表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

怪文書

 さて、本当に来た。

 少し前まで母と二人で暮らしていた自宅。

 そこへメグとエイミーが、キャリーバッグを引きずって入ってきた。


「意外とキレイにしてるのね」

 メグはあちこち確認して回っている。

 特に言うこともない、小さな二階建ての家だ。

「使ってないだけだ。家じゃ食事しないからな」

「料理しないの? そんなんじゃモテないわよ」

「余計なお世話だよ」


 小さなテーブルが一つ。

 ちゃんとした椅子は二つしかない。だから俺は階段に腰をおろした。

「明日は、港の倉庫を確認しよう。父さんが借りてるかもしれない」

「見つからなかったら?」

「北の森を掘り返すしかないな」

「私イヤよ。犬じゃないんだから」

 俺だってイヤだ。


 するとエイミーが、手紙を抱えてやってきた。

「勝手ながら、郵便物を回収してまいりました。あまり溜め込んでいると泥棒に狙われます」

「ありがとう」

 このところ母の葬式などで忙しく、細かいところに手が回らなかった。

 修道院の斡旋で、少し前から街の仕事を始めたはいいが、あまりに退屈でずっとぼんやりしていた。

 さすがに今日の出来事で目は覚めたが。


 俺はなにげなく手紙を眺めた。よく分からないサービスの勧誘、地区のお知らせ、公共料金の支払い、そして宛先のない白封筒。


「キッチンをお借りします」

 エイミーが湯を沸かし始めた。

 紅茶でもいれるつもりだろうか。


 俺は白封筒をあけ、中の紙を取り出した。

 内容はこうだ。


夜が来た

四頭の馬が来た

白い馬が来た

赤い馬が来た

黒い馬が来た

色褪せた馬が来た


 メグも「見せて」と覗き込んで来た。

 怪文書にしか見えない。

 このタイミングだ。何者かが俺たちを誘導しようとしている可能性もある。


 メグの盛大な溜め息が聞こえた。

「ねえ、エイミー。これどう思う?」

「四頭の馬……。たしかヨハネの黙示録に、このような馬に乗る騎士がいたような」

 彼女が得意なのは銃撃戦だけじゃないらしい。


 だが俺はこのとき思った。

 手紙を送り付けてきたのがエイミーである可能性も否定できないと。

 いまは誰も信用できない。

 彼女たちはこの戦いの参加者だ。遺産を手に入れるためなら兄弟だってハメる。


 俺はあえて尋ねた。

「どういう意味だと思う?」

 エイミーはいちどコンロの火加減を確認してから、こちらへ向き直った。

「白い馬は『勝利』を、赤い馬は『闘争』を、黒い馬は『飢餓』を、色褪せた馬は『死』を、それぞれもたらすと言われていますね。もしこれがお父上に関連するものであれば、四人の子供たちを騎士に見立てている可能性もあると……」

「結論は?」

「この手紙だけではなんとも」

 そうかもしれない。

 このあと二通、三通と怪文書が届くかもしれない。


 メグは椅子へどっと腰をおろした。

「勝利するのは白い馬? ならきっとそれが私よ。お兄さまは、次によさそうなのを選んでいいわ」

「まだなにも断定できないぞ。第一、誰が送ってきた手紙かも分からないんだ。敵の誘導かもしれない」

 俺がそう応じると、メグはくすくすと笑った。

「敵の誘導? あのベンとボブが、ヨハネの黙示録から引用すると思う?」

「しないのか?」

「お兄さまは知らないからそんなことが言えるのよ。あいつら、信じられないくらいバカなんだから」

 これはあくまでメグの感想。

 敵をあなどらないほうがいい。


 だが、ヨハネの黙示録を知らないというのなら、それは俺もメグも同じだ。知ってたのはエイミーだけ。

 俺なんて、修道院のある風地区で育ったのに……。

 もっとも、ここの修道院は、武装が立派で、ビールを作るのが得意なだけで、あまりまともな連中とは言いがたかった。


 エイミーはテーブルへやってきて、封筒をあらためた。

「差出人は書かれていませんね」

「切手を見る限り、島内から出されているのは間違いない。けど、特定するのは難しいだろう。切手を貼って、どこかのポストに投げ込めば済むんだから。俺でも偽装できる」

 そう。

 もちろん俺が出したわけじゃないが、彼女たちからすれば、俺の自作自演という可能性もあるわけだ。

 なのに、まったく疑ってこない。

 やはりエイミーが出したのだろうか? それとも、疑ったら悪いとでも思っているのか?


