また次男
「そうと決まったら、さっそく鉱山に出かけましょう! ヘルメットにリュックサックにピッケルに……」
メグは完全にうかれていた。冒険でも始まるみたいに。
いや、宝探しなのは間違いないのだが。
エイミーはしかし苦い笑みだ。
「マーガレットさま、お待ちください。おそらくベンジャミンさまは、こちらの行動を監視しているはず。いきなり鉱山に行っては怪しまれます」
「もしついて来るなら、あなたが倒しちゃえばいいのよ」
「倒せる相手ならいいのですが」
簡単にはいかないだろう。
相手だって銃を持ち出してくるに決まってる。
俺も補足した。
「ただ財産を手に入れるだけじゃダメだ。輸送の手段も考えないと」
もし金塊だったら、トラックでもなければ運べない。
仮に運べたとして、換金するのも一苦労だ。
金を払ってボディーガードと作業員を雇うべきかもしれない。
問題は、その資金がないということだ。
後払いでもいいが、もし空振りだった場合、悲惨な目に遭う。
俺は紅茶をすすりつつ、しばし考えた。
「なあ、組織に仲裁してもらわないか?」
「はぁ?」
想像通り、メグの反発が来た。
「もろもろの諸経費や、命のリスクを計算してみたんだが、どうしたって割に合わない。だったら組織に仲裁してもらって、そのあとみんなで遺産を見つけて、仲良く四等分するんだ」
「嫌よ! お断り! あの二人と遺産を分け合うくらいなら、死んだほうがマシだから!」
これは交渉の余地ナシか。
時計を見ると、そろそろ五時。
少し早いが、仕事を口実に抜けさせてもらうか……。
「よし、分かった。続きは帰ってからにしよう」
「は?」
「仕事に行かないと」
「まだ五時!」
まあ早すぎるな。ここから作業場まで三十分もかからない。
だが、行かねば。
「マチルダが待ってる」
「待ってない!」
「とにかく行かせてもらう。君はおとなしく留守番してるんだぞ?」
「バカ!」
小学生ばりの罵倒が飛んできた。
*
だが、たしかに早すぎたらしい。
あるいは定刻通りでも同じだったか。
道の途中でベンに出くわした。
昨日会ったばかりだというのに。
「まだ答えは出ないのか?」
「せっかちだな」
俺もつい皮肉を口にした。
この態度が気に食わなかったのか、彼は露骨に顔をしかめた。
「今朝、組織の連中がうちへ来た。仲裁したいんだとよ。こっちは最後までやるつもりだってのによ。いい迷惑だぜ」
「自信満々だな。勝算はあるのか?」
「もちろん。ただ、お前の存在は邪魔になる」
つまり敵がマーガレットひとりなら勝てるということだ。
まだ十代の妹相手にイキがっているとは情けない。
俺は溜め息をついた。
「俺のなにがどう邪魔なんだ?」
「全部だ! あのガキひとりなら、遺産は永遠に見つかりっこねぇ。だがお前は違うよな? あいつより頭が働きそうだ」
「どうだろうな。頭の働くやつが、毎日この時間、低賃金で、ただ三時間座ってるだけの仕事をすると思うのか?」
俺がそう尋ねると、ベンは小馬鹿にした表情を浮かべた。
「なんだ、お前そんなケチな仕事してるのか?」
「ケチじゃない。検品の監督だ」
「日給いくらだ?」
「言いたくない」
すると彼はクククと笑い出した。
「おいおい。親父は生前、お前らになにも残さなかったのか? お前の母親だって、なにか受け取ってるはずだろ? 不動産は?」
「風地区に家が一軒ある」
「ほかは?」
「ない」
父はなにか提案したかもしれないが、きっと母が突っぱねたはず。マフィアと関わりたくなかったのだ。だからこそ風地区に住むことを選んだ。
ベンは大袈裟に肩をすくめた。
「悪かったな。お前のこと誤解してたよ。きっとまともな教育も受けられないような、貧しい生活だったんだろ。同情するよ。もう行けよ。仕事したいんだろ?」
「じゃあ遠慮なく」
「だが最後にひとつ、マーガレットに伝えておけ。意味不明な手紙を送り付けてくんなってな。どうせあいつの仕業だろ? 俺たちは惑わされないからな」
「オーケー」
つまり彼らは、あの怪文書がなんなのか推理さえしていないということだ。
出し抜くのはそんなに難しくないかもしれない。
*
店先でマチルダと挨拶を交わし、俺は作業場へ入った。
作業員たちはダルそうにダラダラと仕事をする。
俺も座ってるだけ。
これがだいたい三時間続く。
終わるとフィッシュ・アンド・チップスを買って帰る。
自宅では、自称妹とその侍女が紅茶を飲んでいた。
なんだかいいにおいがする。
「ただいま」
「お帰りなさい、お兄さま。どうだったの? マチルダとはお話しできた?」
「ああ、なにもかもいい感じだったよ」
「ふーん。それはよかったわね」
エイミーが紅茶を出してくれた。
「スコーンを焼きました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう」
これからフィッシュ・アンド・チップスをバルサミコ酢でびちゃびちゃにして食べるところなのだが……。まあスコーンが先でもいいだろう。
「ベンジャミンに会ったよ」
俺がそう切り出すと、二人が同時に固まった。
またか、という顔だ。
そう。まただ。
「組織が仲裁に乗り出したせいで、焦ってるみたいだぜ。連中が使ってる黒服にしたって、俺たちを脅すくらいなら喜んでやるだろうが、組織とは対立したくないだろうしな」
メグはケタケタ笑った。
「ザマないわね」
「笑えるネタはもうひとつあるぞ。例の手紙は、彼らのところへも届いてるらしい。しかもメグ、君の仕業だと思われてるぞ」
「おつむの差が出たわね。ま、ほとんどお兄さまのおかげだけど。そのお兄さまを味方に引き込んだ私の判断は間違ってなかったわ」
記憶によれば、俺を引き込んだのはエイミーだったはずだが。
あえて黙っておこう。
俺はスコーンをかじりつつ、溜め息をついた。あまさは控えめ。
「けど、まだ遺産を回収する算段が付いてない。早くしないとベンジャミンも気づくかもしれない」
メグはしかしジト目だ。
「さっさと掘りに行けばいいのよ」
「ダメな理由はさっきも話したろ?」
「なんだっけ? 忘れたわ」
「ヘタに動くとベンジャミンに悟られる。それに、遺産の輸送手段もない」
「組織に頼んで、銃のついた車でも借りれば? もしかしてお兄さま、車の運転できないの? 大丈夫よ。エイミーが運転できるから」
まだ問題点を正確に把握できていないようだな。
俺が言ってもムダかもしれない。
視線で助けを求めると、エイミーがうなずいた。
「マーガレットさま、もうひとつスコーンをどうぞ」
「おなかいっぱいよ」
違う。ちゃんと説得してくれ。
俺はバルサミコ酢をとり、さめたフィッシュ・アンド・チップスにぶちまけた。ツンとした酸味が鼻腔を刺激する。
「かけすぎよ!」
なぜかメグから苦情が来た。
「俺はこれが好きなんだよ」
「見てるだけで頭痛がしちゃう。これで吐かないのに、ママのアップルパイで吐くなんて失礼じゃない?」
「君は実物を見たことがないからそう言えるんだ」
するとエイミーがポンと手を叩いた。
「では明日はアップルパイにいたしましょう」
強くて美人で運転ができるだけでなく、料理まで得意とは。
弱点がない。
それほどの人物が、なぜメグの侍女を続けているのだろう。
もし遺産を狙っているというのなら、そっちのほうが分かりやすいくらいだ。
俺は強引に話を戻した。
「ともあれ、彼らと和解できない以上、銃撃戦は覚悟しておいたほうがいい。むしろまだ撃ってこないのが不思議なくらいだ」
ベンが俺を撃つチャンスは二度あった。
もちろんこの島にも法はある。マフィアでもない彼が、同じくマフィアでもない俺を撃てば、ただの殺人犯として扱われる。逮捕されるし、もはや宝探しどころではなくなる。だから慎重だったのだろう。
しかし、それでもいつかは衝突することになる。
たしか母さんは、古いウィンチェスターを持っていたはず。
よく森で射撃の練習をしていたっけ。
あれが使い物にならないようなら、修道院から買ってもいい。安くはないけれど、品ぞろえだけは豊富だ。彼女たちの建前は「自己防衛のため」らしいが、収集しているうちに銃器マニアになったとしか思えない。
メグは不安そうな表情になってしまった。
「やっぱりそうなるのね。エイミー、私を守ってくれる?」
「ええ、もちろん。ご心配には及びません」
「エイミーも死んじゃダメよ?」
「お約束します」
安請け合いして大丈夫だろうか。彼女がそう言うのなら本当に大丈夫な気がしてくるが。
それでもメグを守るのが限界だろう。
俺のことは、俺自身で守らないといけない。
(続く)