表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
己の身を捧げながら戦う者『士』
107/235

偶然

 マーラ・モンタルド大尉はディアナ・フェルミ大尉と共にマクシム・マルタンを発見していた。

 それは本当に偶然だった。

 マクシムにとっては不運、マーラたちにとっては幸運の偶然である。


 偶然というのは、マクシムがどちらに逃げるか分からなかったからだ。

 南側から追い込んでも、東西北のどちらへ向かうかなんて、その場の状況でいくらでも変わってしまう。

 ただし、ウーゴ・ウベルティ大尉たちの追い込みから遠ざかる方角であることだけは間違いない。

 故に、攻撃で多少は誘導できるかもしれないが、その攻撃に対してどう避けるか、どう防ぐかなんて分かるわけがない。

 それこそ、英雄『予言者』サルド・アレッシならば可能かもしれないが、経験則程度で判断できるものではない。


 それでも、マーラとディアナは話し合い、マクシムが直線的に逃げると考えた。

 大した推理ではないが、木を使った移動ならば、あまり曲線的な移動はできないのではないか、とそれだけが根拠である。

 念のために少しだけ的を絞り、距離を縮めていたが、そのピンポイントにマクシムが現れたのだ。


 その直前に、ウーゴからリオッネロ・アルジェント大尉の脱落を聞いたこともあり、マーラもディアナも言葉を失うほど驚いた。

 ただし、訓練を積み重ねていたおかげで、その驚きを表には現さなかった。

 マーラは即座にディアナへ視線を送っていた。口の動きだけで伝える。


 ――ボクが距離を詰めるから。


 ディアナも同じく視線と口の動きで答える。


 ――あたしが先に土人形で足止めしますから、タイミングを合わせてください。

 ――ウーゴ大尉にはボクから伝えておくね。

 ――そうですね。ただ、マクシムには絶対にバレないように手短かつ迅速に。

 ――了解。信頼して。


 ディアナは土人形をその場で作り始めた。

 一瞬で制作することも可能だが、物音を立てないように速度は抑えた。

 マーラはその隣でウーゴに小声で伝えた。


「簡潔に言うね。マクシム・マルタン発見。急襲する」


 ウーゴは短い沈黙の後、ただ『……了解』と応答があった。

 彼がどう思ったのかは分からない。

 ただ、こちらの意を汲んで、余計なことはしないだろう。それで十分だった。


 この強襲が成功するかどうか、マーラには分からない。

 神ならぬ身ではそこまで予見はできない。

 もっとも、この世界から神様はいなくなっているから、祈るべき対象などはない。


 ディアナが土人形を完成させた。

 そして、完成させたその土人形を再度不定形の土の塊へと変化させる。

 ディアナの操る土人形は、別に人の形をしている必要がない。

 不定形の塊であっても、それは土人形である。

 これはディアナのちょっとした裏技であり、隠し技だった。


 奇襲の準備は整った。

 ディアナがこちらに一度頷いた。

 彼女の瞳に、覚悟の色が見えた。

 それは、殺してでも勝つという真剣な色だった。

 だから、マーラは一つ釘をさすことにした。


 ――ディアナ、絶対に殺しちゃダメだよ。

 ――手加減するつもりはありません。


 そうじゃないのだ。

 勘違いを正すためにマーラはゆっくりと伝える。


 ――違う。勝つために、殺意を持っちゃダメだよ。

 ――どういう意味ですか?

 ――マクシム(あの子)、素人だよ。だからだよ。

 ――もう少し具体的に。

 ――必死にさせたら損でしょ。自分は安全な立場で、問題ないって思わせないと。負けても大丈夫くらいに油断させないと。


 視界の先のマクシムがいついなくなるかは分からない。

 ただ、マクシムは遠目に見ても明らかに()()()()()()

 すぐには動けそうもないほど顔色が良くない。

 それは能力の連続使用によるものかもしれないが、それよりもこの戦闘試験そのものに疲れているのではないだろうか?

 マーラはそう推測していた。


 戦闘は疲れる。

 慣れていないと異常なほどに体力を消耗する。

 たとえば、拳闘ボクシングをイメージして欲しい。

 慣れていない人は構えて対戦相手と向き合っているだけでも、疲労困憊ひろうこんぱいになる。

 冗談ではなく、ほんの一ラウンドすら過負荷であり、あっという間に疲れ切ってしまうものなのだ。

 それが普通だった。


 マクシム・マルタンは普通の少年らしい。

 英雄に匹敵するような特異能力者であっても――戦闘に慣れているとは思えない。

 なら、マクシムは逃げて、そこで息を整えるのに必死になっているのではないだろうか?

 そうなると、殺す気で襲わない方が良い。

 怯えたネズミは、自分よりも大きな生き物——猫は伝説になってしまったが――に噛みつくものだから。

 必死にさせて、抵抗を生むようなことは避けたい。

 疲労が溜まった時に取る人間の一手は――弱気な逃げ。

 マクシムをリタイアに追い込むことが最上だった。


 そういうことをマーラはディアナに伝えたかった。

 ディアナに正確に伝わったかは分からない。

 だが、ディアナは軽く首肯した。


 ――大丈夫です。

 ――本当に?

 ――はい。あたしの土人形は殺意とかありませんから。


 微妙なところだったが、それよりもマクシムに動き出しそうな雰囲気があった。

 だから、それ以上は言い募らず、ディアナのことを信頼することにした。

 大丈夫だよね、そう、相手は素人の子どもだから、そこまで真正面から攻撃できるわけがないか。

 マーラが過剰に心配し過ぎたせいで時間を消耗してしまった。後悔はないが、わずかに反省する。

 気を引き締める必要があった。


 さぁ、性格的には一般人、能力的には化け物——そんなアンバランスな怪物退治だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