状況の整理
かつてこの島は、銀の鉱山として栄えていた。
だが資源は無限ではない。
鉱山が不調になってくると、投資家たちは一斉に手を引いた。経済は停滞し、労働者たちも行き場を失った。新しい産業がなければ、島は立ち行かなくなってしまう。
そこで組合が立ち上がった。
力自慢の労働者ならたくさんいる。その人材を利用して一儲けできないかというわけだ。
島にマフィアが誕生した。
外で汚れ仕事をして、島へ富をもたらす。数だけはいたから、もめごとが起きても物量で制圧した。
いまでは島外にも拠点がある。
それでも中心地はずっとこの「銀の島」だった。
俺の父は、幹部会の投票で若くしてボスになったらしい。
このマフィアには百年近くの歴史がある。野蛮なだけでなく、きわめてシステマチックに駆動しているのだ。
世襲制ではないから、次のボスは俺じゃない。
父の遺産も、マフィアのものではなく、あくまで個人のものだ。
では、なぜ黒服が俺を狙ったのか。
彼らはベンとボブの手のものだったらしい。マフィアとて一枚岩ではない。彼らを支持する一部の連中が、金のために手を貸したらしい。
孤立していたのは俺だけで、ベンやボブ、メグたちは、わりと頻繁に顔を合わせていたらしい。なにも知らないのは、俺だけだったのだ。
以上がメグの話。
「ベンとボブは、なにか手掛かりをつかんでいるのか?」
俺の問いに、メグは肩をすくめた。
「そうは見えないわね。もし手掛かりがあるなら、図書館にまで黒服を送り込んだりはしないもの」
「それは迷惑な話だな」
「バカなのよ。特に最悪なのはボブ。あの豚、きっと家畜小屋で拾われたんだわ」
「詳しいな。よく会ってたのか?」
「思い出したくない」
ぷいと顔をそむけてしまった。
イヤな思い出でもあるのだろうか。
「ベンってのはどんなヤツだ?」
「ズルいヤツよ。いつもウソばっかりついてる。それに、サディスト。人をいじめるのが大好き」
「サディストと豚か。じゃあ次。君はどんな人間だ? いちおう教えておいてくれ」
すると彼女は、ダンとテーブルを叩いた。
「なに? バカにしてるの? 見ての通り美少女よ! あいつらと違ってマナーも知ってるし、お勉強だって得意よ。銃も練習中なんだから。ナメてると痛い目見るわよ?」
「怒るなよ。ただ戦力を把握しておきたかっただけだ。頼りになりそうな妹で安心してる」
彼女はじっとこちらを見つめてきた。
「あなたは怒らないのね?」
「なるべく怒らないよう、母親にいつも言われてたからな。その訓練もした。ヘタに興奮すると、それだけ自分の不利になる」
「ふーん。ほかの兄弟なら、すぐに言い返してくるのに。なんだか変な感じ」
「母親が違うんだから、性格もそれぞれだろう」
実際、俺の母は冷静な人だった。
俺が怒ったときも、なぜ怒っているのか、きちんと考えさせた。なにが原因で怒っているのか。本当に怒るほどのことなのか。そのせいで周りが見えなくなっていないか。
俺が反省すると、アメをくれた。
他の兄弟はどうだろう。
豚がどんな性格なのかは分からないが、ベンはズルいヤツだという。ズルをすると得をする環境で育ったのだろう。そして誰も彼をいさめなかった。
メグはワガママ。きっと父も母もそれを許してきたのだろう。ただ、それじゃいけないと本人も気づいている様子はある。冷静なエイミーの影響かもしれない。
「そもそも遺産ってのは、どんなものなんだ?」
「それも分からないの。ただ、なにも残さないなんてのは不自然だから、きっとどこかになにかあるだろうって……。けど、ただの想像じゃないわ。パパがお金を溜め込んでたのは事実なの。だから、どこかにないとおかしいワケ」
たしかに、マフィアのボスが無一文ということはないだろう。まったくなにも残さないのはおかしい。どこかになにかあると考えるのは自然だ。
死の間際に突如として良心に目覚めて、どこかに全額寄付した可能性もなくはないが……。
じっと立っていたエイミーが、口を開いた。
「お父上の口座から、たびたび大きな支出があったことは確認されています。ですので、おそらくなにか商品に変えていたのではないかと」
財宝?
金塊?
美術品?
