花畑の中で君に逢えた
百合作品です。それでもよろしければ、どうぞ楽しんでみてください。
この世界には奇病という不思議な病気が存在する。私もその奇病を持つ人物の一人だ。
私の奇病、それは目に見える全ての人の顔が花に見える事。病名はまだ付けられていないが、私は【花の錯覚】と呼んでいる。
この花の錯覚が見え始めたのは私がまだ幼い頃だった。母と公園を歩いている時、一際綺麗な花が目に入った。私はその花に夢中になって眺めていた。母が家に帰ろうと私に言ってきたので、私は母の方へと振り向いた。
見慣れたはずの母の顔は無く、さっきまで見ていた花が母の首から咲いていた。
それから色々な病院に連れていかれ、最後の病院で医者が口に出した言葉はこうだ。
「娘さんは健康そのものです。きっとお花が大好きなんでしょう」
私は子供ながらにその言葉に心底怒りが湧いた。だが、母や他の人同様に花が咲いている医者の顔が怖く、何も言い出せなかった。
あれから10年が経ち、私は高校生になった。高校生になっても、花は見え続けている。友達はいない。花に見える所為で怖かったのもあるが、こんな奇病を持つ私の事を分かってくれる人なんていないと分かっているからだ。
その証拠に、私は今一人でマンションの一室で暮らしている。母も父も、懐かなくなった私を見限った。「あなたの為にも、私達は離れて暮らした方が良い。お金は毎月振り込むから。」と。それが両親の悩んだ末の結果か、はたまた厄介払いする為の嘘か・・・どっちかは分からない。
けど、その言葉を言われて、私は心底ガッカリした。血が繋がっている彼らだけが心の支えだったのに、奇病に苦しむ私を理解しようとしなかった。
着たくもない制服に袖を通し、カバンを持って家から出ていく。家から出ると、道には同じ制服を着た生徒達が各々の友達と会話をしながら通学していた。
私は彼らの顔を出来るだけ見ないように、制服の下に着ているパーカーのフードを深く被り、イヤホンで音楽を聴きながら学校へと歩く。
学校の前にまで辿り着くと、校門前で登校してきた生徒に挨拶をする先生が立っていた。
「おはよう!あ、こら田中!またお前は派手なシャツで来やがって!金じゃなく黄色にしてくれ!」
「いいじゃんか派手でさ!矢部先生も私服はこんなんじゃんか!じゃあ俺、日直だからさいならー!」
「あ、おい!先生は金じゃなくてヒョウ柄だ!ったく…おお、九条。おはよう」
「…おはようございます」
私は先生の顔を見ずに挨拶を交わして通り過ぎた。人の顔が花に見えてから、私は声だけで相手の感情や考えている事が何となく分かるようになった。
先生は私を憐れでいる。学校には私の奇病について説明が知れ渡っており、全員私に話しかける時は顔を背けて話してくれる。気遣いはありがたい…けど、誰一人として私に真摯に向き合おうとはしない。
教室に着くと、教室内は花で満ち溢れていた。私は窓際の一番後ろの席に座り、顔を机に伏せて花達が静かになるのを待った。やがて話し声は止み、席がガタガタと音を鳴り出した。どうやら先生が来たようだ。顔を少し上げ、前の席の女生徒の背中を凝視しながら先生の話を聞いていく。
「今日はみんなに報告がある。このクラスに、転校生がやってきた」
ザワザワと花達が騒ぎ立てていると、先生は彼らをなだめ、さっきの明るい声色とはうってかわって、弱弱しい声色で話を続けた。
「先にみんなに言っておくが、あまり転校生を見ないでくれ。これは決して転校生の事を馬鹿にしようとしているんじゃなく、顔を見ない事が彼女の為なんだ」
そう言って、先生はみんなの顔を下に俯かせた。みんなが下を見た事を確認した先生は廊下から手招きで転校生を呼んだ。
「みなさん、転校してきた鳴海 麗華と言います。どうぞよろしくお願いします」
顔を伏せさせておきながらよろしくとはどういう事か?と思ったが、とりあえず心の中で転校生に返事を返した。
彼女の声には上品さや性格の良さが滲み出ている。顔を見る事は出来ないが、きっと美人なのだろう。
「それじゃあ鳴海さん。あなたの席は、九条さんの隣です。窓際の一番後ろの隣」
「ありがとうございます」
どうやら私の隣の席に来るようだ。こちらに近づく足音、僅かな吐息の音が私の耳に聴こえ、胸を締め付ける…ん?どうして私はこんなにドキドキをしているの?
