実力証明
ナタリアの激怒に呼応して竜のリトルが吠えた。
リトルは竜としてはかなり小型だが、それでも周囲の大気がビリビリと震える。
ひぃっと悲鳴をあげて、ミッチェン・ミミックが地面に小さくなって転がる。何か小声でブツブツと言っているが、恨み言か忌み言かは聞き取れない。
『W・D』でさえも立ち上がって、すぐに動ける体勢になった。
マクシムはナタリアを宥めようとするが、その前にイーサンが動く。
イーサン・ガンドルフィ、『士』現頭領は剣を抜き放てる体勢を取った。威嚇の意味だろう。
「おい、ナータ、どうするつもりだ? 俺たちと戦うつもりか?」
「イーサンは知っているでしょう? ワタクシは争い事が苦手なのですわ」
「その割には戦意満々じゃないか」
「皆さまと戦うことはしません。ただ、誇示させていただきます」
誇示?
ナタリアは穏やかな笑顔を浮かべながら、オーケストラの指揮者のように指を振り上げた。
振り下ろした瞬間、爆発する光が見えた。
音はまだ届かない。
なぜならば、距離は遥か遠く、それらは音よりも速く動くからだ。
光源は上空。
その島にいて意識のある者全てが空を見上げた。
そして、見た。
竜だ!
一頭や二頭ではない。
十三頭にも及ぶ竜が島めがけて落ちてきた。
それはまるで巨大隕石のような圧力を伴い、こちらに迫ってきている。
それを見て、ミッチェン・ミミックはついに気を失った。
イーサンは彼女を庇うポジションで体勢を低くする。すぐにでも剣を抜き放てる体勢から、すぐにでもナタリアを切り捨てられる体勢になった。
「ナータ! お前、何をするつもりだ!」
「見れば分かりますわ」
そして、振動。
竜が着地した衝撃で島全体が揺れる。
十三頭の竜の生み出す揺れは、島が割れるのではないかというほど大きい。
マクシムにはナタリアが何をするのか予想できた。
『W・D』も同様だろう、万が一の被害を考えて、マクシムの足元に小さくなった。
マクシムも樹々を操作し、万が一の事態に備える。
ナタリアは「お願い」と一言だけ。
その言葉で、空から降って来た竜たちは島を蹂躙し始める。
尻尾を振り回し、爪先を突き立て、炎が弾け散った。
樹々を薙ぎ倒し、地面を掘り返し、湖を爆散させる。
振動と轟音。
その迫力は大量の爆弾が立て続けに爆ぜたようだった。
この世の終わりのような凄まじい衝撃を感じながら、マクシムは引きつった笑みを浮かべる。
平然としているのはナタリアだけだ。
『W・D』でさえもわずかに顔をしかめている。
イーサンは戦闘態勢を解いていないが、冷静に見に徹している。
破壊音に耐えられなくなり、マクシムは耳を押さえて体勢を低くする。
『W・D』を含め、その場にいる全員を包むように音と衝撃を緩和するために樹でガードした。
ナタリアは構わないかなと一瞬思ったが、位置的にそのままカバーする。
仮に爆発で生まれた破片が飛んできたとしても、ナタリアが傷つくとは思えない。待機したリトルが防ぐだろう。
「大丈夫ですよ、マクシム」
ナタリアはこちらに視線を送り、柔らかく微笑んだ。
そして、その瞬間攻撃が終了した。
「マクシム、この樹をよけてくれませんか」
「えーっと……うん」
マクシムは視線を少しだけ揺らしてから樹の囲いをバラした。
開かれる視界。
そこには整然と並ぶ十三頭の竜がいた。
首を低く垂れ、完全服従の姿勢。
それまでの大暴れが信じられないほど従順だ。
その背後に見える森だったものは、荒野へと生まれ変わっていた。
森の先に海が見えた。
ほんのわずかな時間で、それほどの破壊が行われていた。
ただ、人的な被害は皆無。
イーサンは剣から手を離し嘆息。そして、呆れたように言う。
「この破壊に何の意味があるんだ?」
「一つ目、ワタクシは争い事が苦手ですわ。ですが、それは感情的な意味であり、実行できないわけではありません」
「実力の証明、と。他には?」
「二つ目、マクシムの能力が堅牢と言いましたね。ですが、ワタクシの手でも壊せる程度のものですわ。過大評価。つまり、暗黒大陸派遣は酷です」
「さてな。複数頭の竜の暴力と同等の攻撃は『魔王の眷属』でも考えづらい。マクシムの厚みは十分評価できる」
「……三つ目、ワタクシの排除を納得できないことへの抗議ですわ」
なるほど、とイーサンは頷いた。
「全く納得できないが、言いたいことは理解した」
「納得もして欲しいですわ」
「それにしても、十三頭の竜ね」
イーサンはそこで十三頭の竜を順々に見てから、首を傾げる。
「『竜騎士』ってのは人竜一体。竜に騎乗して戦うと思っていたが、お前は違うんだな。ナータ」
「ワ、ワタクシはできますものな」
「しかも、複数頭を同時に使役していた。そんなことが可能なんて『士《俺たち》』も知らない情報だな」
「……何のことでしょうか」
「秘密主義、と。まぁ、この破壊の意味は理解できたが、意味はなかったな。俺はそれでもナータの派遣を認めない」
「イーサン!」
イーサンはふぅとため息。
「ダメな理由はいくつかあるが、俺も実力行使で証明するか」
「え」
戦闘が始まるのか、とマクシムは一瞬焦るが、違うようだった。それでも一応ナタリアを守りやすいポジションを取る。
イーサンは竜たちを見ながら言葉を続けた。
「最強の魔獣、か。俺は『武道家』よりも弱いからな。普通であれば一対一でも勝てない」
そして、イーサン・ガンドルフィは剣を抜き放つ。
「だが、十三頭の竜を手玉に取るくらいのことはしてみせよう」
彼が手にする聖剣の名は『テイルブルー』。英雄クレート・ガンドルフィが生み出した最強の剣。
深い透明の青い剣身――それは海のような色合いをしていた。




