謎解き
また怪文書。
夜が来た
四頭の馬が来た
深淵を覗いた
柵を覗いた
海を覗いた
岩場を覗いた
まったく意味が分からない。
ベンにもこれが届いているのか、確認しておくべきだった。
「お兄さま、暇だわ」
俺は朝から妹の苦情にさらされている。
風地区は安全だが、娯楽がない。
いやあるが、ビールしかない。
遺産を探そうにも手掛かりがない。
もっとこの怪文書に注意を払うべきだろうか。
ドアがノックされた。
「ミスター・マイン。開けな。修道会だ」
珍しい。
彼らは人を呼びつけることはあっても、自分からやってきたりはしない。
エイミーが引き出しから短機関銃を取り出した。
たぶん本物の修道会だと思うが。
俺はドアを半分開けた。
「ご用は?」
修道服の老婆が立っていた。しわだらけの顔を、さらにしかめている。
「あんたに面会を求めている男がいる。ただ、そいつの素性がね……。いわゆる組織の人間で、それも上級幹部だ。もしご希望なら追い返すが、どうする?」
「応じます」
俺が返事をすると、彼女は意外そうに片眉をつりあげた。
「あんた、いったいなにをやらかしたんだい? いや、いい。聞くべきじゃないね。外で待たせてる。会いに行ってやんな」
「一人ですか?」
「ああ。マナーもしっかりしてる。みんながああだといいんだがね」
老婆はぶつくさ言いながら行ってしまった。
*
こういう招かれざる客は、風地区の外で会うことになっている。
どうしてもついてくると聞かなかったメグとエイミーを連れて、俺はゲートの外までやってきた。
黒い車が一台ある。
そこへ、しわのないスーツの男が立っていた。
白髪混じりの髪とヒゲは短くカットされており、スポーティーな印象。姿勢もいい。
俺たちが近づくと、彼は吸っていたタバコを携帯灰皿に押し込み、笑みを浮かべた。
「呼び出してすまなかった。マーガレットも一緒か」
だがメグは首をかしげた。
「どちらさまかしら?」
「さすがに覚えてないか。俺はトレント・ウォルター。いまは組織のナンバー・ツーってところだ」
もちろん知らない。
だがエイミーが補足してくれた。
「お父上の部下をされていた方です。信用してもよいかと」
するとメグはそっけない笑みを浮かべ、スカートをつまんで形ばかりの辞儀をした。
「マーガレット・マインよ。組織の方が、この私にどんなご用かしら?」
いや、彼女に用があったわけではないだろう。
ウォルターが呼び出したのは俺だ。
「はじめまして。クリストファー・マインです」
ウォルターは両手を広げた。
「ようやく会えたな。風地区にいることは知っていたが、知っての通り、俺たち組織の人間は立入禁止でな。そうでなければ、お母上の葬儀にも顔を出したかったんだが」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
悪い気持ちはしなかった。
だが、母はあきらかに組織を避けていた。だから距離をとっておいたほうがいい。墓には案内しないほうがいいだろう。
「で、本題はなんなの?」
メグの生意気な態度に、ウォルターは嫌な顔ひとつしない。
「じつは相続の件で来た。お父上はボスだったとはいえ、いまとなっては私人だ。本来、俺たちが口を挟むようなことじゃない。それは分かってる」
「ならなによ?」
「莫大な額なんだろ? それでどうも、ベンジャミンを焚きつけて、そのおこぼれにあずかろうとしてる連中がいるらしくてな」
「ホテルにいたおじさんたちのこと? あれは正当防衛よ」
「そうだ。だから問題にはしない。組織はこの問題に対して、中立でありたいと考えている。もし首を突っ込むヤツがいたら、そいつらのことは好きにしていい。ただ、組織としては、この島で抗争が起きるのを黙って見ているわけにもいかなくてな」
この島の住民は、全員がマフィアの仕事をしているわけではないが、全員がなんらかの形でマフィアの関係者だ。
だからどんな抗争も、組織へのダメージになりかねない。
ウォルターはこう続けた。
「いま、二組に分かれて争っているようだな。俺たちは、その仲裁の手伝いをしたいと考えている」
仲裁、か。
メグはしかし顔をしかめた。
