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君に触れられなくても  作者: 浅葱 レイ
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 楓馬達の在籍している大学は基本的に医療分野を中心としており、医学部、医療学部在籍の学生が多い。楓馬や杏、李佳の在籍するのは人間福祉学部であり、大学内での人数は比較的少ない。その中でも杏や李佳のような福祉の相談業務を主に学ぶコースと、楓馬のような実際に介護を学ぶコースに別れている。そして、友達の智矢は医療学部の理学療法学科で、理学療法士を目指して勉強をしている。皆、基本的に大学4年時にそれぞれの国家資格取得を目指す。

 単位のとり方、テスト期間などは概ねどこの大学とも同じで、前期、後期それぞれおよそ4ヶ月間(講義回数は各15回程度)で、その後のテスト期間中にテストまたは課題提出という流れである。

 

  そんな中で大学3年生としてのキャンパスライフを送る楓馬は、着実に介護と福祉の技術を培ってきていた。コミュニケーション論もその中の一つで、最初は単位目的で受講していたが、数回の間に重要性を感じ、眠い目をこすりながらも真面目に講義と向き合っていた。

 そして、気付けば杏を目で追っている自分に少しづつ気がついてきてもいる。

 ジメジメと蒸し暑い日が続く中でも彼女はマスクで顔を覆い、少しオーバー気味のカーディガンや薄手のパーカーなどを必ず着ている事を、楓馬は少し疑問に思っていた。しかし、何かのアレルギーであればマスクは着けるだろうし、肌を見せたくない、日焼けしたくないという女性も居るだろうとそこまで気にすることは無かった。

  初回の自己紹介から3回目の講義の時から杏にも友達ができたようで、1人の明るく元気そうな子と並んで前に座るようになった。スマホの画面を見て話をしていたり、友達の話を頷きながら聞いていたりする彼女を遠くからでも見るようになった。

 しかし、2週間後には杏はまた1人で前の席に座るようになった。週一回、毎週水曜日にこうして後ろから彼女を見守ることしか出来ない楓馬は、どこかもどかしさを感じていた。

 目で追ってしまう理由として、1回の講義の中にグループワークが必ずあるのでまた彼女は1人になってしまわないかという心配もあった。実際のところは、彼女の数列後ろに座る女性グループの中に混ぜてもらうようになっていたので、また自分が助けに行くということはこれまでにはない。いつもポツンと前の方に座る彼女が自然と目に付いてしまうのもあったが、儚げで放っておけない気持ちにさせる彼女を、言わば妹のように楓馬は見ていた。


  6月上旬、雨の日が続く中、今日も杏は前の方へと腰を下ろしていた。窓ガラスに時折うちつける雨の音と、学生の話し声とで教室内は騒がしい。講義が始まるまで残り10分を切ったところだ。

  杏は徐に本を開いて栞を取り出すと、それを机の上に置いた。そして続きから本を読み出す。

 そこへ低めに結んだポニーテールを揺らしながら、佐藤教授が教室に入ってきた。 黒い花柄のワンピースにいつものベージュのトートバックを肩にかけている。

 教卓の前でいつも通りバックをおろし、ノートパソコンを取り出し電源を入れる。そして、トートバックから小さな手帳も取り出したと思ったら、再びトートバックの中を見る。ガサゴソとなにか探しているようだが諦め、ジャケットの胸ポケットも探し出す。どうやらそこにも目当てのものはなかったようだった。

 そんな教授の元へ、杏がペンケースを持って歩み寄ってきた。そして中からペンを取り出して教授に渡す。

 声は聞こえないが、教授は彼女に「ありがとう」と言っているようだった。

「…ま」

 そして一言二言会話をすると杏は席へと戻っていった。彼女は前にかけられている時計を一瞥するとまた本を開き、続きから読み始める。

「...うま!楓馬!」

 楓馬はハッと我に返り頬杖をついている体をビクつかせ、声のするほうを慌てて見る。右隣に座る智矢が、左の親指を立て、「うしろうしろ」とその指で指し示す。楓馬は後ろを振り向いた。

「ふーまくん大丈夫?具合悪い?」

 李佳が首を傾げながら、目を細めて心配そうに楓馬を見ている。どうやら何度か李佳に声をかけられていたらしい。

  初回授業からずっと自分達の後ろの席を李佳達は確保していた。そのおかげでこの講義では何度もグループワークを一緒にすることになっている。

「いや全然大丈夫っす。何ですか」

「あのさぁ、ふーまくんってハーフ?」

「え?」

 突然の話題に面食らう。

「ずっと気になってたの。鼻高いし、肩幅とか大きいし」

 人差し指で楓馬の肩をちょんちょんと突く。

「違いますよ」

 手を横に振りながら、無理やり笑顔を作ってそう否定する。

「えー!そうなんだ。ね!ハーフっぽいよね」

 李佳が意外そうな顔をして、両隣の友人に目配せする。友人2人もしきりにうんうんと頷いている。楓馬はその姿を見てハハハと乾いた声で笑うと、また素っ気なく前を向く。

「彼女いないのが不思議~」

 後ろから彼女らの話し声が聞こえてくる。

  確かにハーフかと言われたことは今までにも何度かあった。そう言われ始めたのも大学に入ってからだ。髪型も整えるようになり、コンタクトにすると、周りの評価は驚く程に変わっていった。男女問わず知り合いも増えていった。楓馬は外見の大切さを身に染みて感じると共に、所詮、見た目なのかという感情も募らせていった。

 大学に入り、とくに李佳のような女性から言い寄られることが増えていた。明らかに変化した他人からの評価を嬉しく思っていたし、恋愛経験もほぼ無い楓馬にとってはそれらは満更でもなった。ただ、そういう流行の最先端をいっているようなキラキラとした女性らとは波長が合わなかった。見た目に反してとことん真面目で落ち着いており、根は大人しく、家で1人でにいる方が好きな楓馬は、ドキドキや刺激を求める彼女達の理想とは違うものだったのだろう。その波長のズレ、自分とは違うなと思っている気持ちというのは相手に伝わりやすいもので、付き合ってすぐか、仲良くなる中で愛想をつかされることがほとんどだった。

 モテているのは容姿だけで、俺の中身、俺自体は別にモテている訳じゃないんだと悟っていた。かといって今から容姿を高校時代に戻そうと言うのも今更気が引けるし、性格の部分は短期間でどうこうできる訳もなく...。

  どうせ容姿かよという思いと、結局は中身かよという2つの複雑な思いを拗らせているのが楓馬なのであった。


 相変わらず背後で女子たちが誰がかっこいいだの、どういう人は無理だのと盛り上がって話している。

  本当に好きな人がいるから恋人を作っているのか、それとも周りに流され大学生にもなれば恋人を作るのが普通であるから恋人を作るのか。

  大学に入ってからの色々な経験が波のように押し寄せてくる。自分も周りに流され惰性で付き合っていたことは多々あり、反省もしていた。それからここ1年ほどは恋愛とは距離を置き、言い寄られたとしても相手をしないようにしてきていた。1人の時や智矢のような友人といる時が楽しいし、恋人なんていらないとさえ思い始めていた。



 教授がマイクの電源を入れて、教卓の前に立つ。

 今日も講義が始まろうとしていた。


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