「っしょ…えーと、お名前を伺っても?」
隣の席に座った彼女が私に尋ねてきた。そしてまた、私の胸は強く締め付けられた。
どうして私は彼女の音や声にこんなにもドキドキをしているのだろう。初めての事で理解出来ないけど、とりあえず彼女に名乗ろう。
「…九条。九条 花」
「花さん、これからよろしくお願いします。私は鳴海 麗華…って、先程言ったばかりですね」
「よろしく、鳴海…さん」
思わず顔を鳴海さんに向けてしまったが、私は鳴海さんを見て驚いた。
鳴海さんの顔には、花が咲いていなかった。
「どうして…?」
「え?…っ!? 見ては駄目です!」
花が見えなかった事に驚いていると、彼女の声で更に驚いた。彼女は私の顔に両手を当て、私に顔を見せないようにしてきた。
再び騒めき出す教室内。視界が真っ暗になっても、私は困惑していた。どうして彼女の顔に花は咲いていない?これまで誰の顔にも花は咲いていた。私の両親ですら。
けれど、一瞬見えた彼女の顔は、忘れ果てていた人の顔…それも綺麗な。私は確認の為、彼女の手を払いのけて、もう一度彼女の顔を見た。
「…いけません…見ては…!」
やはり綺麗な女性の顔だ。彼女よりも綺麗な顔をした人はいるかもしれない。けど、私にとっては彼女が、彼女だけが世界で一番美しい女性だと断言出来る。
長らく見えなかった人の顔に見惚れていると、周囲の人達は私が彼女に乱暴しているのだと勘違いしたらしく、私達に近づいてくる。
「九条さん! あんた一体…うわぁぁぁぁぁ!!!」
私に近づいてきていた男子が悲鳴を上げると、それに連鎖するように誰もが悲鳴を上げた。
「ば、化け物!!!」
その声をきっかけに、私にではなく、鳴海さんに向けてノートが投げ飛ばされる。それに対し、彼女は嫌がる様子も怒る様子も浮かべず、ただただ悲しんでいた。
彼女のその表情に、私は考えるよりも先に体が動いていた。彼女の手を引き、教室から出ていく。
「九条さん!?」
背後から鳴海さんの声がしきりに聞こえてくるが、私の足は止まる事は無かった。私達は学校を飛び出し、学校から少し離れた場所にある海にまで来た。
海に着いた途端、今まで感じていなかった疲労感がドッと襲い掛かり、私はその場に座り込んだ。
「はぁはぁはぁ…!」
「はぁはぁ…九条さん、一体どうしたんですか…?」
「…分かんない。」
私の行動は彼女をあそこから逃がす為の行動だと思ったが、それとは違うような気がする。物を投げつけられて悲し気な表情を浮かべた鳴海さんを見て、私は怒った。けどその怒りは物を投げつけてきた事に対する怒りじゃない…彼女を化け物と呼んだ事に私は怒ったんだ。
私からすれば、彼らの方がよっぽど化け物だ…そうか、私は彼女を独占したかったんだ。化け物と罵倒して彼女の顔を見る分からず屋より、彼女を美しいと思える私が彼女を独占したかった。
目の前で私と同じように座り込みながら息を荒げる彼女の頬に手を当て、彼女の顔を覗き込むように眺めた。やはり、彼女の顔は美しい女性に見える。
「…怖く、ないんですか?」
「え?」
「私…病気なんです。病名の無い、奇病なんです。他人が私を見ると、化け物に見える病。」
奇病を患っている彼女に、私は嬉しくも悲しくもなった。私以外にも奇病を患っている人がいた事に対する喜び。私が患っている奇病と比べて防ぎようが無い病を患っている事に対する悲しみ。
私の病は私が他人の顔を見なけれな済む。けど彼女のは、どうやっても防ぎようが無い。
「ずっとこの病に苦しんでいたんです…両親も、化け物に見える私を見捨てて、今では一人で暮らしているんです。」
同じだ。彼女は私と同じ境遇に遭っている。
「…私も、奇病を患っているの。」
「九条さんも?」
「私のは、他人の顔が花に見える病。あなたのに比べたら、ちっぽけだけど。それなのに、どうしてかあなたの顔は…とっても綺麗な顔しているね。」
彼女に私が想っている事を告白した。すると、彼女は目を潤ませ、涙を流した。そこで私が思い切った行動をしている事に気付き、彼女の頬から手を離そうとするが、彼女が私の手を掴んでくる。
「本当に、私は綺麗に見える…?」
「ええ。とっても。」
「…うぅ…うわぁぁぁぁ!!!」
彼女は泣きだした。まるで今まで溜め込んでいた悔しさや悲しみを爆発させたかのように、泣き叫んだ。
