幕間、幼なじみの会話 その二
その時、ナタリア・サバトはドキドキしていた。
幼なじみからの連絡を待っていたからだ。
昇任試験で脱落者が出たという話で、その詳細情報を確認に行ったのだ。
もちろん、彼女は恋人が脱落したとは思っていない。
だが、信じているからこそ緊張感は高まった。
信頼が強ければ強いほど、鼓動はうるさくなる。
絶対に勝てるなんてことはないのだから。
しばらくソワソワしていると、イーサンが待機所に戻ってきた。彼は苦笑しながら言う。
「ナータ、少しは落ち着けよ」
「ワ、ワタクシは落ち着いていますわ」
「お前の動揺が伝わって竜が猛っているからな……『士』の隊員もビビっているぞ」
イーサンは呆れた様子で言った。
ナタリアは思いっきり無視する。
「結果は?」
「目が怖いんだよ。マーラ・モンタルド大尉が、マクシムの能力で眠らされた状態で運ばれてきたぞ。まだマクシムは残っている」
「そうですか! ま、分かっておりましたけどね!」
ナタリアは興奮した様子で何度も頷く。
それに合わせて、テントの外で待機していた竜が尻尾で地面を何度も叩いた。
イーサンは半眼になって言う。
「頼むからナータ落ち着いてくれ」
テントの外で竜を動きに動揺した『士』隊員たちが武器を手に取ろうとしていた。
ナタリアは冷静な幼なじみの指摘にゴホンと咳払いをする。素知らぬ顔で会話を続ける。
「ということは残り三人ですわね」
「ああ、マクシムにジャンマルコ特務大尉、そして、ウーゴ大尉が残っているな」
「意外と早い展開になっておりますわね」
「マクシムが最初に島全体を支配に動いたからな」
「マクシムは温和な平和主義者です。なるべく傷つけない、勝つための手段ですわ」
「のろけがキツイ……。ナータってこういうキャラだったっけ……?」
「何か?」と満面の笑み。
「いや、何でもないよ……」
イーサンはぴゅーぴゅーと明後日の方向を向いて口笛を吹く。
ナタリアは満面の笑みのまましばらくいたが、それから真顔になって訊ねる。
「ジャンマルコ特務大尉とウーゴ大尉はマクシムを傷つけないでしょうか」
「さぁな。そこは分からないけど、大丈夫じゃないか」
「ううう、心配ですわ。武装集団の『士』にマクシムが挑んでいること自体がおかしいのですわ」
イーサンは内心で「お前の恋人、『士』の監督官の報告を受けて化け物扱いされているぞ」と言いたかったが、それを飲み込んだ。
代わりに少し意地悪な情報を伝えることにした。
「ちょっと嫌な情報を教えてやるよ」
「お断りしますわ」
「知らないのは知らないで嫌だろう」
「……………………一体、何ですか?」
「ウーゴ大尉だが、もうマクシムもジャンマルコも彼が敗退したと思い込んでいるぞ」
「どういうことですの?」
「『契約者』だ。ウーゴ大尉は試験中に上位存在と契約したんだよ」
「……つまり、敗退したと思わせる能力を獲得したという意味ですわよね」
「ああ。暗器使いが不意打ちにピッタリの能力を獲得したってことだろうな。ただ、詳細は監督役の隊員にも分からなかった。代償は分かりやすかったけどな」
「それは?」
「片腕だ。利き腕を差し出した」
「え……それ、凄い代償ではありませんか?」
「ああ、凄い覚悟だ。失血死はしないが、失血死しかけるほどのダメージだからしばらくは動けないだろうな」
イーサンは頭領として情報を受け取る立場だ。
だから、ウーゴ・ウベルティがリオッネロ・アルジェントのおかげで試験に残ったことも知っている。
その敵討ちのために最善手を考えた。だが、自分の手札では勝てないと考えたのだろう。故に『契約者』になった。
ただ、上位存在と契約しても、総合的な能力は変わらない。確実に弱体化する部分は生まれる。
それでも新たな能力を獲得することで、絶対に通常では至れない地点に辿り着くのが『士』の秘奥——『契約者』だ。
ナタリアは驚いたように目を丸くする。
「え、失血死? 利き腕を失って? どういう意味ですか?」
「? 腕を失うんだから血は出るだろ?」
「いえ、腕を失って、それで、え、腕を失うケガも負ったということですか?」
「いや、腕を失ったら血管や肉が剥き出しになるから当たり前だろ」
「いえいえいえいえ、そんなの無茶苦茶ではありませんか!」
「ああ。何かおかしいか?」
ウーゴは契約直後、腕が肩の先の部分から消滅した。
歯を食いしばり、痛みに耐えながら、速やかに止血を自分でしていた。見ていた監督役がドン引きするほどのケガである。
命を代償として差し出していないのだから死ぬことはない。はずだが、下手を打てば死ぬほどのダメージで獲得した能力だ。
ただし、それは特殊な状況に対応するためでしかない。
通常の戦闘能力はかなり落ちただろうが、その代償として相応の能力を獲得しているはずだ。
「おかしいですわ。そんな代償、大きすぎませんか?」
「おかしくないんだよ。『契約者』はそういうものだからな。それこそマクシムに一矢報いるための能力を獲得したはずだ」
「『士』の大尉が本気過ぎますわ……マクシム、大丈夫でしょうか」
「ま、見物ってところだな」
「イーサンに言っても仕方ないですが、マクシムが大ケガしたら……ワタクシどうなるか分かりませんよ?」
「だから目が怖いんだよ。脅すな脅すな」
イーサンが「勘弁しろ」と訴えると、ナタリアは「冗談ですわ」と絶対に冗談ではない表情で言った。
少しの間。
ナタリアは嘆息する――少し冷静になったらしい。
彼女は素朴な疑問とばかりに続ける。
「そもそも、『契約者』とは何なのですか?」
「それはなぁ……」
『契約者』は『士』の秘奥だ。
秘奥であるのは悪用されないためだが、そもそも、『士』以外の人間では契約を行うことさえ難しい。
それに、ナタリアは英雄の子孫『竜騎士』だ。
ならば、最初の『契約者』である『士』英雄クレート・ガンドルフィについても語って良いかもしれない。
「ナータ、誰にも言うなよ。それなら少し教えてやる」
「言いませんわ」
「マクシムやシラにも言うなよ。約束できるか?」
「……分かりましたわ。そこは信頼してください」
それに、この情報を聞いたらあまり言いたくなくなるかもしれない。
イーサンは語り始める。
「——『契約者』が契約する上位存在は『旅人』と呼ばれているんだよ」