 いや、俺は今日まで、自分の父親が誰なのか知らなかったのだ。

 事前にこんなことをするわけがない。


 *


 その後、エイミーの紅茶を飲んだ。

 高そうな白磁のカップだ。


 メグがつぶやいた。

「お兄さま、それ、誰のカップかお分かり?」

「君のだろ?」

「そうじゃなくて。いえ、私のだけど。家族のティータイムで使ってたものなの。それ、パパのよ。ずっとしまいっぱなしだったけど、ようやく出番が来たわ」

「……」

 なんだか複雑な気持ちになった。

 ちっとも嬉しくない。

 死んだ父が、俺の母親以外の女と結婚し、作った家庭。そこで使われていたティーカップ。他人の家に土足で入り込んだ気さえした。


 だが、メグは満足げだ。

「安心して。ほとんど未使用だから。だってパパ、私たちと一緒にお茶さえしてくれなかったもの」

「どんな人間だったんだ?」

「普通ね。きっと街を歩いていても、マフィアのボスだなんて誰も気づかないわ」

「聖書から引用するような人間だったのか?」

「どうかしら。私の部屋にあった本はぜんぶパパのものだけど……。読んでるところなんて見たことないもの」

 平凡なおじさんという印象だ。

 俺のイメージとも一致する。

 なぜマフィアのボスになれたのかは不明だが……。しかし若いころはもっと荒々しかったのかもしれない。家庭を四つも持っていたんだから、少なくとも慎ましい性格ではなかったろう。


 俺はカップを置き、時計を見た。

「エイミー、紅茶をありがとう」

「どちらかへ行かれるのですか? でしたら護衛しますが」

「いや大丈夫。夕方から仕事があるんだ」

 するとメグが立ち上がった。

「仕事? なんの?」

「港から街に荷物が運ばれてくるだろ? その検品をするヤツらの監督さ。中にはサボったり盗んだりするヤツがいるから」

「ちょっと待って。莫大な遺産を巡って争ってる最中に、街で検品の監督? お兄さま、本気で言ってるの?」

「なにかおかしいか?」

 メグは目を丸くしている。

「信じらんない。街にはベンとボブの手下もいるのよ?」

「昼間だけだろ。それに、中心部からはだいぶ離れた場所だ」

「それに、遺産が手に入ったら仕事なんて……」

「そうかもしれない。だが、手に入らない可能性もある。修道院に斡旋してもらった仕事なんだ。もしサボったらここにはいられなくなる」

「……」

 メグは息を吸い込んだものの、言葉が思い浮かばなかったのか、そのまま固まってしまった。


 *


 もちろん俺は仕事へ向かった。

 急がないとマチルダが帰ってしまう。

 マチルダというのは、花屋で働いている娘だ。俺は彼女と挨拶するのを日課にしている。挨拶以外はしたこともないが。


 仕事は簡単だ。

 ただ座っていればいい。

 まずは屈強なおじさんたちが荷物を運んでくる。すると商店街に雇われた作業員たちが、その荷物を仕分ける。

 俺は眺めているだけ。


 作業員たちは無気力だし、仕事も雑だ。

 だが監視員がいれば、最低限のことはする。


「なるほど、ここがお兄さまの職場ね」

 背後から声がした。

 メグだ。

 エイミーも一緒。

 まさかついてくるとはな。

「なぜ家にいなかった?」

「決まってるでしょ? 退屈だからよ」

 それが本心でないことを願いたいものだが。


 突然の乱入者に、作業員たちも困惑気味だ。

 メグはともかく、エイミーまで一緒だからな。なぜかずっとメイド服のままだ。


 メグは耳もとでささやいた。

「で、さっき親しげに挨拶してた女は誰なの? 彼女?」

「いまは違う。だが、いずれそうなるかもな」

「趣味がよくないわね。あんな地味な女、お兄さまには似合わないわ」

「それ以上言うな。彼女は、見た目だけ飾ってて中身がともなってない女とは違う」

 するとメグは、また空気を吸い込んだままかたまった。

 言いたいことが山ほどあったのかもしれない。

 だが、言わなかったことは褒めてやってもいい。


 メグは、あまっている椅子に勝手に腰をおろした。

「この荷物はどこへ行くの?」

「細かいのは個人商店。けど、大部分は中心街だな」

「私がホテルで食べていたものも、ここでお兄さまが仕分けしていたのね。そう考えると、なかなか愉快だわ」

「労働の大切さがよく分かるだろ?」

 彼女は「ええ」とつぶやいたきり、もうなにも言わなくなった。


 *


 フィッシュ・アンド・チップスを買って帰った。

 こいつにバルサミコ酢をたっぷりかけて食べるのが好きだ。


「お兄さま、明日も仕事?」

「ああ。日曜日以外はな」

「パパの財産を探してる余裕はなさそうね」

「そうかもな」

 仕事は三時間ほどで終わる。

 港からの荷物は、朝、昼、夕と、三度来る。朝と昼の仕分けは大変らしいが、夕方のはそれほどでもない。六時に始めて、九時には帰れる。

 だから時間はある。


 しかし、朝からずっと遺産を探し回っているベンやボブに比べれば、だいぶ不利かもしれない。彼らは仕事をしていない可能性がある。


「食後のデザートが食べたいわ」

 メグもまだホテル暮らしの感覚が抜けていないらしい。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