私はなだめる事も、落ち着かせる都合のいい言葉も見つからず、ただじっと彼女の顔を眺めた。
しかしそれが、彼女にとって一番欲しかったものだったのだろう。誰からも見てもらえず、見れば恐れられる理不尽の中、自分を見てくれる誰かを探していたのだろう。
「…九条さん…もう一度、言って?」
「何を?」
「もう一度…綺麗だって…」
「ふふ、何度でも言うよ。鳴海さんは、綺麗だよ。誰よりも」
「…ありがとう。ありがとう、九条さん!」
泣き止んだ彼女の笑った顔は、さっきよりも一段と綺麗に見えた。そんな彼女の顔に、自然と私も笑顔になった。
麗華が転校してきてから2カ月が経った。幸いにも、麗華がイジメに遭う事は無かった。しかし結局、みんなが麗華の顔をもう一度見る事は一度も無かった。あの時見た彼女の恐ろしい顔が怖く、誰も話しかけようともしない。
けど、一つ大きく変化した事はある。それは、私と麗華が一緒に住み始めた事だ。お互い一人暮らしだという事もあり、彼女の方から私に一緒に住まないかと提案してきた。私がその提案を断るはずもなく、二つ返事で了承をした。
麗華の家は私が住んでいたアパートよりも広く、冷蔵庫に入っている豪華な食材や、高価そうな家具に私は思わず硬直してしまった。どうやら、彼女は結構いい所のお嬢様だったようだ。
それでも、誰かがいる生活はとても心地が良いものだった。学校に行くのも、休日に家で過ごすのも、今ではとても幸せに感じる。
「ねぇ、花」
ソファで一緒にコーヒーを飲んでいると、麗華が私の肩に頭を乗せてきた。ここが大きく変わった所の二つ目だ。
麗華と仲良くなれた事は嬉しい・・・が、いかんせん距離が近すぎる気がする。学校に行く時も、家でご飯を食べる時も、お風呂も、寝る時も、麗華は私に密着してくる。
嬉しい…嬉しい事なのだが、何故か身の危険を感じる時がある。
「なに?」
すぐに返事を返さないと更に密着してくるので、私は早めに返事を返すようにしている。しかし、今日の麗華は、いつもより積極的だった。私の膝の上に座り出し、肩に手を置きながら顔を近づけてくる。
「麗華、コーヒーが飲めない…」
「コーヒーと私、どっちが大事なの?」
「そりゃ麗華さ」
「えへへへ」
「えへへって、可愛い反応だな」
「…ねぇ、花」
「ん?」
「私、今とっても幸せ」
「…私もさ」
人の顔が花に見える奇病の所為で誰からも見捨てられ、誰も見れなくなっていた。
だけど、その奇病のお陰で私は大切な人を見つけられた。同じ花が並ぶ花畑の中で、麗華という女性に逢えた。
これから先、彼女と共に喜びも悲しみも感じながら、ずっと一緒にいたい。それが、私の願いだ。
人物紹介
【九条 花】 女性
・16歳の高校生。
・他人の顔が花に見える奇病を患っている。
・友達はいない。
・両親は初めは向き合おうとしていたが、やがて自分達の顔を見てくれない娘に愛想を尽かし、彼女の為だと銘打って距離を取られた。
・長い間聴こえてきた音や声だけで行動していた為、聴こえてきた音や声で多少は他人の考えを理解出来るようになった。エスパーではない。
・同性愛者では無いが、時間の問題。
【鳴海 麗華】 女性
・16歳の高校生
・他人から化け物の姿に見られる奇病を患っている。(これは彼女の体内に潜むウイルスが彼女の肌や息や臭いに混じって外に出て、それを吸った人間は彼女を化け物だと錯覚してしまう。)
・美しい容姿を持っているが、九条 花よりも防ぎようも無い奇病の所為で誰もが彼女を見る事が無くなり、美しい娘の姿を気に入っていた両親は、化け物にしか見れなくなった彼女を家から追い出した。しかし、彼女の姿を写した写真やビデオを見て正気に戻り、彼女を見捨てた自分達は親の資格が無いと後悔した。その後は罪悪感で彼女の前に立てなかったが、彼女が不自由しないように多額のお金を毎月振り込んでいる。
・奇病を患う前は天性の甘え上手だった。彼女が小さな家のおもちゃを欲しいと言えば両親は喜んで豪邸を用意する。毎回規格外のプレゼントをされ、複雑な気持ちであった。
・同性愛者では無かったが、九条 花との出会いから変わった。現在はあらゆる手で九条 花の心も体も堕とそうと奮闘している。
ハッピーエンドか?いや、終わり良ければハッピーエンドだ!