「その額は一定? それともバラつきが? 金相場との関連は?」
「一定ではありませんでしたね。金相場についてはのちほど調べてみます」
「いずれにせよ、モノを複数回購入したとなると、保管するスペースも必要になってくる」
街はゴチャゴチャしていて、モノの保管には適さない。
倉庫があるのは港。あとは島の北側、山のふもとに謎の敷地があった気がする。マフィアの管理している「企業」かもしれない。
メグは「ふんふん」とうなずいた。
「つまり倉庫を探せばいいのね! 北のほうにグループ企業の倉庫があったはずよ!」
「たぶん違うな。企業の敷地内に、個人の資産を置いたりするだろうか」
「置くかもしれないじゃない?」
ああ、そうだ。置くかもしれない。しかしそれでは企業に持っていかれる。父がそんなマヌケな男だとは思いたくない。
俺がうーんと考え込んでいると、メグがぐっと詰め寄ってきた。
「ちょっと、いまの聞いてた? 置くかもしれないじゃない!?」
「そこはハズレだ。もっと別の場所にある」
「ならどこなのよ?」
「それを考えてる」
メグは不満そうだ。
しかしエイミーも「もし企業の敷地内ですと、所有権の問題が発生します」と補足してくれた。
宝探しの様相を呈してきた。
定番は海の底、あるいは閉鎖された鉱山の奥、はたまた謎の山小屋など、様々な可能性がある。存在しない可能性もある。
「君のお母さんは、なにか知らないのか?」
「とっくにいないわよ。そっちこそどうなの?」
「先日亡くなった」
「そう……」
俺は成人してるからいいが、たぶんメグはまだ未成年だ。なのに親がどちらもいなくなってしまった。遺産を見つけないと、きっと生活していけないだろう。この部屋だって、いつまでも住むわけにはいかないだろうし。
母親からは、ヒントとなるようなことはなにひとつ聞いていない。
そもそも母は、父のことをこう言っていた。
「遠くにいるわ」
だから俺は、父はとっくに死んだのだと思い込んでいた。「お星さまになった」みたいな言い回しだと思ったのだ。
しかし母の言葉は事実だった。近くて遠い場所にいた。同じ島の、シルバーマンズホテルに。
もし父が、俺たちに遺産を残そうと思ったら、どうするだろう?
普通なら遺言を残す。
だが残さなかったということは、そもそも「遺産が存在しない」か、あるいは「探せば見つかる」かのどちらかだ。
ベンとボブは、黒服を使って街の中心を探索させているらしい。
だがヒントさえ見つかっていない。
となると郊外か。
この島の南側には港がある。市場もあり、人の出入りは多い。倉庫も並んでいる。契約期限さえ切れていなければ、死んだ人間でも倉庫を所持できる。探してみる価値はあるだろう。
北側は鬱蒼とした森。どこにでもモノを埋められるだろう。しかし発見は困難。閉鎖された鉱山もある。グループ企業の私有地もある。しかしただスペースが確保されているだけで、活動の実態はないように見える。
東は岩場。ここはほとんどなにもできない。除外していいだろう。
西にはぽつぽつと民家がある。俺の家もそこだ。近くに修道院がある。財産の隠し場所には適していない。
この辺の情報を確認していると、メグは「ちょっといい?」と居住まいを正した。
「なんだ?」
「西に住んでるの? 西のどこ?」
「風地区だよ。墓のすぐそばの」
すると彼女は、今度はエイミーに向き直った。
「どう思う?」
「悪くありませんね」
いったいなんだ?
人の家を値踏みするみたいに。
メグはにこりと笑みを浮かべた。
「私もそこに住んでいい?」
「は?」
「私が自力でこの部屋の家賃払えるわけがないでしょ? かといって行くアテもないし」
「待て待て。俺の家に? 正気か?」
ハッキリ言って安全ではある。
風地区と呼ばれるエリアはちょっとしたバリケードで囲まれていて、妙なヤツは修道院の連中が追い払ってくれる。
もっとも、地区から一歩でも出てしまえば、今日の俺のように黒服に拉致されることもあるが……。
「なに? お兄さま、誰かと住んでるの?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「ならいいじゃない。私とエイミー、ふたりで住むから。話の続きはそこでしましょう?」
「……」
このまま二手に分かれて、各個撃破されるのは困る。
とはいえ、よりによって俺の家に来るだと?
ほかに選択肢はなかったのか?
(続く)