幕間、幼なじみの会話 その三
イーサンは『契約者』の秘密について語り始めた。
「『契約者』は上位存在である『旅人』と契約を交わすことで成るんだが、基本的には特別警備隊『士』の隊員である必要がある」
「基本的に? 応用的には例外があるということですか」
「『旅人』に気に入られる必要があって『士』の隊員はその条件をクリアしやすい。そもそも、『旅人』とコンタクトを取る難易度が一般人には高すぎるんだ」
「そうなのです? 難易度が高いのであれば、別に隠す必要はないのではありませんか?」
「万が一のリスクが大きすぎてな……」
イーサンは少しだけ考えてから言葉を続ける。
「ナータも『獣姫』は知っているよな?」
「はい、最低限の知識だけはありますわ。究極の獣憑きですわよね」
「そう。あれも『契約者』ではあるんだ。いや、厳密には『契約者』の範疇にはなくて、代償が個人で済んでない。大昔、国一つを代償に契約した原始の『契約者』――民族としての頂点である『契約種族』。そういう異常事態もあり得るんだよ」
「別に関わることはないと思いますので、そうですか、としか言いようがありませんわ」
「今は『大魔法つかい』が監視しているが、いつ『竜騎士』に託されるか分からないぞ」
「勘弁して欲しいですわ」
「それと、最初に『旅人』を見出したのはその『大魔法つかい』クラーラ・マウロだった。そこでいろいろあり、最初の『契約者』となったのが我らが組織の始祖、英雄クレート・ガンドルフィだ」
そうなのですか、とナタリアは頷いた後に小首を傾げる。
「その『旅人』とはどういう存在なのですか?」
「上位存在『旅人』は、分かりやすく一言で言うと神様だな」
「え? この世界からいなくなったという神様ですか? まだ存在したという意味ですか?」
「いや、この世界からはいなくなったんだがな。俺も完璧に理解できているわけじゃないが、可能性は残っているんだよな」
「可能性ですか……?」
「ああ。そして、『旅人』はその可能性の支配者なんだよ。だから、神様なんだ」
「? えーっと、よく分かりませんわ」
ナタリアは混乱している。
イーサンも自分の説明では分からないだろうな、と思ったので「詳しいことは『W・D』にでも聞いてくれ」と言う。
「可能性を支配するから、あらゆる非現実的な望みも叶える。そういう存在だと思っておけば良い。だから、クレート・ガンドルフィはこの世非ざる聖剣『テイル・ブルー』を手にすることも叶ったわけだ」
「その代償が、寿命五十年と子どもを作れない体、でしたわね」
「ああ。ちなみに、クレート・ガンドルフィは旅立った時に十二歳だったんだ。だから寿命を捧げられたとも言えるな」
ナタリアが驚いたように目を丸くする。
「え? 十二歳? そんなに幼かったのですか?」
「ああ。『英雄』の中でも、『英雄』になり損ねた人間を含めても最年少だ。クレート・ガンドルフィはわずか十歳で国内の剣術大会を総舐めにした最強剣士。才能なら空前絶後だろうな」
「イーサンも剣士でしょう? 進歩した技術でどうにか比肩できませんか?」
「無理」
「そんな堂々と言わなくとも……」
「クレート・ガンドルフィは荒れた世だから生まれた怪物だよ。現『士』屈指の達人といえば『猪』ピッキエーレ少佐だが、彼であっても子ども扱いされるんじゃないかな」
「そうなのですか。化け物……そういう人もいますのね」
『庭師』もその同類だよ!
――という言葉をイーサンは必死で呑み込んだ。
だが、その反動で表情が歪んだため、ナタリアが不思議そうな顔をする。
「どうかしましたか?」
「何でもない。『武道家』や『案山子』、『大魔法つかい』に『予言者』……それと同種が英雄『士』クレート・ガンドルフィ。英雄たちは天然モノの化け物なんだよ。もちろん、『竜騎士』も例外じゃない」
「ワタクシたちは普通ですわよ。竜と仲良しなだけですもの」
「どこがだよ! お前も同類だよ!」
イーサンはさすがにツッコミを入れてしまった。
ナタリアは「心外ですわ」と憤慨している。
本気で普通だと思っているらしく、イーサンもさすがに嘆息する。最強の魔獣を使役しているくせにどうしてこうなのか?
「もう良いよ。えーっと、どこまで話したっけ……。
クレート・ガンドルフィが最初の『契約者』で、『獣姫』と上位存在『旅人』についても語ったか。何か気になることはあるか?」
「そのウーゴ大尉でしたか? 試験の最中に契約できたのはどういう仕組みですか?」
「クレート・ガンドルフィの恩恵。いや、呪いというべきかな……ここからは本当に言うなよ?」
「ですから言いません。信用してください」
あまり信用できないかも、と思いつつもイーサンは少しだけ声を落とす。
そして、彼はテントの外、地面に這う虫を指さした。
行列をなす、黒い小さな虫だ。
「ナータ、あれは何だ?」
「蟻ですわ」
「ちなみに、あの蟻とこっちの蟻の違いは分かるか?」
「分かるわけがありませんわ」
「じゃあ、問題だ。特別警備隊『士』と英雄『士』、どちらも同じ『士』という名称が使われている理由は?」
少しの間。
ナタリアは話の流れを汲み、徐々に理解する。
「え? そういうことですの?」
イーサンは首肯する。
「ああ、上位存在『旅人』は二つの『士』の区別ができていない。いや、区別できないように英雄クレート・ガンドルフィが立ち回った、が正しいんだろうな」
来るべき外界からの、『魔王の眷属』へ備えるために――イーサンがそう言うと、ナタリアは驚いたように言葉を失った。
そして、言葉を迷うようにして言う。
「つまり、『旅人』はちょっと頭が弱いのですか?」
「いや、言い方!」




