続ける。
「それでは顔合わせということで自己紹介をしてもらいましょうか。では、壁にいる彼からお願いしましょう」
それはクレート・ガンドルフィと目されている少年からだった。彼は落ち着いた様子で言う。
「僕の名前はバジーリオ・スキーラ。『拳聖』イザベッラ・カレンツィの代わりにこの暗黒大陸派遣に参加します。まだ年は若いですが、『無武道』師範代の地位にあります。よろしくお願いします」
クレートではなかった。
『拳聖』イザベッラの代わりということは実力は保証されているだろうが、無名の少年の参加は驚きだった。
死地ともいうべき難題に参加しても問題ないほどの才覚の持ち主なのかもしれない。
ジュリオはそれぞれの自己紹介を聞きながら名前を刻みつけていた。
その途中、背の高い二十代半ばほどの男性が自己紹介する。
「アメデオ・サバト。結婚してサバト家に入った。『竜使い』の一員としてこの戦いに参加する。えーっと、そうだな。妻は現在妊娠中なので絶対に生きて帰るつもりだ。よろしく」
『竜使い』の一族! とジュリオは瞠目する。
後々、『竜騎士』と呼ばれるようになる彼は普通の男性にしか見えなかった。
その後の自己紹介で一人、とても奇妙な女性がいた。
その女性は名乗らなかったのだ。
ただ、一言だけ。
「私は『案山子』」
とだけ言った。
表情があまり変わらない、二十歳くらいの獣人種の女性だ。
一部で「本物か?」とどよめきが起きていた。
その時のジュリオは知らなかったが、裏社会で有名な殺し屋ということを後々に知ることになる。
そうやって自己紹介が続き、最後の二人になった。
一人目は先ほどの少女だった。
彼女は胸を張って言う。
「あたしはクラーラ・マウロ。世界最高の魔法使いよ。絶っ対にあたしが魔王を倒すから安心しなさい」
幼い少女にしか見えないし、あまりの威勢の良さに一部で笑いが巻き起こる。
だが、その言葉が真実であることを次の日にはこの場にいる全員が痛感する。
世界最高どころか、次元の違う究極の魔法使いであることを知り、彼女がいれば魔王打倒も夢物語ではない――と。
そして、最後の一人になった枯れ木のような老人が立ち上がる。
どうしてこの場にいるのか分からないという視線が集まる中、一回老人性の咳払いをしてから言う。
「俺の名前はクレート・ガンドルフィ。こんな外見だが、年齢は十二歳だ」
おそらくは歴史上最も才能のある剣士が、その剣才の最も輝かしい時期の全てを捨てて一振りの剣を手に入れた。
聖剣『テイルブルー』という、そのためだけに――。
その覚悟の重さを知り、その場の勇者たちは絶句する。
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もう覚えている人間はほとんどいないし、記録としても残っていない。七十六年前、勇者が英雄になる前のお話である……。




