昇任試験終了
マクシムは信じられない状況に絶句していた。
最終手段として召喚した竜の敗北。
しかも、英雄『竜騎士』アメデオ・サバトの盟友ともいえるキンバリーが負けたのだ。
死んではいないが、横たわる姿はほとんど屍にしか見えない。
それは信じ難い光景だった。
あまりにも展開が速く、理解が追いついていない。
ただ、背中と脇に冷たい汗が流れ、不思議なほど動悸が乱れていた。怖い。何も分からない。どうして。嘘だ。信じたくない。何がおきているのか。
いや、心のどこかで理解していたのだ。
「噓、だよね……」
ボソッと呟くが、マクシムはこの現実が変わらないことを理解していた。
だが、最終手段が失敗した以上、もう打つ手はなかった。こちらの敗北はほとんど決まったようなもの。
それはジャンマルコ特務大尉も分かっているのだろう、彼は余裕の表情で言う。
「悪いけど、僕には絶対に勝てないから」
マクシムは慌てて木陰に隠れる。
意味はないかもしれないが、まだ諦めたくなかった。
ジャンマルコは更に続ける。
「で、降参する気はある? たとえ『竜騎士』であっても僕には勝てないって証明できたと思うんだけど。僕としてはあんまり傷つけたくないんだ。君は重要人物だ。なんといっても、うちの頭領の幼なじみの大切な人なんだからね。本当にこのまま諦めてよ」
「……え? 頭領?」
「知っているでしょ? イーサン・ガンドルフィ。『竜騎士』ナタリア・サバトの幼なじみなんだから」
「は? え? 『士』の頭領がイーサン? ガンドルフィって英雄と同じ姓? どういうこと?」
マクシムは一気に混乱する。
イーサンがそんな立場にあるなんてナタリアから聞いていないし、おそらく彼女も知らないのではないだろうか。
だが、ジャンマルコも困惑しているようだ。
「え、知らなかったの?」
「いや、見習いって聞いたけど?」
「…………」
「…………」
「このまま黙って消えてくれないと、消すしかないかな」
「自分の失言なのに!?」
冗談めいた言葉だったが、本気で思っている可能性は低くなかった。
ただ、会話時間は冷静になる猶予になった。
マクシムは素早く考えをまとめる。
元々『士』に入りたい理由は『案山子』について疑問が生まれ、調べたかったから。
『案山子』を調べたかったのは『大魔法つかい』の所在について調べられる手がかりだから。
そもそも、『大魔法つかい』に会いたいのは曾祖母の兄――『料理人』アダム・ザッカーバードがどうして仲間の英雄たちに殺されたかを知りたいから。
さて、ここで『士』の頭領がイーサンだったことが判明した。
となると、『案山子』の情報を隠したと感じたマクシムの直感も当たっていた可能性が出てきた。
イーサンはこちらの状況を知らない。
であれば、ナタリアに対して危険な人物の情報を知らせなかったというのはそうおかしな想像ではない気がする。
――どちらにしろ、勝つしかないのか。
この場で勝つことができれば、実力を証明すれば、きっと聞く耳を持つはずだ。
マクシムはジャンマルコの正体を考える。
『武道家』に勝利したという噂。
そして、竜に勝つところは目の前で見た。
そこから想像できることは――たとえば、強さを反転させる能力者というのはどうだろうか?
竜は最強の魔獣だ。
それに『武道家』も世界最強の人間だ。
それに、マクシムの能力もかなり規模が大きいと思う。
強い相手に強いというのはありえそうな話だった。
ハッキリ言ってジャンマルコは強そうな人間には見えない。
ほっそりとした、可愛らしい顔立ちの美少年だ。
激しい鍛錬などを積んできたとは思えない。
つまり、強さを反転させる能力者というのはありえそうな話だ。
というか、あまりにも正体が分からなさすぎて、マクシムではそれくらいしか思いつかなかった。
ならば、勝つために必要なことは、あまり喧嘩の強くない、いや、ハッキリと弱い人間による直接攻撃。
作戦はシンプルだ。
マクシムは喧嘩が弱い。
というか、ほとんどしたことがない。
暴力は苦手だ。
正直に言うと怖い。
だが、マクシムの直接攻撃、拳による一発なら勝てるかもしれない。
ジャンマルコと単純な腕力勝負になれば、戦闘慣れしていないことを差っ引き、農作業で鍛えられた分を加味して、悪くない気がする。
勝つために必要だとしたら、覚悟を決めるしかなかった。
「うわあああああああ!」
マクシムは自分を鼓舞するために、いや、恐怖心を払拭するために叫んだ。
ジャンマルコは笑う。
「無駄なのに。僕には絶対に勝てないよ」
マクシムは念のために能力を作動させ、樹の枝でジャンマルコを打ち払う動き。
これはあくまでも牽制だ。
それとは別の樹も操って、ジャンマルコまでの『道』を作り出す。一直線。太い枝による道。
マクシムは身体能力が高くないので、ほとんど樹の動きだけで特務大尉に近寄る。
――と、その時だった。
「え」とマクシム。
「え」とジャンマルコ。
「え」と誰かも言った。
その誰かは偶然にもジャンマルコとマクシムの中間に近い位置にいた。
遮るわけではなく、不意打ちのためにやや隠れるポジションがそこだったというだけ。
その誰かは二人をほぼ同時に倒すために隙を伺っていた。
その誰かの名はウーゴ・ウベルティ大尉。
片腕を上位存在『旅人』に捧げ、他者の認知に干渉する能力を得た契約者。
彼は不可知の存在だったが故に、マクシムもジャンマルコもいきなり出現したように見えた。
ウーゴは片腕を失ったが、不屈の精神で戦場に戻って来た。
持っていた浄水器で傷を綺麗にし、肩口を縛り付けることでどうにか復帰できたのだ。
マクシムは植物操作能力で、ジャンマルコを打ち払おうとしていた。
だから、それは本当に偶然の結果。
マクシムの枝での打ち払いは偶然にもジャンマルコとウーゴの二人とほぼ同時に当たった。
二人は避けられず、ぶっ飛ばされる。
高々と宙に舞う二人。
二人とも不意打ちに近い体勢で無防備だったため、木の葉のように軽く吹っ飛んだ。
不思議なことがあった。
ウーゴがぶっ飛ばされるのは当然かもしれない。
だが、それまで何のダメージも与えることができなかったジャンマルコもぶっ飛ばされていた。
何が起きたのか分からないが、今までとは違った手応えがあった。
攻撃が当たったという感触。
「え? どういうこと?」
ポツリと疑問を呟くが、答えはない。
ただ、マクシムの目の前で倒れた二人はそのまま起き上がることができなかった。失神していた。
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脱落者――ジャンマルコ・ブレッサ特務大尉およびウーゴ・ウベルティ大尉。
『士』少佐昇任試験合格者――『庭師』マクシム・マルタン。




