とても狭い住処で
焚火の火が小さくなるまで、僕とファブニルは肩を寄せて話をしていた。
人族の風習、蜥蜴人族の風習。
僅かなことではあったが、お互いの距離を縮めようと。
やがて炎が消えて赤く灯る炭だけが残ると、ファブニルは僕の肩を叩いた。
「そろそろ戻るか」
「うん。そうだね」
今日は色々な事がありすぎて脳も体も疲れている。
地面の上で眠るのは初めての事だが、きっとぐっすり寝てしまうだろう。
立ち上がって周りを見ると、暗闇の中に微かな光の入り口が幾つも見える。
「ファブニルあれは何?」
「あの光か? あれは各々の寝床から漏れ出た光だ」
微かに発光する土壁の光が入り口から漏れ出たものらしい。
明るい時は分からなかったが、至る所に住処があったのだ。
30歩で着く僕達の住処も道標のように光を放っている。
王都で暮らしていては目にすることのないその景色は、僕に癒しをくれているようだ。
家に戻ると僕はとりあえず腰を下ろした。
改めて中を見渡すがやはり狭い。
僕とファブニルが横になればかろうじて密着しない程度の空間が出来る程度だ。
天井も低いので蜥蜴人族は立って寝る習性があるとは考えにくいが、座って寝るくらいはあるかもしれない。
ファブニルに倣って同じ体勢で寝ようかと考えていると、ファブニルは四つん這いの姿勢でこちらに顔を向けた。
布の隙間から見える豊満なものが、重力によって余計に大きく見えて僕は視線を逸らした。
「それでは子をなすか」
「——はぇっ!?」
僕は驚いて顔を振り向けたが、ファブニルは至って真面目な顔つきだ。
婚姻の儀で性交=接吻だと思い頭から消えていたが、接吻で子供が作れるはずもない。
子が出来なければ一族が滅んでしまうとはファブニルの言った言葉だ。
つまりは僕が最初に想像した性交は蜥蜴人族の風習にもあるわけで。もちろん僕たちは夫婦になったわけだし、結婚初夜と考えれば普通に考えても当たり前のことだけど。
「その、ファブニルは子供を作る行為を知ってるの?」
「うむ。結婚を前に子を成した女衆から口伝された。子をなすまで励めと」
その口伝と僕の知識が一致してるかは気になるところだが、確認する勇気は僕にはない。
「叔父は子をなさなかったことを後悔していた。叔母は人族だ。こちらの時の流れでのんびりしていたら子を産まぬ年齢になっていたらしい」
そうか。確かに蜥蜴人族にとっては人族の寿命などあっと言う間だ。
僕のご先祖様は女性だし、蜥蜴人族がのんびり構えていれば子供を作れなくなっていても不思議ではない。
「だから我は早く子をなさねばならない」
「う、うん」
ずいと魅力的で豊満な体を寄せてくるファブニル。
僕だって男だ。
そんな誘惑に臨戦態勢は整っている。
だが、じゃあファブニルこっちにおいでとはならない。
開け放たれている入り口に、すぐ近くの寝床にいるだろう蜥蜴人族。
ことが始まれば何の声かと野次馬が集まって来そうだ。
「そ、そのファブニル。どこか違う場所に行かない?」
「違う場所? 広場か?」
やはり羞恥の感じ方が全然違うようだ。
流石に広場よりはここがいい。
そ、そうだ。
「いや、広場じゃなくて。ほら叔父さんとか叔母さんが二人で会っていた所とかない?」
「叔父と叔母とがか?」
ここはご先祖様が僕と同じ考えを持つことを祈るしかない。
「あぁ、あるな。ちょうどいい。我も子をなすことを優先してしまったが、エトゥスに見せねばならないものがある。あの場所なら問題ない」
「じゃあ、そこに行こう」
ありがとうございます、ご先祖様。
見せたいものとはそんなご先祖由来のものなのかもしれない。
ファブニルは外に出ると僕を持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
「あの、ファブニル?」
「エトゥスは夜目がきかないだろう。それにこの方が早い」
走り出しと共に、ファブニルに体を押しやるような力が僕の体を襲う。
暗闇の中、周りの樹木があっという間に後方に消えていくが、不思議と恐怖は感じなかった。
僅かな時間で大きく開けた所に出ると、ファブニルは足を止めた。
そこはとても幻想的な世界だった。
星が空一面に輝き、遮蔽物のない平野は夜だというのにとても明るい。
「綺麗だね」
「うむ。叔母もこの場所が好きだった」
しばらく二人で腰を下ろし星月夜を眺めていると、ファブニルは肩を寄せてきた。
「エトゥス聞いてくれ。我と婚姻を結んだからには話しておくことがある」
「どうしたの?」
「我らは蜥蜴人族ではない」
「えっ? 呼び名が違うってこと?」
「いや、蜥蜴人族は別の種族だ。おそらく最初の取り決めの時に我らの種族名を隠したのだろう。……少しだけ離れていてくれ」
ファブニルの望み通り、僕は立ち上がると20歩ほどの距離をとる。
それを確認したファブニルは布を脱ぎ、肩の力を抜いて空を見上げた。
星明りに照らされた裸体から、微かな光があふれ出てくる。
徐々に輝きを増した光は、ファブニルを中心に螺旋を描くと巨大な何かの姿を形どった。
やがて光が収まったそれを見て、僕の口から言葉が漏れる。
「……竜」
ファブニルだと思わなければ、僕はなりふり構わず逃げ出していただろう。
人間の10倍ほどもありそうな身の丈に、赤い鱗を持つ巨大な尻尾。
御伽噺でしか知らない竜が目の前にいるのだから。
そのままへたり込んだ僕に、人間の姿に戻ったファブニルは近寄ってきた。
「我らの本質は竜の血を引く一族。竜人族だ」
「竜……人……族」
「気が引けたか?」
少し寂しげな顔で僕を覗き見るファブニル。
引けてないといえば嘘になる。
でも、僕は。
「ファブニルが蜥蜴人族でも竜人族でも変わらない。僕は種族と結婚したんじゃない。結婚したのはファブニルとだ」
「うむ。我はエトゥスと結婚した」
軽く肩を押されると、僕は草の上で仰向けに倒れる。
真上の星空を遮るように僕に跨ったファブニルは、ゆっくりと帯に手をかけると布をはぎ取った。
「あ、あの、ファブニル」
「どうした?」
「……や、優しくしてね」
「うむ」
男女逆な気はしたが、それ以上の言葉はいらなかった。
満天の星が眺める中、僕とファブニルは一つになるのだった。