「もし望まないとしたら?」
「それはそれで構わんさ。望んだときに頼ってくれればいい。ただ、不利になってから言われても、相手が応じない可能性がある。判断するなら早めに頼む」
「それはあいつらに言うのね」
「俺の用件はそれだけだ。なにか質問は?」
メグが一方的に話を片付けてしまった。
だが、質問ならある。
「父の遺言は?」
「残念ながらなにもない。闘病中になにか手紙を書いていたはずなんだが、それも見つかっていなくてな。問題を起こさないのが長所だったのに、死んでから問題を起すなんてな……。おっと失礼」
いや、苦情を言う権利はあるだろう。
すでに死者まで出ている。
とんでもない問題を残したものだ。
*
ともあれ、あの怪文書が、父のものである可能性が出てきた。
ウォルターと別れた俺たちは、自宅へ戻り、手紙を再確認した。
馬が四頭。それが北へ行ったり南へ行ったり、海を覗いたり岩場を覗いたりしている。
この馬はなんの比喩だろうか。
記述された順番は関係があるのだろうか。
いろいろ考えたが、なにも分からなかった。
「お兄さま、やはり現地に足を運んでみるべきでは?」
「現地って? どこへ?」
あまり大きな島ではないが、かといって小さいわけでもない。アテもなく歩き回るには広すぎる。
メグはがっくりとうなだれた。
「知らない。とにかくどこか探さないと。こんな意味不明な手紙を待ってたって、なにも解決しないわ」
そうかもしれない。
しかしこれがヒントなのだとしたら、無視するのは惜しい。
もし手紙にある東西南北が、この島のことだとしたら?
中心街だけがポッカリと空白になっている。
馬が覗いているのはどこだろう?
この島でいえば、海は四方にある。
深淵と柵は分からない。
岩場は東――。
「うん?」
符合しているのでは?
今日の手紙では、最後の行に岩場があった。
そして昨日の手紙では、最後の行に東。
これは島の状況とも一致する。
じゃあ下から二番目は?
今日が海。
昨日が南。
この島では港。
三番目。
今日が柵。
昨日が西。
バリケードで囲まれた風地区のことだろうか。もしそうなら西で符合する。
では四番目はどうだろう?
今日が深淵。
昨日が北。
もし深淵を安直に「深い穴」と考えていいのであれば、閉鎖された鉱山と考えられるかもしれない。
俺がこの推理を告げると、メグは身を乗り出した。
「えっ? えっ? どういうこと? その四か所のどこかに遺産があるってこと?」
「おそらくな」
「じゃあ、探しましょうよ! ね? 四か所だけなんだから!」
「待て待て。四か所だけとはいうが、その四か所が問題なんだ。たとえば南。海としか書かれてない。この島の港に限ったとしても、かなりの広範囲になるぞ。もし海の底だったら、探索するだけでも大変だし、引き上げるとなるともっと大変だ」
「じゃあどうするの? 黙って見てても遺産は手に入らないのよ?」
メグはあせりすぎだ。
気を利かせたエイミーが紅茶を出してくれた。
俺はひとつ呼吸をし、こう応じた。
「探す側の都合だけでなく、隠す側の都合も考えてみないか? たとえば海だ。常に警備員がいる。なのに海に財宝を投げ込んでるヤツがいたらどうだ? すぐ噂になるだろう?」
「たしかに」
「東の岩場はどうだろう? あんな場所までモノを運ぶだけでも一苦労だ。それに、そもそも隠す場所がない。人力じゃ穴も掘れないしな」
「え、じゃあ……」
「西。柵で囲まれている。組織の連中は入れない。そんなところに遺産は隠せないよな?」
「そうよ! その通りよ!」
俺も当てずっぽうだったが、喋っているうちにだんだんその気になってきた。
「最後は北だが……。たしか組織の敷地があったな? 車両を使えば、そこから鉱山までは荷物を運べる」
「さすがお兄さま! 答えは鉱山ね!」
うん。
答えは鉱山。
俺もそう思う。
だが、本当に?
こんなに簡単なことなのだろうか?
まだ解けていない謎がひとつある。
それは初日の手紙だ。
四頭の馬だ。
それぞれに意味があった。
東、岩場、色褪せた馬、死。
南、海、黒い馬、飢餓。
西、柵、赤い馬、闘争。
北、深淵、白い馬、勝利。
やはり鉱山で正解なのだろうか。
(続く)