七十三年前・世界救済前夜
それは七人しか知らない話。
七人が世界を救った後、他の誰にも言わなかった話。
楽しかった最後の夜。
「なぁ、帰ったらみんなは何がしたい?」
そう口火を切ったのは『士』だった。
「凱旋したら、俺はもう二度と剣は振るわないからな」
『案山子』が疑問の声をあげる。
「『士』が剣を振るわなくて、何をするのよ。いや、したいのよ?」
「そりゃ豪遊だ。俺は二度と働かないし遊んで暮らすんだ」
「それでほんとうに満足なの?」
「そりゃそうだろう」
「本当に?」
怪訝そうな『案山子』。
言葉に詰まる『士』。
「僕は修行を続けるよ」
そう言ったのは『武道家』だった。
『士』は揶揄する。
「おお、荷物番のくせに真面目だな」
「真面目というか、そうだね。ただ続けたいから」
「どうしてだよ。もう戦わなくて良いのになんで鍛えるんだよ」
「強くなりたいからね。誰よりも、どこまでも」
「目的も不要なのかよ……」
素直に答える『武道家』にますます『士』は閉口する。
化物だな……、とその顔が物語っている。
その顔をみて噴き出したのは『大魔法つかい』だった。
「『士』かっこわるい」
「うるさいぞ、そこ」
「でも、やすみたい気持ちは分かるよ」
「『大魔法つかい』はなにがしたいんだよ?」
「あたしは、ん-、分かんないけど、とりあえず、シャワー浴びて、それから家に帰ってお墓参りしたい」
『大魔法つかい』のその言葉に、七人の中心にある焚火も止まったようだった。
しんみりした空気の中、『予言者』は言う。
「それは、分かります。私も魔王を倒したんだって報告します」
「みんな、自分の国に帰るの?」
『案山子』はそうみんなの顔を見ながら言った。
一同はパラパラとタイミングがズレながらも頷く。
「そうなんだ……」
「『案山子』は帰りたくないのか?」
「うん。帰っても、どうせ良いことないし」
「そんなことないだろう」
「ううん。あたしはどうせ殺しの仕事ばかりだもん」
「怖いな。俺は殺さないでくれよ」
『竜騎士』が冗談っぽく言うと『案山子』は悲しそうな顔をする。
「どうしてそういうこと言うのよ」
「わるいわるい、冗談だ」
「だって、明日生きているかどうかも分からないのに殺すわけないでしょ」
その場に沈黙が舞い降りた。
明日は死地。
世界最悪の『魔王』と戦うのだ。
生きて帰れる保証はどこにもなかった。
「『案山子』……」
「なぁに?」
「こんな空気にしたかったのか?」
「うん」
無邪気な幼女のように頷く『案山子』に、ようやく笑いが起きる。
その時だった。
「×××××××××」
おおーっと一同が沸く。
「いや、さっきから美味しそうだったからね。待ちきれなかったよ」
『武道家』が嬉しそうに皿を用意する。
「『××』はほんとうに料理上手ね」
『案山子』が拍手をして『××』を讃えた。
「正直、この旅のいちばんの功労者は『××』かもな」
『士』も手放しで褒めた。
「あ、『××』あたし大盛りで!」
『大魔法つかい』は待ちきれないという様子だ。
「あ、『××』うちの竜にもお願いできるか?」
『竜騎士』の言葉に『××』は頷いた。
「×××××××××××××××××××××××××××」
一同が笑った後、『予言者』は薄く笑った。
「『××』いつもありがとうございます」
それは誰も知らない夜。
楽しかった最後の夜。
翌日、七人の勇者は『魔王』の討伐に成功する。
勇者は英雄となった。
ただ、歴史に名前を刻まれた英雄は『士』『武道家』『案山子』『大魔法つかい』『竜騎士』『予言者』の六人だった。
七人目の名前はない。
なぜならば、七人目は六人が殺したからだ。
『××』は『魔王』を討伐した、その同じ日に六人に殺された。
六人の英雄はそれ以降、七人目の名前も存在も誰一人口外することがなかった。
だから、七人目の勇者はその存在を葬り去られ、忘れ去られた。
――七十三年前の話である。




