『竜騎士の娘』
――それはマクシム・マルタンがニルデ・サバトの死体を埋めている時の話だ。
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竜は天馬に次ぐ、世界二番目の長距離飛行速度を誇る。
単純な瞬間速度であればもう少し下位になるが、なんといっても巨体故の異次元のスタミナがある。
だから、すぐに竜は自分たちの街に帰っていた。
鉱山の街――ジャーダに。
ジャーダは鉱山の街であるが、その採掘量は決して多くない。
なぜならば、竜の生息地であるからだ。
別に竜が採掘を邪魔するというわけではない。
ただ、世界最強の魔獣である竜の生息地なのだ。
聖地として、立ち入りがごくごくわずかな人間に制限されていた。
そもそも、まともな感覚の人間からすれば、世界最強の魔獣の足元で作業など、怖くて仕方がないのだろう。
ただ、それでもジャーダが鉱山として成立しているのは、採掘量以上に凄まじいまでの含有量を誇るため。
国内でも他の追随を許さないほどの鉱物含有量を誇る。
これにはキチンと理由がある。
竜は鉱物も食し、その排せつ物が長年堆積したからであった。
竜が鉱物を食す理由はいくつか仮定があるが、実際にはアンタッチャブルな存在なので仮説ばかりが積み重なっている。閑話休題。
そして、そんなジャーダの街の鉱山の頂に一邸の屋敷がある。
現在は三人しか住んでいないが、かなりの豪邸だ。
三人の一人は老齢の男性。
もう一人は獣人族の幼女。
最後の一人が若い少女である。
その最後の一人はその日、屋敷の庭でぼんやりと空を見上げていた。
空が近い屋敷では、雲の動きがよく分かる。
ジャーダは海も近いため、潮風によって流れが早い。
視界の端では竜が飛んでいるが、朝の給餌なども終わり、少女はすることがない。
彼女の姉なら竜の背に跨り、空の散歩としゃれ込んだかもしれない。
そんなことを考えながら、幼い竜が上手に飛んでいるのを見て微笑む。
以前に比べてボーっとする時間が明らかに彼女は増えていた。
突然、家を出てしまった姉のことを考えているのだ。
説明がない、あまりの突然の出奔。
何が気に入らなかったのだろう、と少女は不思議だったのだ。
ただ、元気でやっていて欲しいと心の底から願っている。
しかし、その願いは叶わない。
にわかに、空が騒がしくなってきた。
幼竜が高い声で吠えている。
何事だろうと、視界の端に飛び込んできたのは。
「フレッチャー!?」
それは姉と共に姿がみえなくなっていた若い竜だった。
まだ豆粒のように遠くだが、見間違えるわけがない。
少女は笑顔になる。
お姉さまが帰ってきました!
そう考えたからだ。
竜と一緒に去ったのだから、竜と一緒に帰ってくる。
それは自然な発想だろう。
二人きりの姉妹であり、両親がもう亡い彼女にとって数少ない肉親だった。
冷静に考えると、寝たきりになっている曾祖父ももう長くないだろうから最後の肉親ということになる。
だが、少女は怪訝な表情になる。
「フレッチャー? あら?」
妙なものが見えたのだ。
口元が赤い。
それに、何か小枝のようなものを咥えている。
少女は嫌な予感に襲われる。
違っていてくれ、と祈るような気持ちでフレッチャーの帰還を待った。
フレッチャーは静かに降り立った。
竜はかなりの部分を魔力で飛行しているため、風を起こさないことも可能なのだ。
そして、フレッチャーは咥えていたものを、
「あ、あ、あ……」
少女の前に置き、高々と哭く。
ただ、少女はそれどころではなかった。
フレッチャーが持ってきたもの、それは人間の腕。
しかも、誰のものかをよく知っていた。
不自然なほど傷だらけになっていたが、見間違えるわけがない。
生まれてからずっと一緒に生きていた相手の腕なのだから。
そして、何が起きたのか理解を拒否しながらも――心の奥底で理解していた。
「きゃあああああああああああああああああ!」
少女の悲鳴に家の中にいた獣人族の幼女が駆け寄る。
そして、少女の上空を竜がグルグルと飛ぶ。
フレッチャーも高々と哭く。
それは弔意を表しているようだった。
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少女の名前はナタリア・サバト。
ニルデ・サバトの妹であり現代の『竜騎士』。
竜に騎乗できない『竜騎士』だ。




