曇りのない僕の本心
「この指輪はどこで手に入れたんだ?」
「ですから、母上に頂いたんです」
「嘘をつけ! この指輪は一般人が持てるような指輪じゃないんだぞ!」
「だから何度も言ってるでしょ? 僕はこの国の第6王子だったって」
僕は今、衛兵の詰め所でいかつい男に睨まれながら尋問を受けている。
どうやら指輪には王家の紋章が小さく刻まれていたようで、盗みの容疑をかけられてしまった。
何度も王族であることは話したが、全く信じてもらえない。
そもそも王族から指輪を盗める人間が簡単に捕まると思っているのだろうか?
平行線のまま問答が続くと「しばらく頭を冷やせ」と頑丈な石造りの部屋に押し込まれた。
「困った」
曇りのない僕の本心だ。
誤解を解かない限り解放されないだろうが、無実を証明できるものはない。
第6王子の顔を知っている人などそこいらにいるはずも無く、ある意味証明出来るものが指輪だけだった。
僕が途方に暮れていると、石床を歩く複数の足音が聞こえてくる。徐々に音が大きくなると、扉が開かれ衛兵を連れた一人の男が顔を出した。
「これはこれは。お久しぶりですねエトゥス様」
「ベイカル伯爵!」
中年に差し掛かった痩躯の男は何度も王城で会ったことがある。
王国の伯爵であり、切れ者と言われるベイカル伯爵だ。
父上や兄上からの評判も良く、息子に伯爵の座を渡した後は中央の役職につくだろうと噂されている。
「このようなところに押し込めて、大変失礼しました」
ベイカル伯爵は衛兵に指示を出し、すぐに僕は無罪放免となった。
尋問していた衛兵の顔は青ざめていたが、まさか本当に元とはいえ王族が一人で街にいるとは思わなかったのだろう。
何度も頭を下げる衛兵に「気にしないで下さい」と声をかけ、僕は詰め所を出て用意されていた馬車に乗りこんだ。
ベイカル伯爵にことのあらましを話し始めると、馬車はゆっくりと動き出す。
「エトゥス様が異種族と結婚したとは聞き及んでいましたが、そうですか東の地に住まわれていましたか」
「僕もここがベイカル領とは伯爵に会うまで知りませんでした」
「しかし、まさか王家の指輪を売ろうとなさるとは。さすがにどんな宝石商でも買い取れませんよ」
ベイカル伯爵は愉快そうにのどを鳴らして笑うが、僕にはこの指輪しか換金できそうな物は無かったのだ。
「確か大工道具一式ですね。かさばらない程度のものを用意いたしますよ。用意が出来るまでは私の屋敷にてお待ちください」
「すいません、ベイカル伯爵。代金は指輪でいいでしょうか?」
「エトゥス様、その指輪は裏に流れれば家一軒建つほどの価値があるのですよ? さすがに指輪を頂くことは出来ません。そうですね、大工道具一式は私からの婚姻祝いということで」
「ありがとうございます」
ここはベイカル伯爵の好意に甘えておこう。
しばらくすると馬車は歴史を感じさせる大きな屋敷に到着した。
玄関では執事や侍女が膝折礼で出迎え、僕は応接室に案内される。
気品のあるゆったりとした椅子を勧められ、僕は腰を下ろした。
「して、エトゥス様はここまでどうやって来られたのです? 必要であれば帰りの馬車を用意しますが」
「いえ、部族の者が近くで待っていてくれているので、ご厚意だけ頂いておきます」
「そうですか。そういえばミルカ様は長耳族に嫁がれたとか」
さすがにおぶわれてここに来たとも言えず、僕は言葉を濁した。
ベイカル伯爵も心得たもので、僕の表情を見て追及することなく話題をさらりと変えてくれる。
物腰柔らかな喋り方だからか、時間の流れを忘れるようについつい饒舌になってしまう。
「失礼いたします」
話の途切れを待っていたかのように軽やかに扉が叩かれると、僕よりも4,5歳ほど若い少女がお茶をもって部屋にやってきた。
質素ながらも薄い青のロングドレスを着た少女は僕を見て微笑むと机の上にお茶を乗せ、優雅なお辞儀を披露した。
「初めまして。わたくし、テレシーヌ=グリウス=ベイカルと申します」
「あっと、エトゥス=アズ=アスタレイアです。いえ、もう王族ではないので、エトゥス=ンデモルガです」
とっさに前の名前が出てしまった僕に、口を手で隠して小さく笑うテレシーヌ嬢。アスタレイアの名を聞いて驚かないのは、誰が部屋にいるのかを知ってて入ってきたのだろう。
「テレシーヌ、下がりなさい」
「わたくしがここにいるとお邪魔でしょうか?」
「私が客人と話しているところに割って入る無作法を教えた覚えはないがね」
「もう、お父様のいじわる。エトゥス様、またの機会にお話ししましょうね」
ベイカル伯爵が困った顔をすると、テレシーヌ嬢は頬を膨らませて部屋を出て行った。
確かに貴族の世界では当主が客の相手をしてる時に部屋に入り自己紹介をするのは失礼とされている。
だがテレシーヌ嬢の明るい雰囲気は気に障るようなものではなかった。
「失礼しました。年頃の娘はいかんせん好奇心が強いもので。いやはや私の教育不足です」
「いえ、僕はもう王族ではないので気になさらないで下さい。年齢的にそろそろ社交会などにも出られる頃ですか?」
「えぇ、娘ももう13歳。来年あたりからは少しずつ顔を出させようとは考えていますが、心配はつきませんよ」
僕も社交界に顔を出し始めたのはその頃だ。慣れるまでは終始緊張していたが、もう二度と出ることがないと思えばありがたくもあり、寂しくもある。
そんな貴族界の話をしていると再び扉が叩かれる。
道具一式の用意が出来たという知らせだった。
すでに随分とジョルグを待たせてしまっている。
僕は道具の詰め込まれた背負い袋を担ぐとベイカル伯爵に改めて礼を言った。
「何から何までお世話になりました」
「いえいえ。エトゥス様、いつでもこの領地にお越しください。ただし、まず私の所に顔を出して下さいね」
「はい。以後気を付けます」
何か問題が起きる前に顔を出せということなのだろうが、僕としてもベイカル伯爵の存在はありがたい。
街の入口まで衛兵の警護付きで送られ、僕はジョルグのもとに急いだ。
背負い袋はそれなりに重かったが、どうにか待ち合わせ場所に辿り着くとジョルグは地面に体を横にして寝ていた。
「ジョルグ。遅くなってごめんね」
僕の声掛けに反応して、ジョルグは目をこすりながらこちらを見た。
竜人族はよく寝るが目覚めがいいのは助かる。
「うぅぅん。エトゥス、もういいのか?」
「うん。欲しいものは揃ったよ」
僕が背中の袋を見せると、ジョルグは大きく伸びをして立ちあがった。
ジョルグの背に僕が乗り、僕の背に背負い袋が乗る。
人から見ればおかしな恰好だろうが、幸い周りには誰もいない。
来た時と同じ速さの帰り道。
僕の体は背中の重みで何度も悲鳴を上げたがどうにか振り落とされずに里に戻るのだった。




