つまりそういうことだ
アスタレイア王城の中央に位置する重厚な扉の前で、末っ子で第6王子の僕と、1つ年上で第5王女であるミルカ姉上の視線が交差する。
扉の先、アスタレイア国王のもとへと続く謁見の間に呼ばれた意味を理解している僕たちには、もはや言葉は要らない。
『どちらがハズレを引いても恨みっこなし』
視線だけで会話をこなし確認するように頷くと、扉の両脇で直立不動のまま待機している衛兵に合図を送る。
「ミルカ=アズ=アスタレイア様、エトゥス=アズ=アスタレイア様。ご入室!」
大層な号令と共に、巨大な扉が音を立てて開かれる。
まっすぐに伸びた赤い絨毯の奥、数段ある階段の先にある権力者を象徴する無駄に大きな椅子に国王陛下は座っていた。
僕とミルカ姉上は歩調を合わせ階段の手前で歩みを止めると、その場で跪いた。
「ミルカ=アズ=アスタレイア、エトゥス=アズ=アスタレイア。おもてを上げよ」
国王らしく堂々とした態度ではあるが、チラチラと隣に座る国王妃に視線が走るのは、しみこまれた癖だろう。
王妃のダメ出しと呼ばれる母上のお説教に、国王陛下がプライドもなく土下座で謝る姿を知るのは親族のみ。
そんな体面を保つような国王陛下の態度に普段なら口元が緩んでしまうが、今日は違う。
陛下の言葉でこれからの人生が決定されてしまうのだ。
僕が張り詰めた空気に呑まれないように、ゴクリと唾を飲み込むと、国王陛下もまた小さく咳ばらいを一つした。
「ミルカは19歳、エトゥスは18歳になったか。二人とも今日呼ばれた意味は分かっておろう。お前たちの婚姻のことだ」
僕もミルカ姉上も王族の一員。誰とも知れない相手と結婚する覚悟は出来ている。
そして、いざとなれば城から逃げ出す覚悟もだ。
少し間を空けてから、ゆっくりと陛下は僕とミルカ姉上の顔を見た。
「古くからの王家のしきたりにより、エトゥスは長耳族に婿入し、ミルカは蜥蜴人族に嫁ぐ」
——っよし!
僕は小さく拳を握りしめ、勝利を喜んだ。
隣からは絶望垂れ流しの呪詛のような呟きが聞こえてくるので見てはいけない。
歳が近くいつも僕を可愛がってくれたミルカ姉上。
出来るならば代わってあげたいが、結婚とは相手があってのもの。非常に残念なことに僕とミルカ姉上の性別が違う以上、交代など無理な話だ。
心苦しいが、必ずミルカ姉上の分まで幸せになると神に誓おう。
「予定であったが、先方の都合によりエトゥスは蜥蜴人族と、ミルカは長耳族と婚姻を結んでもらう」
——はぁぁぁ!?
続いた言葉に僕は驚愕し、目を見開いた。
「——っしゃぁぁぁ!! きたこれ!!」
隣では大きく拳を突き上げたミルカ姉上が、勝利の雄叫びを謁見の間全体に響かせた。
嘘だろ? 信じられない思いでミルカ姉上を見上げれば、優しい笑顔で迎えられる。
『エトゥスの分まで幸せになるから』
そう目で語られた。
この人は弟が蜥蜴人族に生贄に差し出される悲しみがないのだろうか?
私が代わりに蜥蜴人族に嫁ぎますとか言わないのだろうか?
大きく呼吸をする程度の時間で立場は逆転した。
そして僕の中でこの国の伝統が、愚かなしきたりへと認識変更された瞬間でもあった。
亜人……それは人間の言語を話す、人ならぬ姿をした者を表す言葉だ。
その多くは動物の混じったような外見であり、人間からは差別的な扱いを受けていた歴史がある。
彼らは進化の過程で枝分かれをしたと言われているが、その真偽を知る者は神だけだろう。
本来なら優れた身体能力を持つ彼らだが、少数ゆえに圧倒的な数をほこる人間によって住む場所を追われた。
ゆえに、彼らは人間との接触を好まず、深い山や森で隠れるように生活している。
ここアスタレイア王国は世界的に見ても珍しい、亜人に寛容な国である。
もとをただせば600年前。周辺国からの侵略に彼らと力を合わせて抗ったことがアスタレイア王国の歴史の始まりだ。
王国は彼らを差別的な亜人とは呼ばず異種族と呼び、生活場所を隔ててはいるが、争いもなく共存している。
現在でも共存が成り立っている理由の一つが、アスタレイア王国にある600年前から続く伝統。
それが今さっき僕の人生を絶望へと叩き込んだ愚かなしきたりだ。
100年に一度、その種族ごとに王子か王女が婚姻を結び、相手方の種族として生きていく。
宗教色の強い国からは非難を受けたが、代々の国王はそれがアスタレイア王族の務めとして守ってきた。
100年は長く感じるかもしれないが、そもそもアスタレイア王国には牛頭族や人馬族を始めとする約30もの種族が暮らしている。
子沢山と有名な王家とはいえ、1世代で40人も子供がいるわけではない。
つまり100年単位にすることで3~4年周期で第四王子・王女以下が王家から離れることになる。
今年は長く続く王族の中でも最大の当たりであり、外れと言われている年。
婿・嫁に行くならこの種族ランキング(※王室調べ)でぶっちぎりの1位である長耳族と、最下位争いに名を連ねる蜥蜴人族との婚姻が待ち構えていた。
人に近い姿の種族ほど人気があるが、長耳族といえば細身の体に整った顔立ち。しかも長寿のためにいつでも若々しい。
どこぞの貴族に入婿、嫁入りするよりも遥かにいいと皆が思っている。
蜥蜴人族は……いうまでもなく字面通り。
文献では【人の大きさで二足歩行の蜥蜴】とだけ記されていた。
まさに天国と地獄。
蜥蜴に愛情を注ぐ者も世界中探せばいるかもしれないが、結婚したいと志願する人間を僕は見たことも聞いたこともない。
『ははは、今日も君の鱗は美しいね』
苦笑いすらも浮かべられない引きつった表情で、巨大な蜥蜴と戯れる自分を想像して決心した。
逃げよう。
僕は素早く思考を切り替えて、城を脱出する算段を張り巡らせるのだった。