『庭師』VS『絶対』 その二
マクシムは能力を発動しながら、周囲を観察していた。
ジャンマルコ特務大尉を打破するための無差別広域攻撃だが、これが上手くいくかどうかは分からない。
祈るような気持ちで、マクシムは待っていた。
ドクン、ドクンと鼓動がうるさい。
静かな、本当に静かな世界だった。
自分以外の存在が、どこにもいないのではないか、と感じるほどに音がない。
聴覚以外の感覚――森林の、緑と腐葉土の臭いに混じった微かな潮の匂い――嗅覚や、肌とこすれる木のザラザラとした感触――皮膚覚が強調される。
恐怖ではなく、作戦の成功に対する期待が緊張を高めていた。
正体不明の特務大尉。
まるで『庭師』の能力を意に介さない脅威。
『士』に食い込むために、必要な勝利の敵。
そこで、マクシムは酩酊感に似た気分になりながら、ふと奇妙なことに気づく。
静かすぎる。
そこでマクシムは見た。
地面の途中に、樹の枝に引っ掛かった鷹がいる。
『庭師』の創り出した、睡眠性の薬物の効果で寝ているだけだろう。
そう思い、視線を外そうとしたその時、ふと違和感を覚える。
その正体を見極めるために目を凝らし、理解する。
「あ!」
と、思わず声を出した後、マクシムは己の能力を即解除。
そして、彼自身が眠らないよう創っていた、睡眠効果を打ち消す薬物を散布した。
先ほどとは異なった理由で、鼓動がうるさい。
自分の失敗を理解し、マクシムは内心で頭を抱える。
マクシムの薬物散布の能力に指向性はない。
一定の空間に無差別に薬物を撒くことはできるが、それは範囲指定を行っただけ。
特定の人物だけを狙うことはできない。
ある程度の感知能力があるが、何故かジャンマルコの位置は分からない。
だからこそ、無差別広域攻撃という戦法を取ったのだが、その散布した薬物で、生物の呼吸を止めるほどの深い眠りを引き起こしていた。
おそらく、森にいる全員――いや、全生き物が眠っているはずだ。
それは死に繋がる眠り。
マクシムは思い出していた。
ニルデ・サバトの死を。
あの死に顔を。
埋めるために触れた、冷たい感触を。
そして、マクシムは泣きそうになりながら、口元を押さえる。
酸っぱい吐き気。
グルグルと世界が回る眩暈。
それらに耐えるため、身を屈めて呼吸を浅くし――。
「ふーん、自分で止められるんだ」
ジャンマルコの声だ!
マクシムはすぐ傍から聞こえてきたその声に驚愕していた。一気に動悸が激しくなる。
耳元で聞こえるような気がするが、そんなわけがない。
ある程度は距離があるはずだが、息遣いさえも傍にあるようだった。
対応すべきだ。
だが、あまりにも気分が悪くて動けない。
――あ、負けだ。
マクシムは直感する。
だが、攻撃は来なかった。
代わりに声が届く。
「正直、あのままだったら、僕は君を倒していたよ。でも、自省できるなら少し猶予をあげる」
「…………」
マクシムは何か言おうと思ったが、言葉にできなかった。
「リタイアしてくれない? 痛い目に遭いたくないでしょ?」
「…………」
「君は本気だと思うよ。でもね、それは僕らにとってはどうでも良いことだ。君の本気と、こちらの都合は別問題だからね。わざわざ、僕らの領域に入ってくることはないよね。諦めてよ。別に構わないでしょ」
声が続くが、マクシムは自分の体調を戻すことに専念する。
猶予はあまりないはずだ。
だからこそ、必死になって頭を使うが、打開策は思いつかない。
手の内が分からないこともあるが、ジャンマルコは『武道家』を打破するほどの実力者。
根本的にマクシムでは上回ることが不可能かもしれなかった。
更に、ジャンマルコの声は続く。
「でも、自分からリタイアなんてできないよね? 僕が倒してあげるからさ」
「………………あー、もう仕方ないかな」
マクシムではどうしようもない。
最後の手段の出番だった。
マクシムは樹木を操作し、自身を包み込む。
何重もの厚みで、ガード体勢に入る。
その際に、リュックは樹の外に出した。
「決裂、か」
そのジャンマルコの言葉をマクシムは無視する。
急いで道具を使う必要があった。
絶対に使い道がないと思っていた、あるアイテムの出番だった。
それは爆薬。
最初からリュックに入っていた爆薬をマクシムは利用することにした。
別に、必要ではなかったが、目印として分かりやすい。
マクシムは爆薬を作動させる直前、喉が破れても構わないという気概で叫ぶ。
「来い! キンバリー!」
+++
少佐昇任試験において、騎士は騎乗する生き物の持ち込みを禁止している。
これはあまりにも有利過ぎるからという理由だ。
一応バランスを取って、同様に全ての武器の持ち込みも禁止されている。
ただし、魔獣を使役する、騎士という役割から著しく不利にあるのも事実であった。
だから、持ち込むことが禁止されているだけで、使ってはいけないわけではない。
持ち物検査をパスできれば、持ち込んだものを使っても罰則規定はない。それは見破れなかった監督役の落ち度だからだ。
野生の天馬などを捕まえ、騎乗することだって認められている。
マクシムの奥の手は竜の召喚。
最強の魔獣を呼び出して使うなんて、反則ギリギリというか、反則にされても仕方ないので、使わないで済むなら使いたくなかった最終手段だった。
マクシムが召喚した竜はキンバリー。
英雄アメデオ・サバトの盟友である。
ただし、まだマクシムは『竜騎士』いや、『竜姫』の伴侶として竜たちに認められたわけではない。
だから、彼には使役できない。
だから、ナタリアに助力を求めた。
ただ、実はキンバリーだけ、その背中を許すくらいにはマクシムは認められていた。
それは命ギリギリの戦いを生き抜いたからこそ生まれた――絆だった。




